スピットファイア

 機関砲の音と共にビーチの砂が巻き上がる。

おそらく物陰に隠れてじっとしているのがこのデスゲームの参加者だ。

逆に機関砲の前に割って入ってぴょんぴょん飛び跳ねている緊張感のないプレイヤーたちはおそらく呑気な一般プレイヤーだろう。

命懸けのゲームに一般プレイヤーも参加している。これが吉と出るか凶と出るかは俺にもわからない。


スツーカの機関砲弾がかなり近いところに着弾する。当たったとしても即死するわけではない威力設定だが、命がかかっているので万が一ヘッドショットされた場合のことを考えると隠れている方が良い。


すでにデスゲーマーたちも何人かが脱出に成功している。早く逃げられて羨ましいが、その間に二名ほど頭が爆ぜる音が聞こえた。


運が悪ければ俺たちも同じ道を辿っていたかもしれない。脱出のタイミングは慎重に選ばなくてはならない。

「なあおい、そろそろ船乗った方がいいんじゃない?」ふくよかは不満そうに言う。

「私もそう思う。スツーカも一機しかいないし。」女性も辺りを見回しながら言う。

「確かに今なら行けそうな気もするけど、まだ英軍機が来てないから援護がない。」

「確かに。船に乗った瞬間来られたら終わるな。」ふくよかがため息をつく。


「あ!あれ!」いろはが海の方を指をさす。そこにはさっきとは比較にならないほどの大船団が来ていた。

序盤の軍用ボートだけでなく明らかな民間船もある。

「よし!来た!乗ろう!」ふくよかが駆け出す。

「よし、俺たちも行こう。これだけ船があればどれかは逃げられる。」俺は彼女の腕を引いて走り出す。

水平線の向こうから自分たちを助けんと命をかけて皆が一丸となり救出に来る。当時のダンケルクにいた英兵の気持ちがわかった。


「さあ、乗れる船に乗ろう。」俺は呼びかけた。




「さあ、早く乗れ。今のうちに。」俺はふくよかといろはを船に押し込む。

いまドイツ軍機が来ていない間に出航してしまうしかない。

脱出してそのまま湧かなければ死なずにクリアできる。迷惑行為だが。


「よし、さっさと出よう。」別のプレイヤーが船の操縦を始める。きっと彼もこのデスゲーム参加者だ。

船が動き始める。

「よしよし、脱出できる。」俺は船の甲板に登り周囲を警戒する。


そんな中向こうから四機の機影が見える。

「来た…」ふくよかが絶望しながら言う。


獲物を前にした鷲たちは次々と獲物に襲いかかる。

「やだ、パイロットと目が合った気がする。」いろはが顔を引き攣らせる。


「来るぞ!」絶望的な叫び声が聞こえる。

「何やってる!対空!」他の参加者たちも必死で空に向けて射撃する。

俺もリー・エンフィールドをスツーカに向けて撃つ。10発の装弾数は頼もしいが、こんなものが航空機に当たることはほぼない。

「これ意味あんのかよ!」ふくよかはぼやく。

「黙って死ぬよりはね!」いろははライフルを撃ちながら言う。

意味のない対空をものともせずスツーカが嫌な音を立てて急降下を始める。

「やばいぞ!降りろ!飛び降りろ!」俺は周りに呼びかけ真っ先に海に飛び込む。

ゲームなので冷たさは感じない。

ふくよかも俺に続いて飛び降り他の参加者も飛び降りる。いろはも周りをみてしばらく困惑しながらも飛び込む。

しかし、操舵手含む3人は回避できることを信じて船を走らせ続けた。


轟音と共に水柱が上がる。船は木っ端微塵になった。二人はなんとかミリ残りで海に放り出されたものの、操舵手は沈んでいった。直後遠くの部屋で破裂音が聞こえた。


今まで何人か死んだのを見ていたが、間近にいた人間が死ぬのはなかなかくるものがある。

だが、感傷に浸っている場合ではない。スツーカは旋回してこちらへ向かってきた。

プレイヤーが泳ぐスピードは遅い。海上に固まって漂うプレイヤーの中に機関砲を撃ち込めば確実に何人かは持っていかれる。海の上では上手く逃げることもできない。俺は必死に機関砲の射角から逃れようと足をばたつかせる。

しかし、現実は非情である。バリバリと機関砲の音がして水柱が上がる。

そしてスツーカが嫌な音を立ててきりもみしながら海に突っ込んだ。

「え?」俺が思わず声を上げた瞬間、頭上を何かが掠めて行った。

空高く舞い上がったそれは太陽に隠れてよく見えなかった。だが、上空で旋回したそれは俺たちにその神々しい姿を見せた。

「スピットファイア?」俺は呟いた。


僚機を撃墜された三機のスツーカは、今後の安全なボート狩りのため一斉にスピットファイアに襲いかかる。機動性で優っていたとしても、1vs3は流石にキツいか。ただ、こいつが時間を稼いでいる間に逃げればいいかと軽く考えていた。

しかし、俺の予想は良い意味で裏切られた。


友軍のスピットファイアは変態機動で背後を取り瞬く間に二機を叩き落とす。残りの一機はそこそこの手練らしく背後を取らせまいと最後まで粘っていたが、結局機体性能の差によりコクピットに機銃弾の雨を降らされ火を吹きながら海に突っ込んだ。

「おお!」

「今だ行くぞ!」英軍の中のデスゲーム参加者は大いに湧く。

制空権はこちらがとっている。このチャンス逃すわけにはいかない。


だが、空の脅威が一時的に遠のいただけであって、陸上の脅威は今だ健在であった。

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懲罰中隊 舞黒武太 @mg42buta

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