04.理解不能

 高比良くんって笑えるんだ……。


 突然背後から両肩を掴まれた衝撃と、初めて見る笑顔の合わせ技に耐えきれず、涼風の魂は遠いところへ抜け出していた。


 な、なんだこれ、かわいすぎる……! いつものクールな高比良くんも大好きだけど、その笑顔は反則だよ……。


「安達さん大丈夫?」


 いや顔ちっさ、生物学的にその構造はありえるの? 髪も超サラサラだし、まつ毛も長すぎでしょ……。


「おーい?」


 え、なんかいい匂いまでしてきんだけど……なにこれ? 夢?




「涼風ちゃん?」


「はひっ!?」


 抜け出した魂は更なる衝撃によって、強制的に呼び戻される。


 今、私のこと……涼風ちゃんって呼んだ……?


「ごめんね、そんな驚くと思わなくて……」


 どれのこと謝ってるの? いきなり下の名前で呼んだこと? さすがにそうだよね?


「鍵は開いてるから、ほら入って」


 高比良くんは右手を私の肩に置いたまま、左腕を伸ばして玄関のドアを開けてくれた。


「あっはい……おじゃまします……」


「誰もいないからさ、ゆっくりしていってよ」


 どうやら高比良くんの家族は留守らしい。


 ってことは……ふ、二人っきり!? 高比良くんと!?


 爆発寸前の心臓を抑え込みながら、覚悟を決めて家に上がる。


 ここが、高比良くんの家……。


 真っ黒のカーテンが閉め切られた、モデルルームのように生活感のない薄暗い部屋。


 ガラスのリビングテーブルに宿題と筆記用具が広げられていたので、ひとまずそのリビングテーブル近くのソファーに座ってみた。


「飲み物は麦茶とかでいい?」


 高比良くんが料理番組で見るような立派なアイランドキッチンからこちらを覗いて聞いてくる。


「ああうん、お願い……します……」


「ストローは? いる?」


 麦茶にストローのイメージはあまりないが、高比良くんなりの気遣いだろうか。


「ストローはいいかな……」


「へー意外」


 い、意外……?


 一体どんな人間だと思われているのか、今日までの自分の行いを思い返していると、すぐに両手にグラスを持った高比良くんがやってきた。


 右手のグラスには私がお願いした麦茶、左手のグラスには高比良くんが飲むであろう水。


 そして水の入ったグラスには、三十センチ程の長さのストローが刺さっていた。



 いや、なんで?



 ストローが好きなの? にしても長すぎない? ボケだよね? ツッコんでいいんだよね?


「なんかあった?」


「い、いや!? な、なんでもないよ……!」


 落ち着け! 高比良くんがそんな訳の分からないシュールなボケをするはずないじゃん!


 ここは高比良くんの家なのだから、一つや二つ変な習慣があっても不思議ではない。


「そ、それよりさ、宿題はあとどれくらい残ってるの?」


「あとは数学の問題集と英語のプリントかな」


 そう言うと高比良くんはグラスの水を一気に口に流し込んだ。


「え、それだけ?」


「まあ……」


 なんだ、全然終わってないって聞いてたけど、それならすぐに終わっちゃうな……。


 ……ん?


「あれ、さっきの長いストローは?」


「ああごめん……あれはそういうボケ……」



 高比良くんがわからない。

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