閑話3 ダイヤ捜索隊結成

閑話3.


 その言葉は、まさに今のサウスルイス孤児院にとって、救いの主ともいえるものだった。


 ばっと顔を上げたメイエルが、誰よりも早くクローブに聞き返す。


「クローブ君、どういうこと!?」


「新しくきた院長から聞き出したんです! 先生は今、国の命令で極秘の任務に就いているんだとか」


「……極秘任務」


 メイエルとサリーはその言葉にごくりと唾を飲み込む。


「他に聞き出せたことといえば、新院長は教会の偉い人で、先生が国に自分の代わりを求めて用意された人ということ。任務の報酬の一部は孤児院の運営費用にも割り振られているということ。それ以外のことは、機密だから話せないの一点張りでした」


 クローブはそう言って、メイエルとサリーの反応を見る。


 昨日突然やってきてダイヤの後任で院長になると言った初老の男は、その後引継ぎの確認や職員との顔合わせなどで時間を取れず、先ほどやっと話を聞くことができた。それでも、ひどく落ち込んでいるメイエルやサリー、それに他の子たちのためになんとか聞き出した結果だった。


 何か考え込むサリーとは裏腹に、メイエルはクローブへ問いかける。


「先生、機密だから何も言わずに出て行ったのかな。それでもせめて、理由は言えなくてもお別れくらい……」


「それは僕にも分かりません。詳細を告げるのはもちろん禁じられていたでしょうけど……。たしかに、しばらく孤児院を空けることくらい、僕たちにも言って欲しかった」


「結局先生は私たちが負担で、都合よく任務を与えられたから孤児院を捨てたの……?」


 メイエルが両目に涙を浮かべ、またふさぎ込むように手で顔を覆う。クローブはなんとか元気づけようとするが、ダイヤの出奔に動揺しているのは彼も同じであり、メイエルに掛ける言葉が浮かばない。


 しかし、この場がまた暗い雰囲気に支配されそうになった、そんな時。先ほどまで沈んだ様子だったサリーが、顔を上げて力強い目でメイエルとクローブを見つめた。


「先生を、追いかけるわ」


「えっ?」


 二人の戸惑いも構わず、サリーは決意を込めた言葉を続ける。


「だって、納得できないもの。あの先生が、フェンだけ連れて私たちを捨てるなんて、そんなこと……。きっと私たちには出て行くことを言えない理由があった。フェンのやつは、どうせ偶然気付いてこっそり脱走したとかに決まってるわ」


「確かに、その可能性はありますが……」


「とにかく、勝手に落ち込んでぐだぐだ言ってても何も分からないんだから、先生に直接聞きに行くしかないじゃない! 私、こんなのが先生との最後の別れになったら、納得できないわ!」


 サリーの言葉は、語気は強いが微かに震えていた。ダイヤのことを信じたいが、心が落ち込んでいる時は嫌な想像ばかりが浮かんでくる。そんな自分の弱い心を律しようと、あえていつものように振る舞う気丈な少女がそこにいた。


 そして、そんな彼女に感化されるように、立ち上がった少女がまた一人――


「――私も、そうしたい……。先生にもう一度会って、本当のことを聞きたい……!」


「メイエル……」


「クローブ君だってそうでしょ? 私たちみんな先生が好きだから、だから、ちゃんと話をしたい……!」


 メイエルは追加で、「私に嫌なところがあるならがんばって直すし、私も連れて行ってほしい」と呟く。


 クローブはこっそり、そういう重いところを直したほうがと思ったが、それを口に出さない賢明さは持ち合わせていた。


 先ほど言い争っていた少女たちは、二人してクローブを説得しようというように強い目を向けてくる。その姿はまるで、堅物のまとめ役を言いくるめようとする問題児そのものだった。


 しかし、とクローブは思う。メイエルとサリーは忘れているかもしれなが、この孤児院にいる子どもは基本みな問題児だ。それはクローブとて例外ではない。


 丁寧な口調と、眼鏡をかけた賢げな風貌で勘違いする者も多いが、クローブはかつて王都のスラムを荒らす厄介者として有名だったのだ。


 クローブは一度目をつむり、ため息を吐いてから二人を見た。そして、その口を開く。


「二人に言われるまでもありません。むしろ、誰も言わなければ僕が自分で言い出してましたよ。先生の足取りを、追いましょう……!」


 クローブの言葉にメイエルとサリーは目を見開き、しかしすぐに表情を引き締める。三人は顔を見合せて、全員で力強く頷いた。




 ――こうして、何人もの子どもたちが周りを囲う中、最年長組三人の意思は統一された。


 目的は、孤児院からいなくなった元院長――ダイヤ・サウスルイスに、その出奔の理由を聞くこと。そしてあわよくば、その任務に自分たちも同行させてもらう。


 取るべき行動を決めたメイエル、クローブ、サリーの三人は、他の子どもたちに続きの作業をするよう呼びかける。


 そして、自分たちも一緒にさっさと作業を終わらせ、善は急げとばかりにダイヤ追跡計画を練り始めるのであった。


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