迂闊なことをした話

 そういや久慈さあ、お前って一人暮らしだったよな。実家遠いの、つうか連休とか帰ったりしてた?


 こないだの連休、お天気散々だったろ。ばーっと晴れたりざばっと雨降ったり。出かける系の先輩はなんやかんや大変だったみたいよ。俺は医者行ってたけど。なんかさ、右目がわーって腫れちゃって。昔賞味期限過ぎた袋麺食べたときも同じ感じになって、あんときは角膜浮腫だったからまたそれかなって連休中の当番医? みたいなやつに行ってさ。視力検査も済ませてきた。左目だけちょっと悪い。あ、症状は普通にアレルギー。なんだろうね、弱ってんのかね。普段はそんなことないのに。

 俺はほら、地元進学だから別に里帰りも何もないよ。いえばここが里だよ。里だよこんな地方都市。猪出たんだぞ去年の秋。額縁屋の近くでさ、市役所員出張って大変だったって従兄にいちゃんが言ってた。

 一人暮らしっていうか、監視付きで離れ暮らしって感覚かな。最低月一で従兄来るしさ。監視ではあるし実際実家に報告されてんだけど、飯と酒奢ってくれるっていうから……そう、従兄って紹介してくれた人だけどさ。よく覚えてんねお前。だから俺のバイト先は別に疚しい仕事じゃないって言ってんのに。公務員のお墨付きですよ広義で言えば。

 そもそもね、サークルの先輩も知ってるとこなんだからさ。平高さん分かる? OBの。よく飲み会で顔出してくれる人。あの人金も出してくれるからいいよな。

 そんでその平高さんとさ、こないだ会ったんだよ。どこでってサークルの飲み会。お前たまには顔出しなさいよ。顔は繋いどいた方が便利なこと多いよ。


 平高さんとはまあ普通に世間話してて、その流れで今バイトやってるって言ったらあーあそこかそんで何してんのって聞かれたから、業務以外にも煙草もらって変な話を聞いてるってのを伝えたんだよね。そしたら、ちょっと考えてから俺のも頼んでいいかって煙草くれた。

 みんな意外と話したがりなのかね。自分のことって秘密にしたがるやつの方が多いと思ってたけど……お前なんかことにそうじゃん。こないだ初めての煙草の話したらめちゃくちゃ嫌な顔したろ。その辺の加減って人で差があるよな。俺はどうでもいい派だけど。


 で、貰った話があるわけだけど。話していい──毎度。最早お前の銘柄見ると安心するまであるね。結構みんな変わったやつくれるんだよ。平高さんのやつ、なんかこう、吸う漢方薬みたいな味がすんの。合法だよ。甜茶みたいなもんだよ。


 平高さんさ、地元の人なんだよね。だから大学のときも実家通いだったんだけど、そーいうの鬱陶しいって週末なんかは一人暮らしの友達んち入り浸ってたりしたんだって。一応食費は出してたっていってたけど、まあその辺はさ。友達だって洒落になんなかったら追い出してただろうし。

 そんなんだから、夏休みなんかはそれこそ出歩き放題よ。あの人結構アクティブっていうかさ、賑やかなのが好きな人じゃん。飲み会あるったら参加して、イベントやるったら顔出して、とにかく人がいるとこには出てくるでしょ。

 でさ、学生の夏休みなんか基本は暇のかたまりだろ? そりゃ真面目にやれば就活とか学業のあれこれ卒論やら課題やらで忙しいかもしれないけど、平高さんそういうタイプじゃないからね。精々やって就活くらいだろうけど、あの人普通に親戚んとこで世話になるって決めてたからそういうのもなかったんだって。親戚がね、工場長だから。何のって……印刷だったかな。工場長だってことしかちゃんと聞いてない。

 で、夏休み遊びまくってたわけよ。夜になったらなし崩しに飲み会やって人呼んで飲み歩いて終電逃したら一人暮らしの友達ん家に転がり込んでまた飲んで。そういう自堕落な生活。

 その二次会つうか、自宅飲みに移行した夜ね。そんときはこう、微妙な人数でさ。いつもの家主と平高さんとOBと、先日二十歳になりましたってんで飲み過ぎてよろよろになったから連れてきた二年の後輩。


「じゃあ肝試しとかいいと思いますよ俺! 夏だし!」


 いきなり寝てたやつが起き上がってこれだからね。とりあえず深夜の住宅で大声はまずいから宥めて、話を聞いた。声小さくしろってどつきながら。


 言い分はこうだったって。

 先輩方の話が聞こえて、何か退屈だとかどうせなら酒も買い足しに行きたいみたいなことを言ってる。

 そんなら近くの24時間スーパー行って、そこの近所の廃墟がいい感じに心霊スポットだって聞いたから試してみましょうよ、ってことだった。一石二鳥ですよって拍手して。

 平高さんたち、いるんだこういうこと言い出すやつ、って顔見合わせたって。まあね、俺もまだそういうやつ見たことない。ホラー映画とかドラマだとたまにあるよね、その場のノリで盛り上がってヤバめな場所に突っ込む話。アクティブだよなっていつも思ってる。


