35話

スラヴェル領、街中のとある一軒家にて。


「その結晶が・・・」

「小型汎用魔術空間結晶体。皆は結晶型ポーチなんて呼んでるかな?たしか・・・社長もいくつか同じものを腰に下げているはず。」


エルはグレイアとコブラ小隊の面々が不在の間、V-PMCの補給を担当している職員と一緒に留守番をすることになった。

彼らは暫く帰ってこないため、現在はエルともう1人で雑談をしている。


「だいたい・・・これくらいかな。ざっと説明するなら、これは便利な小物入れってところ。」


補給担当のうちのひとり、レティは両手を使って、おおよそ小学校の机より少し広いくらいの範囲を示した。


(その大きさで小物入れ・・・?)


自分の中の常識との相違がありすぎて困惑するエルだったが、良く考えれば結晶の中に物を収納できる時点で今更だったことに気づく。


「アサルトライフルとかの武器は作戦の時しか使わないから、べつに入れる必要はないし・・・主に入れる物って言ったら、それこそ食料とか水とか。だいたい3日分は入れとけって言われてる。」


彼女はそう説明しながら、腰にぶら下がっている結晶から食料を取り出し、エルに投げ渡す。


「わっ・・・とと・・・」

「ナイスキャッチ。どう?それってたしか、1年くらいはコレに入れてあったはずなんだけど。」

「1年・・・にしては、綺麗に見えます。」


エルに渡されたものは、綺麗にパッケージングされた小さな物体。

中身が見えないように銀色の袋で覆われており、当然のように傷一つない。


「ちょっち貸してみ・・・開けてあげるから。」

「いいんですか?これって大事な食糧なんじゃ・・・」

「だいじょぶだいじょぶ。これはアタシが勝手に入れてるだけのヤツだから。」


レティは渡されたものを綺麗に開封し、露出したものを食べやすいようにするために袋を整えてからエルに再度渡した。


「遠慮せず食べちゃって。なんかちっちゃいレンガみたいな見た目してるけど、味は結構いいんだよ?」

「・・・いただきます。」


レティ曰く「ちっちゃいレンガみたいな」見た目の食料を恐る恐る口に運んだエルだったが、彼女の表情は一瞬にして変わることになる。


「・・・!」


一口目を口に含んだ後、彼女の顔は驚きの表情へと変わり、数秒もすれば先程までの警戒心MAXのぎこちない動きではなくなった。


「初めてはそーなるよね。アタシもそうだったからわかるわぁ・・・」


うんうんと頷き、初心を思い出しているかのように感嘆するレティ。

我々が暮らす世界でも、ああいう粉を固めたブロック状の食べ物を初めて食べる時と言うのは緊張するもので・・・当然、そんなものが一般には存在しない世界であれば緊張を飛び越えて警戒するのは当然というわけだ。


「・・・それで。どう?感想は。」


彼女が質問をすると同時に最後の一口を入れ終えたエルは、しっかりと内容物を喉に流し込んでから口を開いた。


「美味しかったです!とっても!」


満面の笑みでそう言ったエルの眩しさに、レティはふと、疑問を浮かべる。


(社長、こんな良いコをどこで拾ってきたんだろ・・・)


普段、彼女のような一般の職員は人の所属をある程度予測できるように教育されている。

奴隷が相手であれば奴隷印を押されている場所のパターンを暗記したり、一般人であれば事前に渡された身分証やパッと見の見た目、話し方などから所属や職業などを見分ける。


(このコも奴隷だったのかな。でも戦闘のセンスがいいって判断できるくらいには戦えるらしいし、奴隷印アリじゃそこまで・・・・・)


少しばかり正解をかすってはいるが、まさか彼女も「グレイアが管理者としての力を用いて、奴隷印をなかったことにした」とはわからない。

彼自身も、どういう手段を用いても決してわからないような細工はしてあるだろうが。


「・・・ああ、そういえばね」


突然、彼女は何かを思い出したように、先程見せた結晶型ポーチを取り出す。

そして、その中からそこそこの大きさの板を取り出し、背面にあるスタンドを立てて机の上に置いた。


「そろそろ作戦時間らしくて、これで現場に展開してるドローンの映像が映るはず。」


そして一方、作戦実行部隊はというと・・・




─────10分ほど前




「スラヴェル現領主、バーン・スラヴェルを確保する。」


スクリーンにでかでかと映し出された地図、それを映し出すプロジェクタの横に立ち、言葉を続けるグレイア。

これは所謂「ブリーフィング」というものであり、これについて簡単に説明するならば「作戦前の簡単な事情説明」である。


「先日、領主邸に侵入したCobra小隊が持ち帰った情報から、スラヴェル領北西部の山中を割り出した。バーンはそこに滞在していると思われる。


作戦には計5機のヘリを使用する。4機は俺達の移動用、1機は保護した奴隷を移送するためのものだ。

Cobraの2-1から2-6は命令があるまで上空で待機。家屋を監視し、目標が作戦領域外へ逃走しないよう努めろ。

俺と1-1から1-7は家屋を襲撃し、奴隷を保護しつつバーンを確保する。」


作戦を行う人員は、ヘリのパイロットと指揮官である彼、そしてバックアップのオペレーターを含めて計27人。

これが、たった一人の少女のために用意された人員であると言えば、それを信じる者はどれくらいであろうか。


「全員に実行権限を与え、バーンの護衛の殺害も許可する。汚職に手を染めた男の護衛などという危険極まりない橋を堂々と渡る阿呆に、わざわざ気を使う必要もないのだからな。」


