第19話 助けた子どもたち

19.


 彼らは助かったと気の抜けた顔で二人して地面にへたり込んでいた。すでに盾代わりに発動した【硬化】は解除し、好きに動けるようになったはずだが、腰が抜けたのかその場から動こうとしない。


 ――動けないほど怪我してるのかな。


 心配になった僕は駆け足気味で彼らのもとへ行き、視線を向けられる。


「二人とも、危ないとこだったね! もしかして怪我で動けなくなっちゃってる?」


 二人はハッとした顔になると、すぐに立ちあがって大げさに頭を下げた。


「助けてくれてありがとうございます……! もうダメだと思ってたのに、ほんとに助かりました!」


「怪我は大したことないので大丈夫です……気が抜けて、なんだかぼうっとしちゃって」


 最初に声を上げたのは、片手剣と小盾を片手ずつに持つ少年だ。そして二人目の少女は、護身用と思しきメイスを手に照れたような笑みを浮かべる。


 二人の言う通り深刻な怪我がなさそうなことを確認して、僕はほっと息を吐く。そして、後ろから追いついてきたカナンたちに声を掛ける。


「二人ともほとんど怪我もなさそうだよ。これで安心して話を聞けるね」


「うむ、無事で良かったのじゃ。では、早速じゃが――」


 そうして前に出てきたカナンは、高貴な雰囲気に気圧される少年たちに質問を開始する。いかにも平民でないその口調もあいまってか彼らはひどく従順で、聞き取りは極めて円滑に進むのであった。




「――やはりあの群れは、ほとんど人が来ないところにおったのじゃな。以前冒険者に目撃されたのも、たまたま少し浅いところまで餌を探しに来ていたのかもしれぬ。それ以外は基本深い場所で行動しておるのかのう」


 森の中を歩きながら、後ろでカナンが言う。僕は一緒に先頭を歩く少年少女――ダンとアンリに視線を向ける。


「こんなとこまで君ら二人だけでってのはかなり無茶したね」


「あはは……逃げるコボルトを追ってたら夢中になっちゃいまして」


 ダンはばつが悪そうに頭を掻いた。そしてアンリが言い訳するように続く。


「普段はこんなところまで来ないんです。でもダンが、あのコボルトを倒せばやっとランク昇格の規定に届くからって……。諦めて別のを探せばよかったんですけど」


「悪かったって。紙一重で逃げられたから、つい熱くなっちゃって……。次から気を付けるよ」


「冷静でいるのが難しいのは分かるけどね。でもダンたちはまだ若いし、危険に対しては慎重すぎるくらいの方がいいよ」


「はい。今回のことを教訓に、肝に銘じます」


 しょんぼりと肩を落とすダンに、僕は苦笑した。


 口ではこう言ったが、これくらいの歳ならつい無謀になってしまうのも仕方がない。だが、それで命を落とすことになるのが冒険者という職業だ。子どもが死ぬところを見たくない僕としては、これから心を入れ替えて注意してもらえると嬉しい。


「でも、若いと言えば――」


 暖かい目でダンたちを見ていると、おもむろに背後を見たダンが言った。


「フェンさんも、俺らと同じくらいの歳ですよね。その歳で協会からの指名依頼を受けられるなんてすごいなあ」


「……別に、凄くはないけど。私ができるのはダイヤ兄の補佐くらいだし」


「ふうん。……でも確かに、ほんとに凄いと言えばダイヤさんですよね! あの長距離から俺らを守って、さらにあの魔物どもを殲滅しちゃうなんて、俺ほんとに憧れます……! なあアンリ!」


「うん。ダイヤさん、颯爽と私たちを助けてくれて、すごくかっこよかったです……!」


「そ、そうかな。憧れちゃう? かっこよかった?」


「はい、それはもう!」


 二人の若者にべた褒めされ、僕は思わずにやけてしまう。素直な子どもたちの賛辞は止まることなく続き、後ろのカナンやエディにも及ぶ。


 フェンがぼそりと「ちょっと大げさに言ってるだけだよ。ダイヤ兄デレデレして情けない」なんて突っ込みを入れてくるが、聞こえないふりをしてダンたちと会話を続けるのであった。




 ――今回、僕たちはダンに事の成り行きを聞くにあたって、ひとつの嘘を吐いている。


 魔王のことを知られるわけにはいかないので、冒険者協会から森の異常について調査を依頼されたパーティであると装ったのだ。


 実際、魔王の情報をもらった相手は冒険者協会の上役であったらしく、その名前はダンたちも知っていたことから、話の信ぴょう性を高めることができた。それに、僕たちの強さは嘘を信じさせるのに十分で、命の恩人であることも相まってこうして懐かれているという訳だ。


 魔物の群れを見つけた場所もすぐに答えてくれ、今は森の奥にあるという洞窟に案内してもらっていた。


 僕はダンがフェンになにがしか話しかけ、つれない反応を返されるところを見ながら、ほっこりした気分で森を進んでいく。周囲の警戒を怠ることはしないが、まるで孤児院にいた頃に戻ったようだと少し癒された。フェンは同期の三人とちょうどこんな関係だったものだ。


「ほら、ダンもアンリもあんまり騒がしくしないでね。他にも魔物がいたら僕たちのことがバレちゃうから」


「あっ。はい、ごめんなさい」


 そうして、ダンたちがときおり方向を指示するのに従い、僕たちはどんどん森の奥へと踏み入っていく。森の木々は次第にその密度を増していき、空から降り注ぐ光を遮って薄暗い。地形にも起伏が見られるようになり、歩くだけでも大変だった。


 しかし、僕たちはとうとう目的の場所を発見する。いくつもの木々を超えた先に崖が見えてきたのだ


 ダンはその崖のふもとを指差して言った。


「あそこです! あのあたりに洞窟があります!」


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