32話
場面は戻り、場所はゴールデン・スプリングスの馬車駅。
時刻はそろそろ朝7時。
身支度を整えたグレイア&エルと、父親に首根っこを掴まれているリシル。なんとも珍妙な光景だが、その実情は馬の合う男同士の普通(?)の会話である。
「久しぶりだな、グレイア・ベイセル。俺の娘の面倒を見てくれて助かるよ。」
「どういたしまして・・・とは言っても、俺は別に何もしてないんだけど。強いて言うなら、ちょっとばかし傷を治してやったくらい?大層なことはべつに。」
「であれば、尚更感謝をしなければならんな。キズモノになっては迂闊に嫁に出せないうえ・・・回復魔法で完璧に傷を消すことができる人材などそうは居ない。本当、君と知り合いでよかった。」
傷ができる原因にハマらせたのは自分なのだが・・・なんて、グレイアは考えつつ会話を続ける。
「ならもうひとつ、レイク家の当主にはよろしく伝えておくとだけ言っとく。あそこの息子には未だ恋人もいないようだし、そちらのお嬢のお気に召すなら・・・好条件で縁談を仕掛けるチャンスはあるはず。」
「抜かりないな。君は相当、俺の娘を気にかけているらしい・・・・・ではひとつ、リシルを嫁に貰ってくれたりせんか?」
「それは厳しいだろ。仮にそうしたら、他の貴族の連中が騒ぎ出すのは目に見えてる。」
そうして笑いながら話す2人の傍には、それぞれ1人ずつの少女がいた。
かたや話の内容を必死に理解しようとし、かたや先日の後悔やら今から待ち受ける説教への絶望やらでフリーズしている。
そんな面白みのない状況も、遠くから鳴り響いた鐘の音で終わりを迎えた。
「・・・出発の鐘だ。」
「ああ、話はここまでのようだな。」
その鐘の正体は馬車の出発の合図。これから、この商業都市はあまたの馬車を受け入れては送り出すのだ。
「またいつ会うかわかんないけど、ともかくまた会おうぜ。機会はいつでもあるはずだから。」
「勿論。俺も、リシルも、君とまた会うことを楽しみにしているぞ。」
そして2人は拳を合わせ、グレイアとエルのふたりは捕まえていた馬車に乗るために人混みの中へ消えていく。
「のう、リシル。」
「・・・なに。」
そして残った親子2人。
沈黙に耐え兼ねた父が、先に話を切り出す。
「あの言い方では、少なくとも脈ナシではないようだな。希望はあるぞ。」
「・・・そう。」
親に恋愛のアレコレを言われたくないのは、思春期の子供であれば誰だってそうだ。
無論、リシルも父親からの無駄なアドバイスには、機嫌の悪さを隠しきれていないらしい。
─────
「───・・・〜~♪・・・〜〜〜〜♪」
揺れる馬車の中、グレイアはご機嫌に鼻歌を歌いながら、エルに隠されているであろう謎を解いていた。
(相変わらずよく眠るやっちゃな。まったく、人格と精神を矯正しているとはいえ、元奴隷とは思えない図太さしてるよホントに。)
この文字を読んでいる貴方々も、この物語を読んでいて疑問に思ったことがないだろうか。
───なぜ、心的外傷を抱えているはずの元奴隷が、グレイアの一挙手一投足に過剰な反応を示していなかったのか。
この世界も我々の過ごす世界と同様、奴隷は「道具」と同等の意味合いを持つ。
彼女も思考内の独り言で話していただろう。「飯に混ぜ物をされたり、性的暴行が日常的にされていた」と。
(それに対して、エルは矯正をする前から俺の行動に対して過剰な反応は示さなかった。)
主という存在に非人道的な扱いをされ、道具として扱われていたのだとすれば、普通なら彼の行動で多少なりとも過剰な反応や特定の言動に対しての拒否反応を示していても違和感はない。
否、示すはずなのだ。Nが報告した通り「心的外傷」を持っているのなら。
(あの時のNがもし、多少のトラウマがある・・・だとか、その程度の診断をしていたのなら、俺もここまで違和感を抱くことはなかったはずだ。)
彼の言う通り、Nが「多少のトラウマがある」という診断をしたのであれば、グレイア・・・彼女にとっての主に、簡単に懐いてしまったことも「神経が図太かったから」で説明がついてしまう。
(Nはこの世界の情報ライブラリにアクセスできるAI。その膨大な情報と実例から総合して弾き出した結果が間違っているってことは考えにくい。)
そして、あの襲撃。わざわざ新しい主のもとで生活しているエルを殺そうとした意味。
(普通、奴隷ひとりを殺したいのであれば、商人のもとにいる間に殺せばそれで済むはず。それに、今回の襲撃の主犯は1つ前の所有者となっている。)
意味がわからない。
そのため、彼はあの場で襲撃の主犯を「悪趣味な野郎」と表現していた。
正確にはあの場で主犯を知っていたわけではないのだが、どちらにせよ、そう表現するしかできない「動機が不明な襲撃」となっているわけだ。
(これで領主の動機が「趣味」じゃなかったなら、本当に謎か謎を呼ぶ状況になってしまうわけだが。)
「・・・おもしろ。」
このモヤモヤこそ推理の楽しみ・・・・・と、彼はそう独白する。
まだ完結していない推理小説を読んでいるような、考察の場に自分が絡んでいることを感じれる喜び。
(ともかく、向こうに着いて事が終われば真実がわかる。それまでは大人しく待つとするか。)
