33話

帝国最北端に位置する街、スラヴェル。

少し南に位置するノーザンとは違い、山岳に囲まれていないために雪が降りづらい地域だ。


「到着だ。」

「スラヴェル・・・奴隷と欲望の街ですね。」


到着するなり2人の目に飛び込んできたのは、先日まで滞在していたゴールデン・スプリングスとは正反対の閑散とした大通り。

人は数えられる程しかおらず、空気も心なしか淀んでいる気がしてしまう。


「思っていたより人が少ないようですが・・・」

「何かあったんだろうが、ともかく行くぞ。まずは冒険者ギルドだ。」

「・・・はい。」




・・・・・




場所は移り、ギルドのスラヴェル支部に着いた2人。

人がいないわりに豪華な装飾が施された入口を潜り抜けた先には、何やらご存じの顔ぶれが会話をしていた。


「予算が無いのは理解する。悪政を敷かれているという事実も確認している。」

「なら───」

「だからこそ、私はここに領主を引っ張ってこいと言っているの。」


特徴的な片方だけ欠けのある猫耳に、なぜか共存しているエルフ耳。

女性にしては高い身長と抜群のスタイルを見れば、例えその制服がなくとも彼は判断できただろう。


「・・・ティア。」


高圧的な態度で話している彼女を恐れているのか、グレイアはゆっくりと近づきながら、冒険者ギルドのマスター・・・もといティアに話しかける。


「なんですか、わざわざ名前を呼ばなくても後ろに立っていることくらい把握してますよ。」


案の定イライラしていたらしく、ティアは頭に青筋を立てながら返答した。


「予算が云々って聞こえたが、何か問題でもあったのか?」

「ここの支部の自己怠慢です。あなたが首を突っ込むほど深刻な状況ではないので、すっこんでいるように。」

「了解。仕事の邪魔して悪かったな。」

「・・・ああ因みに、レイナさんは奴隷市場に顔を出すそうですよ。」

「そうか、行ってくる。教えてくれてありがと。」

「どういたしまして。」


短い会話だったが、しかし、グレイアは今の会話だけで用を済ませてしまったらしい。

レイナ・・・とやらの居場所も、彼は質問していなかったはずなのに。


「ご主人様、今のは・・・」

「お前と同じだ。こいつの場合、対価が「能力を制御できない」ことだがな。」


支部を出て、ティアの言っていた場所に向かいながらグレイアは説明する。


「あいつがこの街に居ることは想定外だったが、これはいいな。」

「先程の会話といい、何かわかったんですか?」

「わかった・・・ってより、わかる余裕ができた感じだな。」

「・・・と言いますと?」

「今の俺には、おっかないボディーガードがついてる。」

「・・・・・はあ。なるほど?」


ボディーガードなんてつけるほどか弱い存在じゃないだろうと、彼の隣にいれば誰しもが考えることだろう。

ましてや、そのボディーガードの正体なんて追及しようともしない。


「まあ、ともかくだ。俺たちはこれから、この街の西に位置する奴隷市場に向かう。」

「・・・わかりました。」

「不快なら先にコブラと合流するが、どうだ?」

「いいえ、このまま行きます。」


もう自分は奴隷ではないのだからと、エルは心に言い聞かせる。

グレイアは彼女のトラウマを、その違和感から作られたものではないかと疑ってはいるが、少なからず深層心理には影響を及ぼしているようだ。


「よし・・・なら向かうか、奴隷市場。」


彼自身も乗り気ではない様子だが、その原因が奴隷市場なのか、そのレイナという人(?)のせいなのか・・・それはエルには判断しかねることだった。



・・・



そうして暫く歩き、到着したのは奴隷市場のど真ん中。

優秀だったり美麗だったり珍妙だったりする奴隷がオークションで取引される、悪趣味を圧縮して煮凝りにしたような場所である。


「・・・」


ここまで歩いてくる間にも、道端で壁に繋がれて瘦せこけたまま売られている奴隷を大量に見てきた。

そのため、エルはただいま絶句中。そしてグレイアも、決して居心地がよいとは思っていない。


(前に一度来たことはあるが・・・なんか昔より活気づいてないか?)