淡々とした物言い。

確かに、集団での傭兵稼業を生業とし、本業では常に命の危険が付きまとう冒険者をしている彼が言うのだから、十分に説得力がある。


「・・・それでは、作戦実行部隊各位。移動を開始しろ。」


途端、グレイアの発言が終わるのとほぼ同じタイミングで、全員が瞬間移動魔法を使用してその場を後にする。

それを確認した彼は顔に微笑をうかべると、後ろにいるオペレーター達の方を向いて一言。


「バックアップ、頼むぞ。」


そう告げ、彼も瞬間移動でその場を後にする。

その場に残された3人のオペレーターは顔を見合わせ頷くと、言葉を発さぬまま席に着いた。





・・・・・






『作戦領域に入りました。作戦実行部隊各位はNVGを起動してください。』


オペレーターからの通達が入ると同時に、全員がヘルメットに装備されたNVGを下ろす。


「ライトを消す。着陸の準備をしておけ。」


ドローンもNVモードを起動し、森だらけの地上と綺麗に整列して飛行するヘリ4機を映し出した。


『Loader3と4は作戦実行部隊を投入する。Cobra2は上空から監視を。』

『2-1了解、監視する。』


軽く通信を交わした後、ヘリ2機は地面に接近して8人を降ろす。

上空5メートルくらいの場所から降りても無傷なのは、我々の世界とは違うところだ。体の構造が根本から違うのだろう。


「全員降りたな。よし、行動開始。」


右手をクルクルと回して全員に合図しつつ、グレイアは先導して前を歩く。

目的の家屋まではだいたい100メートルほど。歩きで向かっても、そう時間はかからない。


『2-1より0-1。家屋の周りを見回っている人影がふたつ。遠距離用の・・・ボウガンと見られる武器で武装している。』

『0-1了解。始末しろ。』

『了解・・・』


一切の迷いがない、確実な命令。それは受け取る側も同じようで、5秒もしないうちに報告が入る。


『始末した。』


淡々とした報告ののち、8人は家屋にたどり着く。


「Cobra1-4は裏に周る。」


ブリーフィングより前から計画しておいた手筈、その通りになるよう、8人は2手に分かれて行動を続ける。


『Void0-1は正面より侵入する。』


グレイアはピッキングの道具を取り出してサッと鍵を開けると、PTTを押さえて通信を送ってから家屋に侵入した。


「・・・チェックメイトッ!」

「あーくそ・・・」


どうやら1階の護衛は仕事を放ってボードゲームをしているらしく、その声が玄関まで聞こえてくる。

それを確認したグレイアは1-2に別の部屋を制圧するよう指示し、彼はそのまま前へ進む。


「どうだ、これで俺の」

「なっ、て」


「クリア。」


まるで生産ラインの機械のように確実な動作で彼はサボっていた護衛2人を射殺し、さらに奥へ進んでいく。


『Cobra1-4は裏口より地下に侵入する。』


その間にもう片方のチームは裏口からの侵入に成功したようで、彼に通信が入ってきた。

しかし彼はそれを当然のように意に介さず、視線を動かし続けて警戒を続けながら次の部屋の様子をドア越しに確認する。


「・・・」


彼は後ろに着いてきていた1-1をハンドサインで呼び、この部屋に突入するよう支持した。


「2、1、0。」


息を合わせるためのカウントダウンの後にグレイアが扉を開き、それに合わせて1-1が突入。そして数秒もかからずにその部屋を制圧しきる。


「クリア。」


そして2人は部屋の隅々までクリアリングをし、入ってきた扉とは違う別の扉から廊下に出る。

するとそこには1-2と1-3がおり、2階へ続く階段の前で待機している様子だった。


『0-1は2階へ移動する。』


そう通知しつつ、グレイア達はゆっくりと階段を登っていく。

2階が近づくにつれて複数の嬌声が聞こえ始め、4人は顔をしかめた。


「・・・」


階段から顔を出し、一直線になった廊下にひとりだけで巡回していた護衛を射殺したグレイアは、廊下にある3つの扉のうち、ひときわ豪華なドアの前に立って1-1を呼ぶ。


「・・・突入するぞ。」

「了解」


恐らく、ここの扉の中と・・・向かいの扉の中では絶賛おせっせが成されていることではあるだろうが、べつに彼らはそれを目的に来た訳では無い。

特段、興奮する訳でもなく、4人はそれぞれ突入の準備を済ませる。

それぞれ1-1と1-3が扉を蹴破り、そこにグレイアと1-2がフラッシュバン・・・を模した魔道具を投げ入れて中にいる人間を混乱させる。


「2、1、0・・・」


グレイアの小さな声で放たれた合図と同時に、それぞれが扉を蹴破り、魔道具をぶち込む。


「なっ・・・なんだ───」


中から聞こえた声も束の間、凄まじい音と閃光が一瞬だけ扉から漏れ、同時にグレイア達は部屋の中に突入する。


「な、なんだ貴様は!一体何が・・・」


抵抗しようとしたバーンだったが、グレイアに脳天をぶん殴られた衝撃で意識が飛び、今まで犯していたであろう女性の上に力無く覆い被さった。


「クリア。」


もう周りに敵はいないことを探知魔法で確認しつつ、グレイアはそう呟く。

彼にとってはいつもの事だが、こうもあっさり終わってしまうと逆に不安があるというもの。


『全部隊へ、バーンの確保に成功。Loaderはヘリを降ろして移送の準備を・・・』


非常に素早く、時間にして10分もかからずに作戦は成功した。

予定外の事態もなく、全くもって人的被害も、物的被害も無しに。


(・・・)


ただ少しばかり、この作戦の映像をわざわざエルに見せる必要はあったのか・・・と、彼は考えるばかりであった。

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元奴隷は最強の下で幸せになる げびゃあG81 @Spiraea_G81

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