毎日小説No.18  悩みゼロ社会

五月雨前線

1話完結


 かつて人類は、様々な悩みを抱えていたらしい。


 ある男は長年交際相手が見つからないことに悩み、ある女は自身の美しさについて思い悩み、国の首脳は他国との関係改善の方法について深く悩んでいたそうだ。


 何故「かつて」や「らしい」といった言葉を使うかというと、それは過去の常識だからだ。今から数百年前、宇宙人が地球に飛来した。そして地球の資源を分けてもらうかわりに、人間に『魔法』を操る力を授けたのだ。


 魔法。ありきたりな言葉かもしれないが、事実それは魔法としか表現出来なかった。「あの場所に行きたい」と思ったら瞬間移動してその場所に辿り着けるし、「あの料理が食べたい」と思った瞬間に目の前にその料理が出現するのだ。


「彼氏が欲しい」「彼女が欲しい」「億万長者になりたい」「サッカー選手になりたい」「豪邸に住みたい」「イケメンになりたい」「可愛くなりたい」


 何でもござれだ。あらゆる願いが何の問題もなく叶えられ、全人類は幸せを手にした。かくいう私もそう。不細工で何の取り柄もなかった私が、魔法によってナイスバディな美少女に生まれ変わった。高身長でイケメンな優しい彼氏もできた。これも全て魔法のお陰。魔法によって寿命を伸ばすことも老化を防ぐことも出来たから、この幸せが永遠に続く、って思ってとても嬉しかったよ。



 ……最初の200年はね。



 人間って、慣れる生き物なんだ。どんなに悪い環境にもいつか必ず慣れてしまうし、逆もまた然り。数百年間で思いつく限りのことは全てやってしまったから、その後はひどく退屈になってしまったんだ。


 全てが魔法で解決するから、自分達は何もする必要がないんだよ。何も問題ないように見えるじゃん? でもね、2000年くらい生きて、ようやく気付いたんだ。悩みやストレス、刺激が無い状態こそ、死よりも苦しいものなんだ、って。


 悩みが何も無い状態が、実は一番苦しいんじゃないかな。悩みがあるからこそ人はもがきながら成長出来るんだよね。まあ、今更気付いたところでどうにもならないけど。


 ……さあ、今日は何をしようかな。もう、何かをする気力が湧いてこないんだ。数百年放置した私の体は腐敗が進行してすごいことになってるけど、何も手を加えていない。魔法を使えばすぐに美少女に戻れるけど、その気力すら湧いてこないんだよ。もう、末期だね。


 私は今、死にたいと思ってる。猛烈にね。でも、死ねないんだ。完全無欠と思われた魔法だったけど、どうやら自他の命を断つことだけは出来ないみたい。悲しいね。寿命が延びることを何回も願ったからか、もう寿命で死ぬことも出来ないみたい。この苦しみが永遠に続くのかな。


 ああ、遥か昔に地球にやってきた宇宙人が憎いよ。彼らが人類に魔法を授けなければ、こんなに苦しむこともなかったのに。そういえばあの宇宙人、今どこで何をしてるんだろう。


 ……まあ、もう、どうでもいいや。


***

「こちらアルファ2149。地球に辿り着きました。これより第349回目の定期観測に移ります」


「よし、まずは生命体の様子を報告してくれ」


「殆どの人間の体は腐敗しており、中には白骨化しているものまでありますね。魔法を使えば簡単に肉体を修復出来るのに、どうして放置するんでしょうか?」


「全てが虚しくなったからだろう。悩みが無いことこそが苦しみの頂であることをようやく地球人は悟ったようだな。これで教授が提唱した悩みと生き方についての仮説の立証が出来そうだ」


「では、長らく続けていた定期観測も次で終了するということですね?」


「そうだ。いつも通りデータをとってから帰還してくれ。次回は小型のブラックホールを搭載したミサイルを持って行って、一瞬で地球を消滅させてやろう。我々も、永遠の苦しみに喘ぐ地球人を放置するほど鬼ではない」


「そのミサイルで、彼らはちゃんと成仏出来るでしょうか?」


「そこまでは知らんよ。死ねなかったらそれまでだ。そこまで責任は持てない」


 そして、その1年後に行われた最後の定期観測の後、地球にミサイルが撃ち込まれた。ブラックホールの影響で地球は一瞬で消滅してしまった。地球人が成仏できたのか、それとも宇宙のどこかで今も苦しんでいるのか、それは誰も知らない……。



                             完


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