7.ラブコメディー
――「よっす! 太郎にゃん!」
水色の浴衣を着たギャル子が走ってくる。ネイルもネックレスも水色にまとめ、まるで水の妖精のようであった。俺は作者との決戦地、夏祭りに来ていた。
「なにそのクマ、太郎にゃんそんなに楽しみだったんだ。遠足前の小学生かよ。」
ギャル子が冗談めかしに笑う。もちろん、夜更かししたのは楽しみ過ぎたからではない。ラブコメ対策として、ラブコメ小説を徹夜で読み漁ってきていたのだ。
「ふははははは、どんなラブコメでもかかってこい!」
「太郎にゃんちょっときもい……嬢子ちゃん達ちょっと遅れるみたいだから先行っててだって。」
ギャル子は引き気味ではあるが、楽しげに俺の手を引っ張っていく。
「いてっ。」
グイグイ手を引っ張っていたギャル子の足が止まる。
「初めて下駄履いたから靴擦れしちゃったみたい……どうしよう太郎にゃん。」
ラブコメの王道、靴擦れする下駄。もちろん俺は予習済みである。
「ギャル子ほら乗って。」
「た、太郎にゃん?」
ギャル子はキラキラした乙女の瞳で俺を見つめる。
「よいしょ。」
「た、太郎にゃん!?」
ギャル子は驚いて唖然としていた。それもそのはずである。俺はギャル子を肩車しているのだ。どうだ、作者よ。
「太郎にゃん、もっと前!」
「は、はい。」
条件反射で俺は前に進む。
「取れた!」
そういうギャル子の手にはキャラクターの風船が握られていた。どうやら子供が風船を木にひっかけてしまっていたようだった。
「ありがとう、お姉ちゃん。代わりに、お気に入りの絆創膏あげるね。」
そう言うと子供は嬉しそうに立ち去って行った。
「太郎にゃん、子供に優しいんだね。」
ギャル子は絆創膏を貼りながら、嬉しそうにしていた。どうやら好感度が上がってしまったようだ。まだ、戦いは始まったばかりだ。焦ることは無い。俺は自分にそう言い聞かせる。
「御二方、こんばんわ。肩車なされてたのですぐ見つかりましたわ。」
紫の着物がさらに上品さを引き立たせ、まるで舞子さんのような嬢子さんが駆け寄ってきた。
「あっ、いけないですわ。」
嬢子さんの下駄の鼻緒が切れ、つまずく。コンマ数秒の出来事であった。
「大丈夫?」
転んだ嬢子さんをギャル子が抱きかかえる。
「あ、ありがとうございますわ。」
嬢子さんは顔を赤らめる。そんな女子同士のラブコメが起こっている中、俺は羊田さんを抱きかかえていた。つまずいた嬢子さんにつまずいて、羊田さんも転んでいたのだ。
『ぽっ』
羊田さんは顔を赤らめる。
「やめろ! その効果音!」
俺のツッコミは、祭りの騒音に呑まれる。
「わたくし、お父様から、株主招待席のチケットを貰いましたの。」
嬢子さんが嬉しそうにチケットを広げる。
「是非、参りましょう山田様。」
羊田さんに引っ張られるがまま、人混みの中を進んでゆく。
「ちょっ……」
ギャル子が羊田さんを止めようとしたが、嬢子さんがべったりくっついていて手が届かない。気がつくと人混みから離れた林の中に来ていた。
「羊田さん、止まってください! どうしてそんなに俺に執着するんですか。」
羊田さんはグイグイ進んでいた歩を止める。
「山田様はラブコメディーの主人公ですね。」
「えっ?」
驚きのあまり、思考が停止する。そんな俺をよそ目に羊田さんは話を続ける。
「私は悪役令嬢モノの小説の一登場人物です。もっと言えば私は悪役令嬢の、嬢子お嬢様の執事です。」
「一体、どういう……」
『グサッ』
お腹の当たりに痛みが走る。腹部は赤く染め上がり、温かさを感じる。
「あなたの存在は嬢子お嬢様を苦しめる。だから、悪く思わないでくださいね。2人きりになるのに手間取りましたよ……」
羊田さんの声が遠のき、寒さに包まれる。俺のラブコメディーの終焉を、特大の花火が告げていた。
――「先生、原稿ありがとうございます。高2から始まるラブコメディー、結構面白いんじゃないですかね。でも結構怖いですよね。」
「オチがちょっと怖いかもね。」
「オチもそうなんですけどこのストーリー自体が怖いなと思いまして。」
「ストーリー自体が?」
「はい。結局、太郎くんの一挙一動すべて先生が描いたもので、太郎くんの意思はないじゃないですか。先生に抗っているシーンでさえ先生の意思です。」
「うん。」
「これってある意味先生はこの小説世界でのラプラスの悪魔ってことじゃないですか。だとしたらですよ。私たちも自由意志で動いているようであって、実は誰かの創造の産物である可能性があるってことじゃないですか? だから私たちも小説の一登場人物にすぎないかもしれませんね。」
「ま、まさかね……」
高2から始まるラブコメディー!?〜ラブコメに抗った男の末路〜 ざるうどんs @unyanya22
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