第4話 再会

4.


「おいそこのお前、ここは危険だぞ! よく分からねえ奴が向かってくる!」


「さ、さあ、私の護衛たちがなんとかしてくれるので、一緒に脇によけましょう」


 僕の腕を取った行商のおじさんは、安全地帯まで一緒に連れて行ってくれようとする。見ず知らずの僕に対して、親切な人である。


 しかしだ。こう見えても僕は、この国の元兵士である。というか、現在国を守るための任務に就いている真っ最中だ。そんな僕が、市井の一般冒険者たちに守られていていいものだろうか。


 僕は己に対して疑問を投げかける。そして少しの間考えを巡らし、答えを出した。


 ――別に僕の任務には関係ないし、やってくれるって言うなら任せちゃってもいいかも?


 ……そう。僕がやるべきは魔王災害発生の調査とその解決であって、そこらの冒険者を守ることではない。彼らはこういった事態のためにお金を貰って護衛していて、決して誰かの庇護を求めているわけではないのだ。


 それにだ。僕はやりたくもなかった任務を国から押し付けられているのだから、むしろこういう時くらい楽をさせてもらってもいいだろう。


 開き直った僕は、そんな元兵士としてどうなのかということを考えながら、近づいてくる影とそれを迎え撃とうとする冒険者たちを眺める。


 影はいまだ土煙に隠れて正体を現さない。ただ、近くまで寄ってきて初めて、その大きさはだいぶ控えめだということに気づいた。


 冒険者たちも同じことを思ったようで、大したことない魔物に違いない、一捻りにしてやると意気込んでいる。


 そして、かなりの速さで突っ込んできた影は、やがて待ち構える冒険者たちと衝突し――


「ええ~……」


 僕の口から、気の抜けた声が漏れた。


 ――影に立ち向かった冒険者たちは、僕の視線の先で、まるで喜劇のように吹き飛ばされていた。ぽーんと宙へ投げ出されて、やがて間抜けに地面へと墜落する。


 冒険者を弾き飛ばした影は、そのまま僕と行商のおじさんの前を通り過ぎる。そして、隣街テシアに向かう方角へと去っていった。


 びゅうっと砂が混ざった風が吹いて、僕たちの髪をなびかせる。


 僕は、隣のおじさんと視線を交わした。


「…………彼ら、吹っ飛ばされちゃいましたね。あの魔物? も無視して行っちゃうし」


「依頼料をケチってしまったからなあ……お金が無くて……」


 おじさんは痛そうに体を起こす冒険者たちを見ながら、哀愁漂う横顔でそう言った。


 僕はなんと言おうかと気まずい思いを抱えつつ、結局適当に愛想笑いを浮かべて見せた。よく分からないが事態は終息したと見て、ベティのもとへ戻ろうと踵を返す。


 そして、足を踏み出すのとほぼ同時――


「――ま、またあいつが来たぞおおお!」


 背中から、冒険者たちの叫びが耳に入った。


 振り返った先では、先ほどと違って大きく動揺する冒険者たちがいる。自分たちの敵う相手でないことを理解し、どうすればいいのかと雇い主である行商のおじさんへ目を向ける。


 しかし、おじさんも他に魔物に対する手立てはないようで、あたふたとした挙句、俺を見て腰の剣へと視線を移す。


 ――あ、これ結局僕が頼まれるやつじゃん。いや、他の人らじゃどうにもできそうにないから仕方ないんだけどさ……。


 僕は苦笑いを浮かべつつ、おじさんの前に出て街道の中央へと歩いていく。先ほど吹き飛ばれた冒険者たちは、すでに街道から逃げ出し、脇で僕の様子を見守っていた。


「お、おいお前、大丈夫なのかよ!?」


 冒険者の一人が、僕にそう声を掛ける。


「まあ見てなさい。こう見えて僕は、かつて英雄と呼ばれた男だ~」


「な、なんかあいつヘラヘラしてるぞ! ダメだ、今のうちにオッサン連れて逃げた方が……」


 期待の視線を向けてきていた冒険者たちは、僕の適当な返事を聞いてざわつきだす。


 ――まあ、今から逃げても間に合わないでしょ。僕がさっきの彼らみたいに一瞬でやられたら、君たちがこの速度から逃げ切れるとは思えない。だから、ここで今君たちがすべきことは――


「――僕が負けないように応援することだね!」


 僕は迫る影に向かって、腰の剣を抜いて構えを取った。すっかり体に染みついた動きで戦闘態勢に入る。


「【硬化】」


 そう呟くと同時、僕の両腕から握った剣にかけて、慣れ親しんだ力が浸透していく。剣の先から両肩まで、どんな力も受け止められる金剛の硬さをまとっていく。


 そして、準備ができたその時だった。


 ついに目前まで迫った影が、その速度を一切緩めることなく突進してくる。このまま正面から受け止めたのでは、先ほどの冒険者たち同様吹き飛ばされ、無様に地を転がることになるだろう。


 だから僕は、そうならないために腰を落とし、構えた剣を強く握る。そして、突っ込んできた高速の影を、完全な見切りで流しながら斬り捨てようと、両の目に力を込めて――




 ――土煙の中、きらりと光る青い瞳を見た。




 まるで、頭に電流が走ったような衝撃だった。


 に気づいた僕は、もう衝突まで幾ばくの猶予もないというこの状況で、手にした剣を放り投げる。離れたところで、おじさんと冒険者たちが息を呑む音が聞こえた。


 彼らはきっと、僕がこのままやられてしまうと思ったろう。なぜ剣を離したのか、なぜ影に斬りかからないのかと、そんな心の声が聞こえてくるようだった。


 しかしだ。どうして、僕がこの子を攻撃できようか。どうして剣を持ったまま迎え入れるなんてことができようか。そんなこと、この僕にできるはずもない。


 だって、僕に向かってくる影、この子は――


「ダイヤ兄……!!」


「フェン!」


 ――僕が愛する、我が子同然の少女だったのだから。


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