第17話 群れる魔物たち
17.
フェンはすべての異変を捉えられるよう、声一つ出さずに周辺を索敵する。僕たちもできるだけ邪魔にならないよう基本的には無言で、適宜方向があっているか短い言葉を交わしつつ歩いた。
そして、どれだけ時間が経った頃だろうか。一度の休憩を挟んで調査を続けた僕たちは、フェンが上げた「あっ」という声で一斉に足を止める。背後を振り返った先で、カナンがフェンに問いかけていた。
「何かあったのか、フェンよ」
「カナンさん、あっちからたくさん……十体くらいの生き物の音が聞こえる。大きな足音、小さな足音、荒い息遣いに獣の唸り声。それにこれは…………人の、叫び声……!」
フェンの言葉に緊張が走った。瞬時に顔つきを鋭くしたカナンが、早口でフェンに問いかける。
「よし、方向と距離はどうじゃ。そこまで案内できるかの?」
「僕が先頭を行くから、後ろで指示を出して、フェン」
「任せて、ダイヤ兄、カナンさん」
「後ろは私が警戒するので、フェンさんは遠慮なく前を気にしてください」
頷いたフェンの頭上で、耳がぴくぴくと動いて絶えず音を探っている。僕はすぐ前に向き直ると、フェンの出す指示に従って現場に向かった。
方向は先ほどまで進んでいたのとほぼ直角に右方。そして、距離は急ぎ足でそれなりの時間がかかったくらいだ。これほど離れていても音を拾うフェンの耳は、かなり優秀である。
僕たちはそっと木の陰に隠れながら、この先に待ち構える存在を確認した。
「……オークにゴブリン、そしてコボルト……多種族による群れ……。魔王の影響ですね」
エディが冷静につぶやく。その言葉の通り、僕の視線の先には一体のオークに従う多数のゴブリンとコボルトがいる。通常群れるはずのない種族同士が争うことなく共存していることから、おそらく魔王の配下となっていることが分かった。
しかし、僕が注目したのはそこではない。魔物たちが陣取る一帯を素早く見渡し、そして見つけた。
居丈高に周囲を睥睨する巨体のオークの先、ゴブリンとコボルトが緩い円を描くように囲んだ地点の中央。そこには、フェンと歳が変わらない少年少女が二人、背を向け合って魔物と戦っている姿があった。
十体近くいるゴブリンとコボルトは、しかし全員で一斉に襲い掛かることなく、数体の組で順番に少年たちと武器を交える。
小物の魔物に分類されるゴブリンとコボルトなので、三体や四体で同時にかかられても何とか均衡を保っているようだが、途中で入れ替わる魔物側には体力的な制約がない。
すでに少年たちは息を上げており、このままでは近いうちにやられてしまうことは想像に難くなかった。
「……あのオーク、笑ってる?」
フェンの呟きを聞いて、僕たちに背を向けているオークの横顔を見る。そのごつごうとした醜悪な顔には、たしかに悪意に満ちた笑みが浮かんでいた。まるで大きく割けるように広がった口から、黄色い乱杭歯が覗いている。
「あいつ、手下にいたぶらせて遊んでるつもりなんだ」
その胸糞悪い光景に、怒りが込み上げてくる。
少年少女は服装と手に持った武器から、この辺りで活動する冒険者だと想像できる。であれば、この危険は自己責任であり、自分の命は自分で守るというのが冒険者の鉄則だ。しかし。
――別に、余裕がある者が助けちゃいけないって決まりはないからね。
僕は傍らのフェンや、孤児院に残してきた大切な子どもたち――特にこの少年たちと歳の近い、メイエル、サリー、クローブの三人を思い浮かべる。そして、目の前で弄ばれる彼らが大事な子どもたちの姿に重なって見えた瞬間、すでに口を開いていた。
「――カナン、彼らを助けよう。僕らの任務は魔王災害の調査と阻止だ。彼らは魔王災害の被害者だよ」
「うむ、わらわも異論はない。それに――」
「あの子どもや魔物たちが、魔王につながる手がかりを持っているかもしれません」
カナンとエディは頷き、それぞれが戦闘態勢に入る。僕も腰の剣を鞘から抜き、隣のフェンに視線を遣った。
「よし、フェンは【獣化】したまま、カナンたちのそばを離れないで。もし魔物の増援があったり、何か異変に気付いたりしたらすぐに知らせてね。できる?」
「大丈夫。ダイヤ兄こそ気を付けて」
「ふふん、僕を誰だと思ってるの。僕は『十年戦争の英雄』だよ?」
心配するフェンに軽口を叩くようにそう言った。そして魔物の方へ体を向け、その先の少年たちに空いた手をかざす。
そして、おもむろに呟いた。
「――【硬化】」
その瞬間――――少年たちにこん棒を振り下ろしたゴブリンたちが、まるで弾かれるように後ろにつんのめる。少年たちを四角く囲った【硬化】の壁が攻撃を防いだのだ。
魔物たちは戸惑い、そして防御の姿勢を取っていた少年たちも困惑の表情を浮かべている。
――今が好機だ。
僕はカナンとエディに向かって口を開く。
「まずはオークをやるよ! 二人は援護を!」
そして、思い切り地面を蹴りつけ、土を散らしながら勢いよく飛び出した。
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