追随⑩

 その町に行くまで、女はAが見つかることなど期待はしなかった。

 その地に行くまでは、ただ生き長らえるためだけに民泊と野宿の毎日を過ごした。

 結果、半年が経っても、Aらしき人すらどこにもいなかった。

 女が半年かけて向かった先は女の地元。つまりは、Aの地元でもあるこの地である。

 なぜこの地に再び戻ってきたのかは、もちろんAを探すためである。

 根拠はない。ただここに行けば、Aに会える可能性が高いと直感したから来たというそれだけのことである。

 ここでAが見つからなければ、女はまたAを探す旅に出るのだろう。

 だが、女は今になって自分が何のためにここまでのことをしているのかが急に分からなくなった。

 30代にもなって、命からがら生き延びる生活を送り続け、国中を歩き回って、赤の他人だった男性に3年間騙され進みも戻りもしない空白の3年を経験して、騙されながらもその男性に養われていて、そしてまた歩き続けて。

 果てがあるのかどうかも分からない。

 果てに達したところで、その先自分が何をするのか、何者であるのかも判然としない。

 そんな旅に、そんな人生に、一体何の意味があるというのか。

 あのときAが抱えていた疑問。それを今女が女自身に問いたくなった。

 その地でも女は町を回り続けた。

 無意識に、無感情に歩き続けては、通りすがりの人の顔を窺う。

 ついには、なぜ自分が人の顔を観察しているのかを幾度となく忘れそうになった。

 そんな女が住宅地を歩いていると、古びて汚れまみれほつれまみれの服を着た明らかに人相の悪い男が立っていた。

 その男は自宅の庭と思われる場所で逆に女の顔を凝視しているようだった。

 男を見て、女はその男を見ないようにした。

 こういう類いの人間は関わってはいけないと直感したからである。

 無視を決め込み、そのまま通過しようとしたそのとき、その男が女に近寄ってきた。

 無視することを念頭に置いていたはずの女だったが、近寄ってきた男の顔を反射的に見てしまい、話を聞く態勢を取ってしまった。

 だが、いざ話を聞くと、その汚らわしい男は動物の鳴き声のごとき声を発するのみで、全くもって会話のできるような状態ではなかった。

 そんな男の顔は何かに怯えているようでもあり、何かに驚いているようでもあり、笑っているようにも見えた。情緒不安定という言葉をその表情が体現していた。

 この男は常人の要素を何一つとして持っていない。女の目には化け物にしか映らなかった。

 あんな人間は女でも初めて会った。この世にはあれほどまでの人間が存在するのだとこの長い旅の中で初めて絶句した。

 いや。きっと、客観的には自分もさしてあの男と変わりはしないのだろう。

 残念なことに、この地でAを見つけることは叶わなかった。

 見つけられない限り、女はこの旅を続けるしかない。

 その日は、ちょうど女がAと疎遠になった日から21年が経った日だった。

 宿泊した家から出た女は再びこの町をあとにした。

                                  

 ~追随~ 完

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無煩悩 チョロフォニオ @burumai

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