考え事に満足したグレイアはメモ用の魔法を閉じ、腕を組んだまま目を瞑った。
馬車はあと半日は走るし、エルも寝ている状態だ。
微かな風を感じながら、彼はぐっすりと眠るはずだった。
「・・・!」
彼は危険を察知し、閉じていた瞳を開く。
この物語を読んでいる方々ならわかるだろう。
ファンタジーで主人公たちが馬車で移動している際、一番遭遇しやすいトラブルといえば・・・
「あんちゃん、盗賊が現れたよ。ここらは治安が悪いと聞いてはいたが・・・ここまでとは。」
そう、盗賊である。
「穏便に済ませるか・・・それとも、この馬車備え付けの防護魔法を使って突破するか。その選択は、あんちゃん達に託すよ。」
行者は震えた声でそう告げる。
盗賊に襲われたのなんて初めてだろうに、震えながらも平静を装っている。
「少し待機を。できれば防護魔法も張っててほしいですね。」
「・・・無理はしないように頼むよ。」
グレイアは瞬時に戦闘態勢に入り、周辺を探知魔法でスキャンして生命反応を探る。
その結果、馬車の前方50メートル付近に10人の武装した不審者がいることがわかった。
(周りに依頼が出るような村はない。大方、調子に乗った半グレのBランク冒険者達ってとこか。)
盗賊であるかの真偽は疑わず、彼は瞬間移動で馬車の幌の上に移動する。
「千変万化───バトン」
殺してしまわぬよう、彼は刃物ではなく鈍器を取り出す。
その間に盗賊達も彼に気づいたようで、持っている弓を馬車の方向に向けていた。
「放てーッ!」
大方、軍人気取りか何かだろう。
リーダーらしき人物が大声でそう命令すると、他9人は一斉に矢を放った。
連携力は確かに高いが、たかが9本の矢でどうにかできるほど、防護魔法は柔くない。
「・・・ド素人だな。」
防護魔法が3本ほどの矢を弾いた様を見て、グレイアは呆れたように呟いた。
同時に、攻撃してきたのだから反撃しても問題は無いだろう・・・ということで、彼は反撃の構えをとる。
(殺さないようにしなきゃな。)
心に強く命じつつ、グレイアはその場から飛び上がる。
そして空中に展開した結界を全力で蹴り、盗賊が集まっている場所に一直線で落下していく。
「おい、馬車の上にいたやつはどこに───」
無駄に団結力の高い盗賊達は、散開して対象を探すというわけでもなく、わざわざその場で探知魔法を使い始めた。
そこへ、凄まじい速度で落下してきたグレイアがやってくる。
「があっ!」
「うわーッ!」
「ひいィ!」
各々が特徴的な悲鳴を上げ、彼が着地と同時に発動するように仕掛けた衝撃波で吹っ飛ばされていく。
「ぐおっ・・・ごほっ・・・」
そのなかで、先程はリーダーらしき役割をしていた男の首を掴み、グレイアは右手に魔法を準備する。
「「音響爆弾」」
「待っ・・・待った───」
殺し合いに待ったはない。
哀れ、大柄だからか知らないが中途半端に調子に乗った阿呆な男は、口の中に響いた特大の爆音によって意識を失った。
「ひいっ!」
「リーダー!」
どしゃり・・・と、力無く倒れ伏す男を確認した盗賊達は、恐怖からか悲鳴を上げて後ずさる。
(これじゃ、俺が悪者みたいだな・・・)
彼にとっては自己証明なりなんなりで抵抗してほしかったところなのだが、現実はそう上手くは行かないらしい。
なんとなく微妙な気分になったグレイアは、盗賊を放置したままでそこを通ることにした。
・・・・・
「凄まじい音がしたが、君は大丈夫かい?」
「ええ、俺は大丈夫ですよ。」
馬車に戻ってきたグレイアは、爆音対策であらかじめ潰しておいた鼓膜を再生させながら行者と会話していた。
幌から身を乗り出し、馬車が走る音に会話が遮られないように配慮しながら。
「驚いたねぇ。まさか、お客のあんちゃんが無傷で盗賊をひねっちまうなんて。」
行者をしているお姉さんは心底驚いた・・・と言いたげだが、グレイアからみれば、彼女はどうにも楽しんでいるようにしか見えなかった。
「あんちゃん、まさか有名な冒険者だったりしないかい?」
「黒銀・・・と言えば、少なくとも冒険者マニアは何かを察しますよ。」
商業都市から出発した馬車に乗る客など、基本的に話題性には事欠かない。
とくに、戦闘が大好きな冒険者達に関しては、とにかく実力を誇示して有名になろうと努力している下位ランカー達がいるためか、わざわざ名乗らない冒険者など注目しないわけがない。
(黒銀・・・!?まさか、アタシの所にそんな大物が乗ってくるだなんて!)
まあ勿論、思考の中はこうなる。
「だから無傷ってわけかい。納得だよ。」
「仮にもSランクですからね。あの程度で傷を負ってしまっては、ティアに怒られてしまいますから。」
「ギルドマスターを呼び捨てとは・・・ホント、常識の外に居るってカンジだ。」
驚きを隠せない行者のおねえさん。
民間人が相手とはいえ、こうして敬語を使う冒険者というのも珍しいため、話題を求める接客業から見たグレイアは本当にネタの宝庫なのだ。
(常識の外・・・ね。久しぶりだな、これだけおだてられるのは。)
そんなことを考えながら、彼は行者との雑談を続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます