第14話 フェンとカナンの共謀

14.


 石造りの大都市に、朝の柔らかな陽が降り注いでいる。


 澄んだ空気が風でかき混ぜられ、どこかの朝餉かパンの甘い香りが抜ける。街角では小鳥が可愛らしくさえずり、人が通り過ぎるたびにどこかへと飛び去っていった。


 ────交易都市テシアの朝は早い。


 商人たちがしのぎを削るこの街では、早くから市場で競りが行われ、活気のある声が飛び交っている。商品を競り落とした者は別の店に卸したり、自分の店に並べたりと、忙しなく経済が動いていた。


 テシアは大きな都市なので、現地の人向けの店も早くから営業しているところが多くあり、あちこちが人で賑わう。


 そして、今僕たちが朝食を食べているここも、そんな朝早くから開店している店の一つだ。宿泊した高級宿の一階に入っている店で、孤児院で食べていたものとは比べ物にならない食事を取れる。料金もカナンがまとめて払うということで、いいことばかりのように思えるが、しかし……。


 僕はカリッと焼けた香ばしいパンを右手に、テーブルの正面に座るカナンに見開いた目を向けた。


「――ええ? 嘘でしょ、なんて!?」


「なんじゃ、聞こえんかったのか? ならばもう一度言ってやろう」


 カナンはそのふてぶてしい表情を僕に向け、はっきりと口にした。


「――そこな獣人の少女フェンを、魔王の調査・討伐任務に連れていく。わらわはそう言ったのじゃ」


 僕は二度目の言葉を信じられない思いで聞く。今日はこれからカナンを王都へ送る手筈についてカナンに相談しようと思っていたのだが、先を越された形である。


 涼しい顔をしているカナンから視線を外した僕は、まさかという思いでフェンを見る。


 フェンはカナンと同様に平然とした顔で、何かを悟らせるようなへまはしていない。しかし、カナンの言葉になんの反応も示さないところがかえって怪しい。背後に見える尻尾がいつもより少し上がっているのもなお怪しい。


 僕は二人の顔を交互に見て、してやられたという気持ちで口を開いた。


「……昨日、僕が宿を出てる間に話を合わせてたね。言われてみればフェンのこと気に入った素振り見せてたし、くそっ、もっと警戒しとけば……」


 思えば、昨夜の食事中での様子や、カナンが部屋まで水を届けにきたりなど、そういったところで気が付くべきであった。


 基準はよく分からないが、カナンは気に入った相手に甘い。おそらく僕がいないのを幸いにと、フェンがカナンに話を持ちかけたのだろう。ああ見えて強かな子だ。理屈をこねてカナンを納得させたに違いない。


「エディがあんな長時間僕を連れ出すから……」


「私はお嬢様のために必要と思ったことをしただけです。あなたに否定されるいわれはありませんから、この卑怯者」


「味方が一人もいない……!」


 エディが吐いた鋭い毒に、片手で目を押さえる。


 もともと僕に対しての態度は酷かったが、今朝顔を合わせてからずっとこんな調子である。予想していた通り、戦いの幕切れが納得した形ではなかったのだろう。


 しかし負けは負け、どんな方法であれ僕がエディを倒す最低限の実力を持っていると判断したからか、任務への同行については何も言ってこなかった。


 しかしである。ならば、エディはなぜフェンの同行について文句を言わないのか。保護者として、この危険な旅にフェンを連れて行きたくない僕は、カナンとエディに問いかける。


「……昨日、僕はエディに言われたよ。実力が確かでない者はカナンの足を引っ張るから、任務に連れていくことはできないって。その理屈で言うなら、フェンだってそうなんじゃないの? まだ十四歳のフェンは、戦闘力に限って言えば僕やカナンよりずっと低い!」


 僕はフェンも視界に捉えつつそう力説した。なんとかフェンを置いていこうと必死である。


 しかし僕以外の三人は誰も表情一つ変えなかった。まるで必死に言い訳をする犯罪者のような構図に、僕は知らず冷や汗を垂らす。


 ――おかしい。僕は何も間違ったことは言っていないはずなのに、なんでみんなこんなに余裕なんだ。まるで僕の反論なんて最初から予想していたみたいな……。


 焦り始める僕に、カナンは愉快そうな笑みを浮かべて見せた。


「のう、ダイヤよ。いまお主が言った通りじゃよ。確かにフェンは、戦闘でそれほど役に立つことは無いじゃろう。しかしお主、重要なことを忘れておるな」


「じゅ、重要なこと……?」


「そうじゃ。今回の任務が、まず何から始まるのかという部分についてじゃ」


 僕はゆったりと語るカナンの言葉に頭を回転させる。今回の任務において、まず始めに行うこと。何を言っているのかと考えて、そして僕は気づいてしまった。


 そう。今回与えられた任務でまず行わないといけないこと、それは魔王の痕跡の調査である。


 過去の記録から読み解かれた情報では、魔王というのは発生した直後はまだそれほど力を持っていない存在だという。だから、天敵――人間に見つからないよう、成長するまで身をひそめ隠れるのだ。


 一方で僕たち人間側は、強くなって手に負えなくなる前に魔王を討伐してしまいたいため、まだ弱く身を隠しているところを見つけてしまいたい。


 ――そうか。つまりフェンを任務に同行させる場合、パーティでの役割は戦闘がメインじゃなくて……。


「……【獣化】で向上する五感を使って、魔王の調査・追跡をさせるってことか」


 僕の呟きに、カナンは頬を浅く吊り上げ頷いた。


「正解じゃ。わらわは今回の任務を行うにあたって、フェンの獣人としての能力を有用だと考えた。お主の身内というのも、機密保持の面で都合が良いしの」


 カナンの説明に、僕はいやいやながら頷かざるを得なかった。


 確かにフェンの能力が調査において有用というのは認める。もともと獣人としての優れた五感を持ち、さらにそれを獣人種が共通して持つスキル【獣化】で強化できるのだから、役に立つに決まっている。


 しかし、それだけならまだ僕が反対できる余地は残っていた。いかにフェンの能力が強力とはいえ、探せば冒険者などで同等の探索スキルを持つ者はいるはずなのだ。それならば、より荒事に慣れて経験も豊富な者を選んだ方がいい。そう言いたかった。


 しかしである。そこで、カナンが最後に言った部分が重要になる。『僕の身内なので機密保持に都合が良い』という部分だ。


 今回の任務は、魔王という王国全体の危機に対応するものである。その情報は当然厳密に管理し、関係ない者に漏らさないようにする必要がある。そうでないと、魔王の被害が出る前から余計な混乱が起き、経済活動の麻痺や未然の災害防止への支障が発生するかもしれない。


 またそれだけではなく、王国の国力低下を予期した諸外国から圧力を掛けられたり、最悪戦争を仕掛けられる可能性も考えられるだろう。


 つまり、能力だけで任務の同行者を選び、そこから外部へ情報が漏れでもすれば大変に面倒なことになるのである。


 その点で、フェンという人材は非常に都合が良い。僕という、かつて軍に所属し現在は貴族に名を連ねる、国として信用をおける男の身内という一点において、有象無象の冒険者よりよほど信頼ができるのだ。


 まだ十四歳の子どもといったところで、ほぼ成人年齢であるし、そもそも王国では子どもだって普通に働いている。


 正直、これ以上僕が反論する術を用意できないほど、完璧な理屈を用意されてしまっていた。


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