第13話 【硬化】の力とフェンの夜語り

13.


 スキル【硬化】。特殊スキルに分類されるこの力は、かつて僕が子どもだった頃に発現した。効果は単純に、対象の硬度を上げ、衝撃に強く砕けないようにする、ただそれだけ。


 しかし、僕はそんな能力の練度を高め、加えて運用する自身の体を鍛え上げることで、遂には英雄と呼ばれるまでに強くなった。


 エディを倒したスキルの使い方も、能力を強化する過程で見つけた応用である。


 【硬化】とは、物を硬くする能力――では、その硬さとは何によって決まるのか。僕はそれを考えることで、スキルの本質を理解し、スキルの練度を高めようとした。


 そしていくつもの実験や、【硬化】の使い手としての本能的考察によって突き止めた答えは、『物体を構成する粒子の固定』である。


 僕はこれまでの経験から、物体は小さな塊同士が結合してできていると考えている。そして、物体の硬さはその結合の強さによって決まり、【硬化】が行うのが結合の強化と理解した。


 さらに言えば、『物体を構成する粒子の固定』には粒子の相対的な位置固定と絶対的な位置固定があり、普通に剣を硬くして振るうような場合は相対的な位置固定を行っている。つまり、剣を構成する粒子同士の相対位置を変わらないようにするわけだ。


 一方、先ほどエディを倒した方法は絶対的な固定だ。空気中に舞う粒子を空間に対しての絶対的な位置で固定し、目に見えない壁のようなものを作り出した。その高度はスキルの練度に比例してかなりのものであり、並大抵の方法では壊れない。


 これが、無手で大きな怪我なくエディを昏倒させたからくりだった。


 僕は腕に抱いたエディに視線を落として顔を眺める。


 ――でも、エディかなり強かったな。戦争してた時でもそうそう見ないくらい。たぶん【氷結】って、やろうと思えばもっと凄いことできただろうし。


 自分よりだいぶ若いこの使用人に、カナンに対する忠誠心や、強さへの真摯な努力が垣間見えて感心する。


 一方で、隣国との戦争が終わって平穏な時代になっても、大貴族でこういった人材がまだまだ必要とされていることに身震いもした。爵位をもらっても物騒な貴族社会に身を置かず、慎ましく暮らしてきたことは正解だったと、僕は自分の選択を褒める。


 ――でもこれからはカナンと行動をともにするから、僕がそういうしがらみに囚われる可能性もゼロじゃないんだよね……。


 面倒な予感に顔をしかめつつ、僕はこの場を離れるべく歩き出す。


 すでにエディからの腕試しが終わった以上、いつまでもここにいる意味はない。宿の部屋にはフェンを一人残しているので、早く戻ろうと帰路を急いだ。


 ちなみに、カナンも部屋で一人寝かせていて問題ないのかと思ったが、すぐに心配はいらないと考え直す。昔何度も目にしたカナンの強さや危機察知能力は相当なもので、エディが別行動を選択した時点でカナンの身に危険はないと判断されているのだろう。


 そんなことを考えながら進むことしばらく、僕はやがてもといた宿まで辿り着く。受付で怪訝な視線を向けられながらも階段へと進み、なんとか目的の階に着いた。


 そしれ、まずはエディを返そうとカナンの部屋の前に立ち、扉を開けようとして気が付く。彼女の部屋の鍵はエディが持っているだろうが、僕はその場所を知らない。鍵を探すには意識のない女性の服を弄らなければならないが、果たして彼女にそんなことをしても大丈夫なものか。


 目をつむってうんうん唸っていたが、しかしやむを得ない。気が進まないが、鍵を探させてもらうとエディの服に手を伸ばしたその瞬間だった。


 僕の目の前で、カナンの部屋の扉がひとりでに開く。


「――なんじゃ、やはりこうなったか」


 中から出てきたのは、酔っ払って寝ているはずのカナンだった。


 僕は片手で横抱きにしたエディに、もう片方の手を伸ばした格好で固まる。はた目から見れば、女性の体をまさぐろうとするいかがわしい男のようではないか。


 焦った僕は、言い訳するように口を開いた。


「こ、これは違うからねカナン。僕は部屋の鍵を探そうとただけでね……」


「変なことを気にせんでも分かっておるわ。お主が意識のない女へ手を出す輩なら、今回の任務に呼んでなどおらぬ。というか、こんな場所におる時点で目的は明白じゃろ」


「おお、至極まともな反応……」


 呆れたように言うカナンに、僕はまたもや感心する。やはり彼女は、昔から比べて随分と大人になった気がする。出会った当初などまさに暴走娘で、何度も理不尽な目にあわされたものだったのだが。


 そんな僕の内心を読んだのか、どことなく厳しい目を向けてくるカナンが、腕の中のエディを指差す。


「……ほれ、エディを返すのじゃ。ああ、事の成り行きは説明せんでもよいぞ。どうせエディがダイヤの実力を確かめるとかなんとか言って返り討ちになったんじゃろ? お主の腕の心配はいらんと言っておいたんじゃがな……」


