第18話 VS.オークとその群れ

18.


 僕は両手に握った剣を腰の右から後ろへ流すように持ち、木々の間を滑らかに駆ける。


 今、魔物は冒険者の少年たちの方を向いている――つまり僕に背を向けた状態だ。できるだけ静かに、そして素早く近づれば、不意打でオークに致命傷を与えられるだろう。


 しかし、ここは深い森の中だ。いくら音を出さないよう意識しても、地面に落ちた枝の全てを避けることはできず、踏み潰した音で相手に気取られてしまう。


 僕は間近に迫ったオークが、機敏な動きでこちらに振り返る姿を視界に収める。


 オークは迫る僕を目前に、たちまち戦意を爆発させた。


「グオオオオオォォォオオ!」


 腹の底に響く咆哮を上げ、オークは手に持った巨大なこん棒を振りかぶった。そして意外にもコンパクトな動きで、剣を振ろうとする僕に上から剛力を叩き付ける。


「ダイヤ兄……!」


 迫るこん棒の動きをはっきりと捉えながら、背後で上がったフェンの声を聞く。


 ――そういえば、大きくなったフェンの前で戦うのはこれが始めてかも。……だったら、見せてあげなきゃね。


 頭へ振り下ろされる巨大な暴力に、僕は一切防御の姿勢を見せない。


 腕の長さの違いを考えると、僕の剣よりオークのこん棒が早く届くだろう。そしてそれを理解しているからか、オークは醜いその顔に邪悪な笑みを浮かべた。オークの頭には、すでに弾けた果実のようになった僕の姿が浮かんでいるに違いない。しかし――


「舐められたもんだ。この僕がたかがオークの一体ごとき、どうやったって負けやしない! 【硬化】――!」


 僕はこん棒が辿る軌跡の途中に、目に見えない透明な壁を築く。宙に舞う空気を空間に固定した絶対防御の盾だ。たとえオークが人をはるかに超えた膂力を持っていようと、特殊な力もないただの暴力で破られることはあり得ない。


 僕は頭上からの攻撃にもはや一切注意を払うことなく、剣を持つ手にぐっと力を込める。それから間もなく、【硬化】の盾がこん棒を弾いた。オークは間抜けに口を開け、目の前で起きたことが理解できないと、呆けた目を向けてくる。


 そして、僕はこの間抜け面の命を刈り取るべく、腰をねじって腕先まで力を伝え、両腕をしならせるように剣を振るった。


 視認が難しいほどの速さで振るわれた剣は、右下から左上へ空間を分かつような銀の線を引いて、オークの喉を斜めに切り裂く。途端に噴き出す鮮血――。


「グ、ゴァ……」


 オークは半ばまで切断された喉で掠れた音を出し、その巨体をゆっくりと傾げさせる。そして、大きな音とともに地面へ倒れ伏した。


「わらわたちが援護する必要もなかったの。相変わらず恐ろしい剣の冴えじゃ」


「不可視の盾に、凄まじいまでの剣技……。こんなの、接近戦では敵なしなのでは……。私の時にこれをされていれば、勝ち目なんてあるはずなかったじゃないですか……」


 僕は背後で会話しているカナンたちに向かって叫ぶ。


「オークは倒したから、後は小物を狩るよ! スキルで援護をお願い!」


 僕は倒れたオークの横を抜け、すぐさま残ったゴブリンとコボルトへと走る。


 魔物たちは突然現れた見えない壁を叩くことにずっと必死で、やっと今ボスであるオークが死んだと気づいたらしい。戸惑うように僕と倒れたオークを見比べ、何を思ったか叫び声とともにこちらに向かってきた。


 ――こいつらには【硬化】を使う必要もないかな。


 僕はてんでバラバラに散らばって来るゴブリンとコボルトへ、近いものから剣を振るう。その度に切断された首や胴が宙を飛び、魔物の数が減っていく。


 そして先ほど頼んだ通り、カナンとエディも遺憾なくその力を振るってくれた。


「【業火】」


「【氷結】!」


 僕の背後から、燃え盛る暗い炎の塊と、鋭い氷の槍が飛来する。僕を囲もうとした魔物を、炎が三体火だるまにし、氷が二体串刺しにする。


 残った一体のゴブリンは、怯えた顔で僕たちを見た。


「じゃ、これでおしまい」


 僕はゴブリンまで駆けると、容赦なく剣を振り抜いてその命の芽を摘み取った。こうして、残党の後始末はあまりにも呆気なく終わりを迎える。


 僕はほっと息を吐いて、血振るいした剣を鞘に納める。そして、二つのスキル――【業火】と【氷結】でこと切れた魔物たちに視線を送った。


 ――炎と氷で、なんかすごい絵になる主従だなあ。……にしても、相変わらずカナンのスキルはえげつない。


 僕が特に引きつった目を向けるのは、いまだぼうぼうと燃え盛る炎だ。その火の勢いは、魔物の命が消えようと衰えることなく、むしろ一層強く燃え上がっている。


 カナン持つ【業火】は、基本スキルである【火炎】の上位スキルだ。できることは炎を操るという点で同じだが、炎の性質や出力には大きな違いがある。特に有名なのは、標的を燃やし尽くすまで消えることがないという赤黒い炎だ。


 その凶悪な威力はかつての戦争で大いに恐れられ、僕と同じく『十年戦争の英雄』と呼ばれるまでに至った。


 ――カナンはきっと、僕と違ってはりぼてなんて言われてないんだろうね。


 僕は目を焼くような炎から視線を逸らすと、寄ってきたフェンたちに顔を向けた。


「ダイヤ兄って、こんなに強かったんだ」


「だから言ったでしょ? 僕は英雄だって」


 無表情ながらすこし驚いているようなフェンへ、僕は得意げに笑みを見せる。


「私の前では実力を隠すなんて、とんだ食わせ物ですね……!」


 そして、なぜかますます憎たらしそうな目を向けてくるエディは見なかったことにして、僕は全員に言った。


「じゃあ、助けた彼らのとこに行こう。この魔物たちのことについて聞かなきゃね」


「うむ。わらわたちの任務にとって重要なことじゃ」


 頷くカナンたちと連れたって、僕は魔物に囲われていた幼い冒険者たちのもとへと歩み寄る。



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