閑話2 ダイヤ不在で広がる不和
閑話2.
ダイヤがカナンと合流したその日、時間を少しさかのぼった王都での話。
王都の一角に建つ小奇麗な孤児院の敷地に、複数の子どもたちがたむろしている。建物の脇に作られた畑にしゃがみ込んで、各々が忙しく働いていた。
いつもは畑仕事中も賑やかな笑い声が飛び交うのだが、今日の子どもたちはみな一様に沈んだ顔で、それぞれが黙々と作業をこなしている。そして、それは年長者として畑仕事を取り仕切るメイエルとサリーも例外ではなかった。
メイエルは感情の抜け落ちたような顔で、畑の雑草を抜きながら無意識に呟く。
「ダイヤ先生……」
その声は、まるで親とはぐれた迷子の子のような悲壮感を感じるものだった。一緒に作業をしていた年下の子どもたちも、何人かがメイエルの言葉を聞いて涙を浮かべ、手を止めてしまう。
しかし、メイエルの呟きを耳にしたのは年下の子どもたちだけではない。すぐそばでその言葉を聞きとがめた少女がいた。たい肥を撒いて土壌を耕す作業を指揮していたサリーである。
サリーも他の子と同じく悲しみに顔を歪めるが、すぐにきっと目じりを上げ、悲しみに暮れるメイエルを睨みつけた。それに対しても一切反応しないメイエルに、しびれを切らしたサリーがとうとう声を上げる。
「メイエル、あんた……一体いつまでそうやってくよくよしてるつもりなの!」
名指しで呼ばれたメイエルは、草を抜いていた手を止めるとのろのろとした動きで顔を上げる。そんな様子すらサリーには苛立たしく、余計に声を荒らげた。
「あんたがそんなだから、他の子だって嫌でも落ちこんじゃうじゃない! ここでは最年長なんだからしゃんとしてよ!」
「…………サリーちゃんが」
「な、なによ」
「……サリーちゃんが先生にもそんな調子だから、先生だって嫌気がさしちゃったのかも。だから、フェンちゃんだけ連れて……」
「なっ……!」
メイエルがつい漏らしてしまったその台詞に、サリーは絶句する。
サリーも考えなかったわけではない。あのダイヤが無断で自分たちの前からいなくなった、その原因はなにか。もしかすると、自分たちが負担だったからではないのかと。
特に、反抗的で素直でない自分が、ダイヤは嫌だったのではないか。気づけばフェンが行方不明になっているのも、最近は無茶も言わず大人しくするフェンを気に入り、連れて行ったのかもしれない。
そんなことはないと思いつつもつい浮かんでしまう考えを、他でもないダイヤを最も慕うメイエルから告げられ、サリーの頭は真っ白になった。だからであろう。普段なら気をつかって言わないであろうことをつい言ってしまったのは。
サリーは衝動的に、メイエルへ言ってしまう。
「――あ、あんただって……メイエルだって、そんな先生先生って重たいから、そんなの、先生も嫌だったに決まってる! あんただって先生の負担だったんだから!」
「……ぁ、……わ、私が負担なんて、そんな……だって私手伝いだっていっぱい……」
メイエルは握っていた雑草とぽとりと取り落とし、両手で口を押さえる。焦点の合わない目は、まるでダイヤの幻影を追うかのように揺れていた。
それを見てサリーはハッとする。これは、口にしてはいけなかった。
サリーもすべてを知っているわけではないが、メイエルはかつて家族から酷い扱いを受けていたらしい。それはとても長い期間で、繊細なメイエルの精神は大きく傷ついてしまった。普段表に見せることはないが、その傷はずっとトラウマとして残り続けている。
そして、そんな酷い境遇からメイエルを救い出したのがダイヤだ。ここにいる者はほぼ例外なくダイヤに救われ、強く慕っている子ばかりだが、その中でもメイエルの敬愛ぶりは特にすごい。それこそ、ダイヤという存在がメイエルの傷を埋める大きな役割を果たしているほどに。
だから、自分が原因でダイヤがいなくなったかもしれないという事実は、メイエルにはとても耐えられない。それが真実であろうとなかろうと、無意識に頭からその考えを排除してしまうほどに、メイエルにとっては考えたくもないことだったのだ。
うつむいてぽろぽろと涙をこぼすメイエルに、畑にいるみんなが注目する。もともと暗かった空気はさらに暗たんとし、もはやダイヤのいない孤児院はこれ以上持たないと、そう言わざるを得ない有様に向かっていく。
自分だって辛いのにと、サリーは柄にもなく弱音を吐いてしまいそうになる。ここでは年長といえど、サリーは十五歳の少女だ。成人を迎えたばかりであり、まだまだ親に甘えても許されるような年ごろである。
ダイヤの失踪という事件は、そんなサリーに対処できる事態を超えている。自分だってダイヤを頼りたい。だというのに彼は姿を消し、年下の子たちからはどうしたらいいのかと縋られ、挙句同期ともいえるメイエルはこれだった。
思わずサリーの目にも涙が滲み、どこにいるとも知れぬダイヤへ助けを叫びたくなる。
しかし、ちょうどその時だった。
孤児院の中から飛び出すように姿を現した少年――クローブが、こちらに向かって走りながら叫んだ。
「――みんな! 先生がいなくなった理由が分かりました!」
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