第6話 交易都市テシア

6.


 その後、驚きの視線を向けてくる行商のおじさんたちに、フェンについて軽く事情を説明し、警戒させてしまったこと――というか冒険者たちに至っては軽い怪我をさせたことを謝罪した。


 この国にはフェンのような獣人がほとんど住んでおらず、中にはひどい偏見を持つ者たちもいる。しかし彼らはそうではなかったようで、僕に言われて頭を下げるフェンに怒りを向けることはなかった。それどころか、可愛い女の子のやったことだからと、笑って許してくれた彼らは人が好い。


 そうして、行商のおじさんから「フェンちゃんと同じ年ごろの娘がいてね」と珍しいお菓子など貰いつつ、その場を穏便に納めて旅を再開することができた。


 それからの行程は順調で、予定外の同行者であるフェンから「二度と黙っていなくならないで」と小言を延々聞かされつつも、僕たちは無事に宿場町まで到着した。


 その後は宿屋で食事を取って眠り、何事もなく――いや、十四歳になるフェンを気遣って別部屋を取ろうとしたらなぜか揉めたりしながら、結局同じ部屋に並んだベッドで朝を迎える。そして宿場町を発った僕たちは、目的地であるテシアに向かって再び街道を進んだ。


 要所で休憩を取りつつも旅は何事もなく進み、すでに陽が傾く時間になっている。街道を歩く僕は、隣でベティにまたがるフェンを見上げた。


「あと少し行けばテシアに着くよ。たぶん日が暮れてすぐくらいかな」


「ふうん。ダイヤ兄はテシアに行ったことあるの?」


「もうずいぶん昔だけど、ちょっとね。だから、王都からのだいたいの時間とかも分かるってわけさ」


 僕は孤児院を開くよりも前に行った、王都にほど近いテシアという街のことを思い出す。


 テシアは王都より交通の便がいいことから、昔から交易で栄えている街だ。国内の様々な地方、そして国外といった各地の名産品が集まりにぎわっている。


 たしか、王都のグルメ好きがそのためだけに訪れるほど美味しい料理店が多い、とはよく聞いたものだ。


 昨日今日と長い距離を移動してきたので、今夜は英気を養うため、何か美味しいものを食べるのもいいかもしれない。テシアで待っているはずのあの人も、着いたらその日に会いに来いと言っていたので、そのまま一緒に食事に向かうというのも良い。


 僕は頭の中で色々な食べ物を思い浮かべながら、フェンに向かって口を開く。


「今日は、フェンがこれまで食べたことのないご飯をご馳走してあげる。ここまで長い距離をよくついてきてくれたからね――別についてこいとは言ってないけど」


「めずらしいご飯……! さすがダイヤ兄、気が利くね」


 僕の嫌味をさらっと流したフェンは、表情のないまま目だけ輝かせる。


 この子は種族柄かわからないが、お肉を好んで食べるので、美味しい肉料理の店を探すのもいい。他にも魚介や珍しい野菜、珍味と呼ばれる物などいろいろとあるので、今夜はあちこちの店に目移りしそうだ。


 そうして、僕たちは街についてからのことを楽しく話しながら、白い街道を計画通りに進んでいく。やがて陽が暮れ、あたりが薄暗くなってきた頃、僕は前方を指差してフェンに言った。


「やっと見えてきた。――あれが、交易都市テシアだ」


 街道が繋がる先に、人だかりが見えてくる。彼らはテシアに入るための審査を待つ者たちだ。僕たちのような旅人や冒険者もいるが、交易都市だけあって馬車を引いた商人が多かった。