この場所は、世界唯一の奴隷市場であるが故に、世界中から富豪が集まり、奴隷を取引している。

そのため奴隷市場周辺の金回りは抜群で、悪趣味な商売が儲かってしまうという、なんとも皮肉な市場が形成されているのだ。


(治安が悪すぎる商売をすると、逆に治安が良くなるのは不思議なことだ。ここなら女性が一人で歩いていようと、襲おうと思う者はほぼ居ないだろう。)

そんなことを考えながら歩いていると、横から湧いてきた貴族っぽい男に話しかけられる。


「やあ、君が連れているのは奴隷かい?」


真偽は如何にしろ、他人の連れている女性を勝手に奴隷呼ばわりとは随分と失礼な輩だ。

しかも表情から垣間見るに、その発言が全くもって悪意無く発されているらしいのが、かなりの狂気を感じる。


「正規雇用の使用人だ。変な因縁を付けないでもらえるか?」

「・・・ああすまない。君の使用人が綺麗すぎて、特殊な趣味だと勘ぐってしまった。」

(まあ、こういう変な奴が居ることは他と変わらないんだが。)


たまに居るタイプの変人を受け流し、2人はオークション会場に入ろうとした。


『・・・待つんじゃ。お前まさか、奴隷なら不倫じゃないと思っておらんじゃろうな。』


そこで聞こえた女性の声。どうやらグレイアに対して言っているようだ。


「お前を探しに来たのに酷い言い草だな。近くに居るなら案内しろよ、レイナ。」


突然聞こえた声にも驚かず、彼は冷静に声を発する。

エルからしてみれば、なんかもう不思議な力で未来がわかっているのかと勘違いしてしまいそうになるほどにグレイアは冷静すぎる。


『魔力の痕跡を残した。それを辿ってくるとよい。』

「・・・了解だ。」


(なんだか妙な口調の人・・・)


だが、妙な口調でも案内の仕方としては正解である。

知り合い・・・それも頻繁に戦うような相手でない限り、人の魔力の特徴なんて覚えていない。

わざわざ痕跡を残すのだから、多少うろ覚えでも構わない点も便利なところだろう。


「ご主人様、その・・・レイナさん?というのは、どんな方なのでしょうか?」

「・・・端的に表すなら未亡人ってとこか。」

(他人のこと言えないくらいご主人様も酷い言い草な気がします・・・)


先程の場所から大体20メートルほど歩いた先にある路地裏まで来たところで、彼の辿っていた魔力の痕跡が途絶えた。

ということは、レイナがこの周辺で待っているということである。


「隠れてないで出て来い、紅玉狐こうぎょくこさんよ。」


路地裏の真ん中に立ったグレイアは俯き、小声でそう呟く。まるで何かの合図を出しているように。


「相変わらずじゃの、黒銀。前に会ったのはいつだったか・・・」


桜の花びらとともに現れた、高身長で紅色の髪の毛を引っさげた美しい顔の女性。

彼女こそ、グレイアが探していた「レイナ」という人物であり、先日Bランクに昇格したアイリス達を推薦した紅玉狐こうぎょくこというのが彼女である。


「1年と半年前だ。」

「それで?今回は私になんの用じゃ?」

「いつも通り。あいつの遺言を守りに来ただけだ。」

「律儀じゃのう・・・だが、どうせ別に用事もあるのじゃろ?」

「ああ。もしかしたら、お前が探しているようなブツ奴隷も手に入るかもしれない。」


多少の修飾はしつつも、グレイアはレイナの問答に淡々と回答していく。

しかし、何やら彼の表情は優れない様子だ。まるでエルと出会った頃、悪夢を見て飛び起きたあの朝のように。


「だが、期待はするなよ。日本人顔の奴隷なんてそうそう居ないんだ。」

「そんなことはわかっとる。だからこうして、時折ここに来ておるのじゃろうが。」

「・・・あてずっぽうで言ったが、どうにも正解だったらしいな。」

「せめて似ているだけでよい。お前が探すのに難航していると言うから、私は玩具で満足しようとしているだけなのじゃからな。」


会話の中で「玩具」と彼女が発した瞬間、エルの顔が曇り、グレイアの腕をぎゅっと掴む。


「ふふっ・・・やはりそうじゃったか。」


エルの反応を見たレイナは特徴的な狐耳をぴこぴこと震わせ、嘲笑しているかのように口を隠す。


「奴隷じゃな、その女子は。それも元奴隷・・・・・まさかお前、管理者として能力を使うたか?」

「ご名答。その観察眼も相変わらずで何よりだ。」

「ふむ。容姿端麗、肉付きの成長性も十分。惜しむらくはこやつグレイアに拾われたことじゃがな。」


今のエルはグレイアが見繕ったメイド服であり、露出度は低い。

それでも彼女には何かがわかるようで、エルに視線を向けたままでころころと笑っている。


「・・・雑談もいいが、今は場所を変えよう。情報交換のためにも、ここじゃ耳が多すぎる。」

「そうじゃな。ちょうどよい、私も良い場所を見つけたところじゃ。」


するとレイナはくるりと回れ右をし、ついて来いと言わんばかりに歩き出す。


「行くぞ、エル。」

「はい。」


今のところ、ただの怪しげで妖艶なおねえさんであるレイナの後ろを、2人はゆっくりとついて行くのだった。

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