31話
水の月/21日/22:54
スラヴェル領・領主邸宅近辺
Vanguard-PMC
タスクフォース004 コブラ小隊
Cobra1-4「ベラドンナ・バーナード」
─────
「サイドアーム、
「こちらも問題はない。準備完了だ。」
スラヴェル領、とある建物の最上階。
俺たちVanguard-PMC所属のコブラ小隊は、迫る作戦開始時刻に備えての準備を完了させ、持ち場に待機していた。
『こちらはAlpha指揮官。そろそろ作戦時間となるため、作戦実行部隊は持ち場に待機せよ。』
この通信の主はシャルロット・ティガー。
うちの組織のなかで、ボスの部隊という例外を除けば一番優秀な部隊の隊長。そして、ボスが一番気に入っている戦闘員でもある。
今回は俺の所属している部隊の隊長が妹の結婚だかで不在なため、彼女が遠隔で作戦の指揮を取っているのだ。
「なあ1-4、ほんとに4人で大丈夫なのか?」
「・・・人数に関しては問題ないだろ。最悪、罠だったとしても生きては帰れる。」
この作戦はボスがやろうとしていることの下準備だと言える。
俺たちがすべきことは、このスラヴェル領主邸にて領主の情報を収集すること。そして、この作戦ではこれを誰にも感知されないよう遂行する必要がある。
「気に留めておくべきは、いつも通り防犯設備だ。今回は想像以上に防護性能が薄いらしいから、気づきにくい罠が張ってある可能性も考えておく必要がある。」
「そうか、なら───」
『Alpha指揮官より各員へ。作戦開始時刻まで残り30。』
俺たちの雑談を遮るように、指揮官からの通信が入る。
「話を遮られたな。」
「・・・まあ、集中しろってことだろ。」
1-3はそう言うと、不満げに口を尖らせた。
どう考えても作戦前に雑談していた俺たちが悪いのだが、それは余計だな。
『5、4、3、2、1、作戦開始。実行部隊各位は隠蔽魔法を使用し、行動を開始せよ。』
カウントダウンが終わり、俺たちはシャルロットの指示通りに行動を始めた。
これから俺と1-3の2人はブリーフィングで示し合わせた通り、領主邸の屋根裏の通気孔から内部に侵入する。
「1-3、行くぞ。」
「了解だ。追従する。」
俺たちは隠蔽魔法で自身の魔力痕跡と生命反応を消し、夜の領主邸へと身を飛び出した。
領主邸は向かいの建物の最上階から飛び込めば余裕で庭に着地できる程度の柵の高さで、この時点でもう警備の薄さが垣間見えている。
そして、辺りに警備がいないことを確認すると、俺は左肩に下げてあるPTTのボタンを押して通信を送ろうと試みた。
『1-4は侵入した。侵入地点周辺はクリア。』
『2-2より、こちらもクリアだ。』
もう片方のチームとも通信を交わし、状況を共有する。
着地地点は通路脇の林の中だが、飛び込む際に確認した限りではこの場所に警備の兵士は8人ほどしか配置されていない。
一応、最低限の暗殺者対策として二人一組になっているが、ぶっちゃけ無駄だ。
「・・・」
俺は最大限警戒しながら足を進めていく。
普段なら警備を無力化しながら進めていくのも手なのだが、今回ばかりは痕跡を残す訳にもいかない。
目指すは完全遂行。これ自体はボスの望むことであり、そのためなら、普段の姿勢を崩すことは厭わない。
「登るぞ。フックをかけろ。」
うちの組織が開発した、隠密行動向けの魔道具。
それは通称「フック」と呼ばれており、専用のポーチから取り出した鉄塊を上がりたい場所の縁に引っ掛けるとロープか出現する。
もちろん回収は可能で、専用の魔法を付与すれば再利用も可能な代物だ。
「俺が警戒しておく。1-4、お前はそのまま上がれ。」
「了解。」
1-3の言葉の通り、俺はフックから出現したロープを使って屋根まで上がっていく。
普通にバレるから身体強化を使うわけにもいかず、音でもバレるので慎重に。
「・・・よし。」
屋根に到達した俺は、下にいる1-3にハンドサインを送って上に上がってくるよう伝える。
