第7話 とある主従の不満

7.


 カナンは僕の前でしなやかな立ち姿を見せつけ、その自信に満ちた目を向けてくる。そして、ずいぶんと勿体ぶった仕草で口を開いた。


「久しぶりじゃのう、ダイヤ。お主に会うのはいったいいつぶりじゃ?」


 その特徴的な口調に、昔を思い出して懐かしくなる。


 ――けど、なんでだろ。なんかカナンから妙な圧力を感じるぞ……。


 僕はとりあえず無難に、へらっと笑ってカナンへ言葉を返す。


「いやあ、最後に会ったのはいつだったかな。確かカナンが王都に寄った時、僕が立ち上げた孤児院を覗きに来た時だっけ?」


「うむ、そうじゃな。あれは三年前のことじゃったか。あの時のお主は、今度は自分がディオーレ領まで会いに来るなどと言っておったの?」


「え~そうだっけ? あはは、子どもたちの世話で忙しくってさ」


「ふむ。職員も雇って最初に迎えた孤児も大きくなったから、ちょっとくらい旅行に行っても大丈夫、などと言っていたのは誰じゃったかのう?」


「誰の言葉だろなー。……え、僕そんなこと言ってた?」


 きつくなっていくカナンの視線に、僕は冷や汗をかく。当時のことを思い出してみるが、まったく記憶にない。たしか久しぶりの再開記念ということで、カナンと酒場に行ってしこたま酒を飲んだところまでは覚えているのだが。


 この話を続けても、どうやら僕の立場が悪くなるだけの気がする。今は隣にフェンもいるので、あまり情けないところは見せられないと、僕は取り繕うように言った。


「ま、まあ、今はその話はいいじゃん。僕らもテシアに着いたばかりで――――あ、こっちの子はフェンね。うちの孤児院の子。ちょっと事情があってテシアまで連れてきてるんだ」


 カナンにそう言ってから、僕はフェンに視線を入れ替える。


「フェン、この人はカナン・ディオーレっていって、僕がテシアで合流する予定だった人。なんかでか知らないけど、僕が到着するのを待ってここで張ってたみたいだ」


「別に張っておったわけではない。お主に今回の話が行くタイミングは分かっておったから、行動を先読みしてわざわざ出迎えてやったのじゃ。感謝せよ」


 尊大な態度のカナンに僕は苦笑する。


「はいはい、ありがとね。それはとにかく、僕もフェンも到着したばかりで疲れててさ。お腹も空いてるし、とりあえずどっかでご飯でも食べない?」


 僕の言葉に、カナンは値踏みするような視線を向けてくる。しかし、やがてその目はフェンに移動し、二人はしばし見つめ合った。


 さっきから静かだったフェンは、いつにもまして無表情で、少し棘のある目でカナンを見る。一方のカナンは、面白いものを見つけた言わんばかりに、そのきれいな赤い瞳を光らせていた。


 しばらくしてフェンから視線を離したカナンが、やれやれと言うように目をつむって頭を横に振った。


「仕方ないの、まったく。疲れておるのは本当であろうし、先ほどの問答はいったん置いて、今はお主の口車に乗ってやろう。獣人の娘などという面白い話の種も持ってきてくれたことだしの」


「口車って、人聞きが悪いな。フェンも別に面白い話するために連れてきたわけじゃないからね。これだからディオーレの次期当主は気分屋で気難しいなんて言われて――――あ、いやいやなんでもないよ? さっすが大貴族、懐が深い!」


 僕はぎらりと睨んでくるカナンに、誤魔化すように笑みを見せた。


「次同じことを言ったら殴るからの。……さて、では夕食を食べに行く前に、もう一人同行者を紹介しておこうかの」


「同行者?」


「うむ。エディ、自己紹介じゃ」


 カナンは体を横に一歩ずらし、背後に向かって呼びかけた。


 すると、先ほどまで隠れていたカナンの背後から、使用人服を着た一人の女性が歩み出てくる。カナンの見た目のインパクトと迫力に、その後ろまで気が回っていなかった。


 その女性の年の頃は、今年二十八になる僕よりはいくらか下――二十を少し過ぎたくらいだろうか。亜麻色の髪を後ろでまとめた彼女はまさにメイドといった身なりで、なぜか僕に厳しい視線を向けながらカナンの隣に立った。そして、僕を睨んだままその口を開く。


「私はディオーレ侯爵家でカナンお嬢様に仕える使用人、エディ・キールと言います。今回お嬢様が王国から与えられた任務に同行させていただきますので、しばらくはともに行動させていただきます。どうぞ、お見知りおきを」


「あ、どうもご丁寧に。僕はダイヤ・サウスルイス。同じ任務に就く者同士、これからよろしくね。ほら、フェンも」


「……サウスルイス孤児院出身のフェンです。よろしく」


 僕はちゃんと自己紹介できたフェンの頭を撫でてやる。あまり社交的ではない子だが、長年の教育あってかきちんと挨拶できている。ほとんど喋ることもなかった昔を思うと、素晴らしい進歩である。


 我が子の成長を喜ぶような心地だった僕は、しかし依然鋭い眼差しをぶつけてくるエディに気づいてはっとする。こんなところで親バカを発揮している場合ではない。


 僕はフェンのふわっとした頭から手を離し、カナンとエディの主従に視線を向けた。


「じゃあ、お互い自己紹介も済んだということで、ご飯食べに行こうよ。もう腹ペコでさ」


「ふむ……よいじゃろう。今日はお主との久々の再開を祝して、良い店を予約してある。そこなフェンという娘もまとめて、わらわが奢ってやろう」


「え、奢り? しかもカナンの選んだとことか絶対高級店じゃん。フェン、はちきれるまで腹に料理を詰め込むよ!」


「ダイヤ兄、みっともないよ。私は普通に食べるから」


 僕は冷たい視線を向けてくる女性三人組に、へらっと笑みを見せながら口を開いた。


「いや冗談、冗談だからね。でもお腹空いて倒れそうなのはほんとだから。ほら、早くお店行こうよ」


「……はあ。お主は相変わらずじゃの。では、案内するからついてくるのじゃ」


「わーい」


 僕たちはカナンとエディの先導で、テシアの綺麗に舗装された通りを上っていく。


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