 で、結論から言うと行ったんだよね。スーパーで追加のつまみと酒買って、ついでに明日の朝用の食いもんとかも仕入れて。そこそこ大きくなった袋提げて、酔いが回ったのか眠そうな顔してる後輩に案内させてね。


 廃墟、骨組みだったって。

 正しく言うとあれなんだけど、こう……二階建ての一般住宅なんだけど、一階部分が壁も戸もすかーんって抜けちゃってて、二階も半分ぐらいしかちゃんとしてない。夜だっていうのを差し引いても何もかも真っ黒くて、道路沿いの街灯の光なんかちっとも届かない。庭の草が綺麗に始末されてるのが余計に嫌だったって、平高さん言ってた。

 当たり前だけど流石に入れないわけよ。二階も一階も。

 つうか入るも何も素通しだし、普通に危ないからね。死にかけの年寄りの腕みたいな柱がひょろひょろ突っ立ってるだけの建物なんて、まともに立ってるだけでも違う種類の怖さがあるからね。

 だから先輩方、普通にどうしようかって話になったと。もともとそんなに乗り気じゃなかったし、じゃあ探検は諦めてちょっとだけ撮影っていうか外側眺めるくらいでいいだろってことでね、折り合いがついたと。後輩はなんかだるいんでじっとしてますって玄関近くで煙草吸ってたって。言い出しといてなんだこいつって感じにはなったけど、先輩方も大人だから放っておいたって。後輩もね、少し前に成人したばっかりで浮かれてたんだろうなって平高さん言ってた。酒飲めるようになって煙草吸えるようになるからな、二十歳。嬉しかったんだろうな。

 そんでまあ、ぐるっと一周して面白くもない動画撮って、じゃあ帰るかってんで家帰って飲み直して潰れたやつから寝てってやってぐだぐだよ。


 次の日の朝だらだらっと全員解散して、おしまい。何があったかっていったら、何もなかった。

 でも、後輩は夏休み明けにも大学に戻ってこなかった。休学だか退学だかは知らないけど、先輩が在学しているうちは見なかったし連絡もつかなかった。


 祟りかご家庭の事情か一身上の都合か、どれか分かんないんだよね。聞くわけにもいかないし、聞いたところで明確な関係みたいなもんは分かんないし。

 ただね、この中だと祟りが一歩抜きんでるんだって。どの中ってあれよ原因レース。推測の中でだけどね。OBさんと友達が調べて分かんなかったけど、平高さんが親族に聞いたらそれっぽい話が出てきたって。地元の人間だからね、工場長。あと結構お年だし。五十過ぎぐらいなんだってさ工場長。


 でね、廃墟。建てたときから廃墟だったわけじゃないんだよね、当たり前だけど。元々は一般住宅だったんだって。じゃあそのおうちが廃墟になった原因があるわけじゃん?


 それがね、火事だったんだって。

 寝たばこだったか不始末だったかは知らないけど、盛大に火が出て、あんな具合になっちゃったと。まあ、恨んでたんじゃない? 誰がって言うかさ、場所が。いらんことしたせいで毎晩馬鹿が来るようになっちゃったんだから。


 ただこれね、誰も悪くないんだよね。いや、地雷踏んだ後輩が悪いにしてもさ、明確に悪気があって何やかんやをやったやつはいないって話。


 先輩方も知らなかったし、煙草吸ったのはそいつの判断だしね。吸えって誰かが強いたわけでもない。しいて言うなら屋外でいきなり煙草吸うのはよくないけど、携帯灰皿持ってなおかつ歩き煙草ってわけでもないからね。危ないだろって言われたらぐうの音もでない。正論だもん。ひょっとしたらそういう理屈かもしれないね、廃墟もさ。廃墟のせいとは限らないか。廃墟にいたなにかしら、もさ。


 そんで平高さんは普通に卒業して、工場長のとこに就職して、おしまい。あとは何にも起こってない。OBさんも相変わらず元気で、今度飲みに行くって話してた。OBさんもこっちで就職したからね。仲良くってよかったと思う。仲悪いよりかね、良い方が面倒ごと少なくって済むし。友達とか知り合いって多いとね、便利。


 平高さんが悔いてんのか、っていうのは……どうだろうね。そんな口調じゃなかったけどな。する義理もそこまでない、と俺は思うけど。俺に煙草渡してまで話したってのをどう取るかってのも、そんなに重要なことでもないだろ。後輩が妙なことやってるから、じゃあちょっとぐらい遊んどくかみたいなもんだろうし。

 どっちでも今の俺らにヤバいこと持ち込まないなら別にいいけどね、俺は。こないだの飲み代も結構出してくれたし。今回だって煙草くれたし。そんなもんでない?

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