 彼らの奥には王都と比べれば簡単な作りの門が立っていて、その向こうにたくさんの建物や人が覗いている。


 僕はフェンを乗せたベティの手綱を引き、街の門へ向かって進んでいく。そして、審査待ちの列の最後尾につくことなく、そのまま横を通って門の脇の施設へと向かった。


「並ばないの?」


 ベティの上で興味深げに周囲を見渡していたフェンが、小首を傾げながら聞いてくる。僕はそれに対し、何でもないことのように答えを返す。


「前も言ったことあると思うけど、これでも僕は貴族なんだよね……領地もない木っ端貴族とはいえ。ということはつまり」


「つまり?」


「貴族の特権で待機列の横入りができまーす」


 陽気に言った僕は、怪訝そうな目を向けてくる審査待ちの人たちを横目に、詰所の前に立つ若い衛兵に声を掛けた。


「お疲れ様でーす。街に入る審査をお願いしたいんだけど」


「……ん? あなた、列を飛ばしてきているじゃないですか。ダメダメ! 並ぶのが面倒なのは分かりますが、ルール通り後ろで順番を待ってください」


「そう言われると思った。恰好が普通に旅人だもんね。はいはい、じゃあそんな時はこれね」


 僕は腰に差した剣の鞘を持って、ぐいっと前に引っ張ってくる。そして王都の衛兵にそうしたように、家紋が入った柄を見せてやる。


 面倒そうに僕を見ていた衛兵は、胡散臭いと思っていることを隠そうともせず、眉を寄せながらそれを確認して――


「……これは…………き、貴族家の家紋!」


 大きく目を見開いた衛兵は、まるで平伏するような勢いで腰を折って頭を下げた。


「も、申し訳ございません! まさか貴族の方とは思いもせず……」


「ああ、いいよいいよ。こんな格好してたらそりゃ分からないよね。頭を上げて」


 恐縮しきりの衛兵に、僕は朗らかに声を掛ける。


 ――まあ、貴族といっても生まれながらのそれじゃないし、もっと適当にしてくれていいけど、彼にはそんなこと分からないからなあ。


 僕は苦笑しながら、彼にもう一度剣に刻まれた家紋を見せる。そして審査を行ってもらえるよう告げた。


「僕はダイヤ・サウスルイス。もしかしたら聞いてるかもしれないけど、ここには国の指示で来てるんだ。街の中に待ってる人がいて、合流したら本格的に任務開始って感じでね」


「――ダイヤ・サウスルイス!? あっ、し、失礼しました。しかし、なるほど…………申し訳ありませんが、本日サウスルイス様が見えられることは聞いておりませんでした。ただ、偽造が固く禁じられている貴族家の家紋をお持ちということで、街に入るための審査は簡略化させていただきます。すぐ家紋の確認を行うので、少々お待ちください」


 衛兵はそう言うと、急いだ様子で詰所の中へと消えていく。それから少しして出てきた彼は、その手に一冊の本を抱えている。おそらく貴族の家紋をまとめた本なのだろう。


 衛兵は本を捲って目を滑らせていき、やがて一つのページで手を止める。もう一度家紋を見せてほしいと頼まれたのでその通りにすると、本のページと見比べるような仕草を見せ、すぐに大きく頷いた。


「家紋に不審な点などないことは確かに確認しました。これでサウスルイス様は問題なく門を通っていただけます。……ちなみに、そちらはお連れの方で……?」


 衛兵はフェンに目を向け、申し訳なさそうに問いかけてくる。貴族の連れならとくに審査もなく中に入っていいはずだから、一応の確認というところだろう。ルールだから仕方がないと、僕は衛兵に頷いて見せる。


「僕の娘みたいなものだよ。中に入れることに問題はないよね?」


「もちろんです! お連れ様であるとご本人の口から確認できたので、どうぞ中にお入りください」


「はーい、ありがとう。……っと、そういえば忘れるところだった。この馬、ベティって言うんだけど、王都守護の軍から借りてて。ここに着いたら衛兵に渡せって言われてたんだけど、お願いしても?」


「なるほど、承知しました。では、私が確かに預からせていただきます」


「ありがとう」


 僕はフェンを地上におろし、ベティの手綱を衛兵に渡してやる。そして、ここまでご苦労様という思いを込めて、ベティの鼻づらを撫でてやる。ずっと上に乗っていたフェンも、同じように撫でる。


 そうして、僕たちはベティをかたわらに控えさせた衛兵に見送られ、街につながる門へと進む。そして王都より低いその門を潜ると、僕たちの視界には通りに並ぶたくさんの店と、行き交う人々が飛び込んでくる。


 僕は隣を歩くフェンに笑顔を見せた。


「ほら、言った通りすごい数の店でしょ。今日は好きな物食べさせてあげるからね」


 フェンはいつもより興奮した様子で、見える範囲の店を見渡し、美味しそうな店がないかと物色している。普段はあまり感情を表に出さず、どちらかといえば大人っぽいフェンだが、食べ物にはわりと目がないのである。


 めぼしい店を探すフェンを微笑ましく思いながら、僕は口を開いた。


「さあ、まずはここで待ってもらってる人に会いに行こう。国からは宿の名前を聞いてるから、そこを探すんだ」


「……わかった」


 店を物色するのに夢中だったフェンは、一拍間を開けてから頷いた。僕は苦笑いを浮かべながら、聞いていた宿屋を探して通りを上って行く。


 しかし、何歩か足を動かしたその時――唐突に横合いから現れた影が、なぜか僕たちをふさぐように目の前に立ち、行く手を遮るではないか。


「なっ……」


 いったいなんだと言いそうになった僕は、その人物の顔を見て口をつぐむ。なぜなら、僕の前に立ったその顔は、見覚えのある人物のものだったのだ。


 腰上まで伸びた、ボリュームのある金髪。赤い眼を頂いた豪奢な顔立ち。それは僕の記憶にあるものより少しだけ歳を取っていて、しかしほとんど覚えている通りの顔をした女性――


 かつての仲間であり、今回テシアで合流する予定だった、煌びやかな見た目の美女――――ディオーレ侯爵家の後継者であるカナン・ディオーレがそこにいた。


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