34話

時間は流れ、夕方に差し掛かった頃。

情報交換の後にレイナと別れた2人は、コブラ小隊が拠点としている場所まで徒歩で移動していた。


「・・・本当によかったんですか?」


沈黙の後、エルが先に口を開く。

というのも、先程の情報交換でグレイアはレイナに、今からやろうとしている作戦の事などをペラペラと話していたのだ。

いくら自分の主とはいえ、そんな考え無しみたいな行動をされては彼女も疑いたくなってしまう。


「お前が思ってるより、俺とあいつの信頼関係は堅いものだ。とくに、抱えてる秘密の量に関しては洒落にならない。」

「そうですか・・・」


なんだか納得がいかないと言いたげな彼女だが、当の本人が言っているのでは納得せざるを得ない。


「まあ、レイナに関しては正直な話───」


グレイアが言葉を続けようとした次の瞬間、彼の表情が瞬く間もなく変化し、エルを瞬時に抱き寄せる。


「ひあっ!?」


可愛らしい悲鳴が飛び出したのも束の間、2人の後ろにあった地面は爆発によって消し飛んだ。

瞬間的に結界を展開したお陰で2人に影響はなかったものの、これは明らかに不意打ちの襲撃である。


「街中でぶっ放すとはな。こいつは随分と常識知らずな・・・」


余裕の態度で悪態をつこうとしたグレイアに追い打ちをかけるように、黒づくめの武装した戦闘員らしき人間が5人ほど襲いかかってきた。


(本命は俺の正面にいる狙撃手か。あの程度の威力だと・・・そこまで問題じゃないな。)


5人の襲撃者には目もくれず、グレイアはエルを抱いたまま飛び上がってその場を離脱しようとした。


(・・・っと、そういうことか。)


しかし、彼の行動を見ても追って来ようとしなかった5人を見て、グレイアは何かを察して地面に着地する。


「ちっ・・・」


誰かが舌打ちをしたが、グレイアには伝わらず。彼は冷静に場面を把握し、エルを自身で展開した防護型の結界に閉じ込めて空中に固定する。


(何か閉塞型結界らしき自己証明を発動させてる奴が居るな。状況からしてあの狙撃手だろうが・・・効果はさておき、対価は「展開した結界の範囲内には入ることができない」とかだと予想してみよう。)


武器も出さず、ひたすらに5人の猛攻を避け続けている。

しかし、流石にやられっぱなしは遺憾な気がするのか、彼はまさかの素手だけで反撃を開始した。


「「身体強化・俊敏特化アジリティ」」


短く詠唱を済ませ、剣での攻撃を避けた勢いを反転させたグレイアは、続く槍での突きを華麗に乗り越え、その武器の主の顔面の手前に手を固定させて一言。


「吹き飛べ」


命令系の術式によって発動した魔法は襲撃者のうちの一人を文字通りに吹き飛ばし、何物かの自己証明によって展開されたであろう不可視の結界に激突させる。


「ぐあああああああっ!!!」


彼の予想通り、この場には結界が展開されているらしく、吹き飛ばされた襲撃者のリアクションを見るに、どうやら結界には電撃属性の攻撃が付与されているようだ。


(ビンゴ。となれば、そこまで焦る必要はないか。)


彼が万が一として恐れていたのは、特定の人物には影響しない毒だとかが内部に散布されるタイプの結界だ。

この程度の襲撃者が展開できるほど低難度の魔法ではないし、自己証明だったとしてもそうは持ちえないレアなもではあるが、一応警戒しておく価値はある。


(ただまあ・・・面倒だな。)


仲間の犠牲も厭わず襲いかかってくる襲撃者に辟易したのか、グレイアは戦法を変える。

ずっと前に居続けている襲撃者に狙いを定め、攻撃の隙をついて後ろに回り、武器をはたき落として肩に関節技を決めつつ人質のようにして拘束した。


「ぐ・・・貴様・・・!」


とんでもなく悔しそうに歯ぎしりをする襲撃者だったが、どうやら向こうには秘策があるようだ。


「はっ、馬鹿が!」

「ジョッシュ!今だ、自己証明を・・・」


襲撃者がジョッシュとやらに能力発動の命令をかけたが、何も起こらない。

そこで、グレイアはある人物の到着を確信した。


(ああ、仕事は片付いたらしいな。)