「君ほんとにカナン? なんか物分かり良すぎて怖いんだけど」


「失礼な奴じゃな。わらわももういい歳じゃ。それなりに貴族としての貫禄を持ったということじゃな」


「その割には、さっきの店で酔っぱらってはじけてたけどね」


「やかましいわ! 早うエディを返すのじゃ」


 とうとう怒ったカナンは、僕からひったくるようにエディを奪う。そして部屋の中へ引っ込みながら、不気味な笑みを浮かべた。


「しかし、お主の腕が鈍ってないようで安心したぞ。これからびしばしこき使うから、覚悟しておくのじゃな」


 部屋の中に消えるカナンを見送って、廊下で一人がっくりと肩を落とす。去り際にちらりと見せた昔の片鱗は、かつて僕をさんざんに振り回した大貴族の娘の姿であった。


 僕は明日から何をされるのかと憂鬱になりながらも、用は終わったとフェンが眠る自室へと向かった。扉の前で懐から鍵を出し、開錠する。そしてできるだけ静かに扉を開け、部屋の中に入った。


 出る時に灯りを消しため中は真っ暗で、少しの間暗闇に目を慣らす。そしてある程度順応して物の輪郭が見えてきたくらいで、僕はベッドに足を向けた。何事もないと思うが、一応フェンの顔だけ見ておこうと思ったのだ。


 しかし、実際にベッドの脇まで寄って、フェンの顔を覗いた僕は絶叫しそうになった。


 ――横になったフェンは、そのきれいな青い瞳を開き、僕の目を見返していたのだ。ほとんどホラーである。


「――起きてたなら言ってよフェン! 怖いわ!」


 思わず後ずさった僕は、顔を引きつらせながら叫んだ。フェンはそんな僕に冷めた視線を向けてくる。


「おかえり、ダイヤ兄」


「……うん、ただいま。でも起きてるならほんとに言ってね、びっくりするから」


「ちょっと考え事してたから」


「そうなの? ……まあいいや。それで、フェンは体調とか悪くなってない? お酒飲んだの初めてだったでしょ。気持ち悪くない?」


「うん、大丈夫だよ。ちょっと前にカナンさんが冷たい水を持って様子見に来てくれたし」


「カナンが? ……なんか変なこと言ってなかった?」


「別に。ダイヤ兄のこといくつか聞かれて、私も同じようにしただけかな」


「うえ……」


 僕はフェンの言葉に顔をしかめる。自分のいないところで、自分について内容の分からない会話をされているのはなんとなく怖い。特に相手が古くから知り合いのカナンなだけに。


 フェンは昔からいろいろなことへの興味が薄く、自惚れでなければ僕に対してだけ少し執着があるように見えるので、妙なことを聞いていないか心配である。


 ――まあ、カナンが知ってることで、フェンに絶対聞かれたくないことなんて別にないけど。強いて言うなら、フェンが昔のことを思い出すだろうから、戦争の話はしないでほしいくらいで。


 仲良く話せたならいいかと思いなおし、僕はベッドを離れた。中央のソファへ向かった先で、机の上にカナンが持ってきたらしい水差しを見つけ、コップに注いで喉を潤す。


 今日は遅いので体を拭って早く寝ようと思ったところで、ベッドの中のフェンから声を掛けられた。


「……カナンさん、ダイヤ兄の恋人とかじゃないんだね」


「ええっ?」


 僕はその予想外の問いかけに、思わず変な声を上げてしまった。


 あのカナンが恋人とは、いろいろな意味で恐れ多いというものである。僕はフェンの発言に首を傾げつつ言葉を返す。


「そんなわけないでしょ。カナンは大貴族の次期当主って言われてる人なんだから。そもそも会ったのも久々だし。なに、カナンとそんなこと話してたの?」


「そういうことも少しだけね。カナンさん、ダイヤ兄に変わった目を向けてたから、そうなのかと思って」


「変わった目え? なんかいい感じのおもちゃ見る目とかそんなんでしょ。……そんなことより、フェンも早く寝なよ。明日もいろいろ準備とかあるからさ」


「うん、分かってる。もう寝るから」


 いつも通り感情を読みにくいフェンと会話し、最後におやすみと言葉を交わす。


 しかしカナンが恋人とは、やはりフェンもお年頃ということか。そういうことには興味のない子だと思っていたのだが、このくらいの少女はなんでも恋愛に結び付けるというし、案外フェンもそうなのかもしれない。


 僕はフェンの真っ当な成長に少しほっこりした。


 そして、明日はカナンにフェンのことを相談しないとと考えながら、体を拭う布と水の入った桶を手に、さっさと寝る準備を整える。


 こうして、今日も長い一日は終わりを迎えるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る