「・・・」
そして1-3が上がってきたのを確認した俺は、フックを取り外して背中側のポーチに入れた。
「・・・裏側だったな。」
そう呟きつつ、目的の通気口がある裏手まで移動していく。
すると、先んじて1階から侵入したであろうチームからの連絡が入った。
『こちら2-1。裏口からの侵入に成功した。今のところ罠は無し。』
『了解だ2-1。引き続き行動を続けろ。』
べつに速さで勝敗を競っているわけではないので、こちらはこちらで確実に行動させてもらおう。
それに、向こうに比べて俺たちが目標としている物はそれなりに重要な物だ。焦燥に駆られて情報が抜けてしまっては元も子もない。
「・・・」
しばらくして、俺と1-3は目標地点の上までたどり着いた。
下では警備が裏口を巡回しており、上を見れば目につく位置であるため、侵入には多少のリスクを犯す必要があるが・・・そのための隠蔽魔法だ。これが暗殺なら警備を気絶させるなりする必要があるだろうが、今回はただの情報収集。違和感を抱かれたところで問題はない。
「っ・・・と。」
通気孔から体をぬるりと通し、俺たちは屋根裏への侵入に成功した。
『1-4、1-3ともに侵入成功。作戦を続行する。』
『把握した。続けろ。』
屋根裏はかなり広いが、かなり閑散としており、荷物が大量に置かれていた形跡もある。
そのなかで、一箇所に集められた非道の痕跡。
「・・・」
これはもう、さすが・・・としか言いようがなかった。
ボスの予想通り、ここの領主は奴隷を痛めつけるのが趣味なのだろう。
「・・・酷いな」
壁に繋がれ、趣味の果てにそのまま事切れたであろう少女の手をとった1-3は、胸糞悪そうに呟いた。
腐った匂いがしないところを見るに、この少女は今日死んだのだろう。俺たちの来たタイミングが悪かった。
「・・・」
そして、俺はこの状況を見て言葉が出なかった。
例えるなら「家庭用お手軽奴隷拷問セット」とでも表現すればよいだろうか。
散乱する革製の道具、カビの生えた物体、白濁液が付着した犬用の皿。
「・・・ボスがこれを見たらどうなるか。」
先程の荷物の痕跡と関連付けても、領主は俺たちやボスが予想したようなことをしているのだろう。
・・・その予想を確実なものとするためにも、こんな見え透いたものに足止めされるわけには行かない。
(行くぞ)
俺は1-3の肩を叩き、早く行くぞとハンドサインを出す。
「・・・」
もともと1-3が正義感の強い性格だということは知っていたが、それを差し引いてもアレは酷い。
彼の言う通り、奴隷の少女の成れ果てをボスが見たらと思うと・・・俺はぶっちゃけ、
(ここだな)
俺たちの疑いをさらに助長する要素。
天井点検口という体で設置した穴なのだろうが、これが領主の執務室にあるのは確信犯以外の何物でもない。
梯子などなくとも、多少の身体強化魔法を使用すれば上がってくることなど容易なのだから。
『・・・クリア。1-3、穴から見張りを。』
『了解。』
見張りをしろ・・・とは言ったものの、目的の情報は降りてすぐ目に入った。
「お気に入り・・・ね。」
俺たちの目的、それは領主の予定表。
趣味や外泊、それと業務の予定がマスごとに書いてあるデカい紙。ボスが経営してる孤児院にある予定表もこの方式だったか。
それと、なんだか外泊のところには一丁前に「お気に入りの奴隷」だかなんだか書いてあるが、そんなものはどうでもいい。
「・・・言葉も出ねぇな。」
独り言を呟きながら、俺は懐から出した記録用の魔道具で予定表をコピーする。
今回はだいぶ運が良かった。酷い時は3分探してもなかった挙句、実は別の部屋に・・・なんてこともあった。
秒で見つかったのは幸運中の幸運だろう。
「よっ・・・」
俺はまたフックを使って屋根裏に上がって1-3と合流すると、この場から立ち去るために移動を始めた。
「場所は?」