「何だ、あいつ居眠りでもしてるんじゃ───」


瞬間、余裕をぶっこいて無駄口を叩いた襲撃者の首が飛ぶ。


「ノルっ!攻撃か」


今度は隣に居た襲撃者の頭部が音もなく消滅し、首から下が地面に倒れ伏す。


『自己証明を解除しなさ』


向こうに居る狙撃手に命令をしようとした襲撃者も腹に風穴を開けられ、血液を大量にまき散らしながら絶命した。


「ふ・・・ふざけるな・・・!」


グレイアに拘束されている襲撃者は怒りと屈辱で震え、遂には涙を流す。

しかしそこで、彼は今のグレイアが非常に無防備であることに気が付いた。


『今だ!撃ちぬけ!』

『了解、リーダー』


それが罠であることにも気が付かず、命令のままに魔法弾を放った狙撃手の末路は、非常にあっさりとしたものだった。


『め』


たったの一音を最後に、狙撃手からの通信は途切れる。

結果から見れば、狙撃手が魔力銃から放った弾丸は見事に命中した。


「ナイ?おい、命中したんじゃ・・・」


彼女が放った弾丸は見事に、彼女の後頭部に着弾したのだ。


「・・・・・くっ・・・そおおおあああああ!!!」


狙撃手の死体を目視した男は、突然叫びだした。堪忍袋の緒が切れたのだろう。

そして男はそのまま小規模の爆発魔法を使用し、グレイアもろとも自爆しようと試みた。


「よ・・・っと。」

(あらま、視界ゼロだ。)


しかし、どうやら本命は自爆とともに展開される煙幕だったようで、爆発から退避したグレイアを目掛けて男の重厚な大剣が迫りくる。


(しっかしまあ、こればっかりはお気の毒だな。)


だが、そんなピンチでも彼は頭をかきながら結界の準備をしている。

しかも、その結界の用途は防御ではない。


「くたばりやがれ───」


がら空きの脳天を粉砕してやると、そんな激しい殺意を持って繰り出された一撃でさえ、彼には届かなかった。

それどころか、男は固有武器ごと、まるでサイコロステーキのように細切れにされてしまう。


(こんな化け猫に襲われて、逃げることさえ敵わないんだから。)


そんなことを考えながら、グレイアは準備しておいた結界を展開して肉塊の雨を防ぐ。

憐みのような考えを持っていると思いきや、彼が肉塊の雨に向ける視線は冷ややかなもので、一ミリも憐れんでいないことは明らかだった。


「うえ・・・嫌な匂いがする。」


それどころか、彼の意識は辺りに充満する悪臭に移っていた。

例えるなら、何かが腐ったような・・・恐らくはサイコロになった男と、腹に風穴を開けられた襲撃者の内臓から出てきた匂いなのだろう。


「片付けは・・・っと。仕事が速いな。」


そして彼が目を離した一瞬の隙に消滅する死体。彼自身は何度も見てきた光景ではあるが、思わず口から言葉が出てしまう。


「ええまあ、わざわざ監視をつけていた甲斐がありましたが。」


突然、地面から文字通りにぬるっと出てきた猫耳とエルフ耳が共存している女性・・・ティアは、困ったような顔でグレイアに視線を向けている。


「へへ・・・ありがと。」

「「へへ・・・」じゃないんですよ。なんで自分で締めようとしないんですかあなたは。」

「少し甘えた。ティアが来てくれるってわかったら気ぃ抜けてな。」


ティアが出てきた途端、グレイアは急にへらへらとした態度に変わる。

表情は崩れ、なんというか男のくせにメスの顔というか。

明らかにデレデレしている。


「自分のことを愛してくれる人が助けに来てくれるってんなら、そりゃあ誰だって甘えるだろ?」

「ぐふっ・・・」


彼はその可愛らしさを孕んだ容姿で屈託のない笑顔を見せ、ティアの情緒をぶっ壊しにかかる。


「だが、確かに甘えてばかりじゃ良くないよな。次から気を付けるよ。」


ティアの趣味趣向に合わせているのか、それとも素でそれなのかはわからないが、彼はコロコロと台詞に合わせて表情を変えている。


「とにかく、今回は助かった。ありがとう。」

「ええ・・・今度はまた、ベッドの上まで行ける時間があればいいんですが。」


そうして言葉を続けた2人は5秒ほどのハグを交わす。


「では、また。」

「おう。」


あっさりとした挨拶の後、ティアは瞬間移動らしきものでどこかへ移動していった。


「・・・さてと。行こう、エル。」

「はい、ついていきます。」


少しだけ笑みを浮かべつつ、グレイアは結界から解放されたエルの手を引いて歩き出す。


「ところで、先程のティアさんはなぜここに来たのですか?」

「言ったろ、さっき。俺にはおっかないボディーガードがついてるって。」


戦いを終えた後だというのに、彼はどこか前より上機嫌になっているようだ。


(ご主人様は照れ隠しっぽくボディーガードだなんて呼んでいますが・・・恐らく、ああいう人のことを「正妻」と呼ぶのですかね。)


正妻どころか、ティアとグレイアはもっと重くドロドロとした関係であるということを彼女が知るのは、まだ先のことである。

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