第7話

それから三年が経ち鱒弥と雲雀は三十五歳になった。


年老いてきたこともありもうそろそろ子どもの事は諦めようと考えていたが、鱒弥はこれまでの子の死を思うとはやる気持ちが抑えきれていなかった。

その日の晩に田畑の作業から戻ってきた鱒弥は風呂釜に薪を焚いて湯を沸かし冷えた身体を温めては浸かりながら子どもの事を考えていた。風呂からあがり居間へ行くとかがみこんでいる雲雀の姿を見てどうしたのか尋ねると何でもないと言い彼女も風呂に入っていった。


戌の刻になり布団を敷いた二人は眠りにつこうとしていた時、鱒弥は雲雀に向かって背後から飛びつくように抱きしめては振り向いた彼女を無理矢理力ずくで口づけをした。


「やめて!どうしたの?」

「最後の頼みだ。もう一度子どもを作ろう」

「もう無理よ。私もこれ以上出産を繰り返すと身体が危うくなる」

「医者はまだ今の体力であれば問題ないと言っていただろう?俺は諦めたくないんだ!」

「また顔のない子が産まれてくるかもしれないんだよ?あなたも気づいているだろうけど、村の人たちだってこんな不気味な子が傍にいてよく二人が一緒にいられるもんだなって言っているじゃない」

「周りの人たちはその人たちの都合だ。気にかからなくていい。俺らには俺らの事情がある……雲雀、これで最後でいい。お前を抱かせてくれ」


雲雀をその場で押し倒し着物をはだけさせて太ももから陰部に手を入れて愛撫していくと彼女は淫声をあげては鱒弥の身体につかみかかり彼の陰茎が体の中に入るとその背中に両脚をかけては突き出す振動に天井が今にも落ちていきそうな騒めきを感じていた。

性交まぐわいが終わると鱒弥は雲雀の乱れた着物を整えさせてあげ布団に入るように促して二人はそのまま深い眠りについていった。


数ヶ月が経ち雲雀の母体が安定期に入った頃、鱒弥は一人墓場に行き三人の子の墓の前で花を添えて合掌した。


「どうか、産まれてくる子が無事にこの世に来てくれるようみんなで見守っていてくれ」


その帰り道、家が立ち並ぶところを通り過ぎた時反対の方向から凪が歩いているのに気づきて声をかけると背中の丸まった彼女の姿を見て心なしかこれまで世話になってきた分、雲雀とともに何か恩返しになることをしたいと言ったが、今はこれから生まれてくる子の事だけを考えていきなさいと返答しその場から去っていった。

更に三ヶ月が経ち雲雀が陣痛に耐えながら凪や助産師が来てから彼女たちに次こそは顔のある子が欲しいと嘆きながらお産にとりかかっていった。やがて産声が高らかにあがり凪がその赤子を取り上げてみるとまたしても顔のない男の子が産まれてきた。


「いいの。これでいい」

「どうしたんだい?」

「鱒弥さんあの人が納得してくれるはず。もうこれで子どもはこの子で十分だからって言ってくれるに違いない」

「そうか。また元気な子だよ。名前は決めてあるのか?」

「良次。絶対男の子だって確信していた」

「いい名前だ。鱒弥が帰ってきてからすぐに伝えなさい」


その数時間後駆けつけた鱒弥が帰宅すると良次を抱きかかえて涙を流していた。雲雀はどうしたのかと聞くと自分たちにとって最後の子だから何があっても守っていくと堅固な眼差しで雲雀にもその意思を見せていた。

三年が経ち良次が一人で歩いて安定してきた頃三人は隣町の神社へお参りに行きその日の晩縁側で疲れて居眠りをする良次を抱えて布団に寝かしつけた。


そしてまたもや丑の刻。静まり返った田畑から虫の音が聞こえて寝返りを打った鱒弥がふと目を覚まし起き上がると雲雀と良次の姿がなく家じゅうを探し回り、玄関を出て近所を見回っていったが気配がなかった。

試しに何軒か村人の家を訪ねて門を叩いたが誰も答えてはくれなかった。山間を見ながらも人の気配がしないので何かがおかしいと思い一度家に戻り居間に上がると台所で何か物を切るような音が聞こえてきたのでゆっくりと近づいて扉を開けてみると、雲雀が包丁を研いでいた。


「どうした、こんな時間に?」

「忘れていたの。だから今やっている」

「真夜中だぞ。明日でもいいじゃないか」

「いいえ。今が良い。今やらないと気が済まない」

「雲雀。今、村の人たちのところに行ってきたんだが誰も気配がないんだよ。何か心当たりでもあるか?」

「……」

「何か、知っているのか?」


すると突然雲雀は目の色を変えて豹変したように鱒弥に襲い掛かり、肩にしがみついて彼の顔をえぐるように牙を出して噛みついてきた。それは一瞬で彼の右側の顔の肉を剥ぎ取り、呆然とする鱒弥は片方しかない顔に手で触ると血まみれになっている両手を見て奇声を発した。


「雲雀。俺に何をしたんだ?!」

「もう終わりよ、私達」

「良次はどこにいる?」

「あの井戸に落ちて死んだわ。私が突き落としたの」

「なぜそのような事をした?」

「私が化け物だってことを知らせる時が来たの。あの子も命がなくなる寸前だったから消したわ」

「いつから……そうなったんだ?」

「十五で嫁いできた時。体の中に何かの物体が入ってきて寄生してはまた体に染みついて宿っていた。そして不老の身体を手に入れたの」

「どうしてすぐに言ってくれなかったの?」

「あなたが子どもが欲しいってずっとしつこくて逃げても繰り返し私を求めてくる。ねぇ、どうして顔のない子が産まれてきたのか知りたい?」

「ああ。教えてくれ……」

「あなたは渾沌こんとんという鬼神の使いの子よ」

「どういう事か説明してくれ……」

「私の父がこの村に鬼神がいるから撃退するように命じたの。どの人だと探し回っているうちにあなたのその奇臭を感じて近づいて籍を入れた」

「そこまでして、どうして俺に関わってきたんだ?」

「鱒弥さんは……ずっと一途に私達母子を見守っては顔のない子を愛してきてくれた。どんな化け物の授かりものでもあなたは自分の信念を貫いてきた。ただ人間の子どもが欲しくて顔のある子を望んできたのに……あなたの中にある死神がそれを認めてくれていたの」

「死神?」

「あの子たちの行く末にその死神がやってきては子どもたちの魂がもう一度私達夫婦の元へ転生して生まれ変わりたいと願い出ていた。そうしたら命の蝋燭は消えずに繰り返し息を取り戻していった」

「じゃあ、その死神は俺たちの子が告げた願いを叶え続けていたから顔のない子が繰り返し産まれては死んでいってまた産まれていった……」

「もう、これ以上一緒にいてもいつかこの時を告げなければいつまでたっても終われない。だから今あなたに食らいついたのに……どうして?どうしてまだ生きているの?」


その時だった。人の気配を感じては辺りを見回していくと誰かが一斉に彼らの家に持っていた松明の火をつけては一気に炎上し始めていった。燃えさかる炎のなか、鱒弥は身体を崩して次第に意識が遠のいていった。

雲雀もまた台所にある包丁を持ち出しては倒れている彼の前で、自分の首を思い切り刺しては引き抜いて血まみれになった姿に嘲笑あざわらいをしてはやがて彼女も彼を覆うように倒れ込んだ。

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