「書いてあった。あとは領主の行動履歴と、民間人の証言を照らし合わせるだけだ。」
「オーケー。把握した。」
そして俺は情報の確保を伝えるため、PTTに手をかけて通信を送る。
『1-4は情報の確保に成功した。これより帰投する。』
『把握した。くれぐれも見つからないように。』
『了解。』
あとは脱出して帰るだけ。
・・・とは言っても、帰るだけでも油断はならない。
もう片方のチームはすでに離脱しているだろうし、あとは俺たちが焦らず脱出すれば仕事は終わる。
「外は。」
「・・・居眠りとはいいご身分らしい。」
「油断はするなよ。自己証明によっては位置がバレかねない。」
現に、俺たちは1度それでやらかしたことがある。
眠っている時だけ感覚が鋭くなる・・・みたいな自己証明を持った警備に位置を把握され、泣く泣く殲滅を余儀なくされたことがあるのだ。
「・・・っと。」
その件はボスに油断するなと叱られ、作戦は一応成功したものの・・・その後はまあ、装備無しで1ヶ月ほどダンジョンの最奥にぶち込まれた。
「オーケー。なら手筈通りに6時の方角から離脱するぞ。」
俺たちは再び屋根の上に上がり、今度は屋敷を正面から見た時の右側から離脱しようと目標地点に向かう。
「っし・・・飛ぶぞ。」
屋根の縁に立ち、ギリギリで柵を飛び越えられるようにジャンプする。
普段から身体強化を使わずに生活しろ・・・というボスの命令が、こういう時には役に立つ。
「いっ・・・てぇ・・・」
そういえば、昔どこかで「着地する時は転がれば痛くない」みたいな文言を見たことがあるが、めっちゃ痛いじゃないか。ふざけるなよ。
「っと・・・ベラ、大丈夫か?」
「いでぇ・・・」
自己証明のおかげでスッと着地できた1-3に心配されながら、俺は真夜中の歩道でのたうち回る。
『はあ・・・Alpha指揮官へ、こちら1-3。作戦区域
からの脱出に成功。これより帰投する。』
ため息をつきつつ通信を送る1-3・・・もといマルコに冷たい目線を送られつつ、俺は自分の脚に回復魔法をかけた。
「行こうぜベラ。あのカタブツに作戦報告をしなきゃならない。」
「・・・わかった」
俺はすっと立ち上がり、綺麗な足取りで歩くマルコの後ろを歩いていった。
・・・
「───以上が、今回の調査の成果。いまさっき民間人の証言と照らし合わせたけど、予定を変更したであろう日時を除けば全てが合致していた。」
「・・・で、件のやつは。」
作戦が終わり、俺とシャルロットはふたりでテーブルを挟み、コーヒーをすすりながら会話していた。
「決論から言えば、ボスの予想はすべて当たっていたと言える。」
「ダーツは大当たり・・・か。ノリスにはどう伝える?今回の件の連絡担当はあいつだろ。」
「そのままで構わないわ。彼がどういう伝え方をしようと、あの鈍感と対極にいる存在は全てを理解するんだから。」
違いない・・・と笑いながら、俺はカップに残ったコーヒーをすべて飲みきる。
「それじゃ、私はここらで失礼するわ。」
すると、いきなりシャルロットが立ち上がって食器を片付け始めた。
「ああ、ナンバー2も大変だな。デスクワークばかりで鈍ったりしないのか?」
「少なくとも、毒の研究しか脳がない連中よりはマシ・・・としか。今は人手不足な時期なのよ。」
なんかジャブをストレートで返された気がする。
とにかく、彼女はとにかく忙しいのでこのままヘリでノーザンに帰るらしい。
「んじゃ、ノリスにはそう伝えといてくれ。」
「それならあなた達も、油断して目標に悟られないように。」
「ああ、了解だ。」
俺は後ろ手で彼女を見送り、そのまま仮眠をとるために目を閉じた。
おそらくボスがここに来るのは1週間ほど先だろう。
「・・・それまでかなり暇だし、観光でもするかな。」
そう呟きながら、俺は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます