繋げてしまった話
煙草吸い出したきっかけって、お前覚えてるか?
いや、別にただの雑談。この間会社の人とそういう感じの話しててさ、そういや俺何きっかけでこんなんなったっけなって考えたんだよね。俺んとこは両親ともに吸わないから、喫煙が身近だったってわけでもなくって、じゃあ何でだろうなって感じだったんだけど。お前はどうよ──え、そんな顔する内容かこれ。プライバシーったって、そういう代物じゃなくない? いや、やだって言うなら無理には聞かないけどさ。意外と繊細な反応すんのね、お前。
うん、俺は普通にあれよ、従兄に教わった。親に聞かない類のことは大体教えてくれたからね。年の近い親戚ってそんな感じのポジションだろ──だからさ、そういう顔するのは何でなのよ。俺がなんか疚しい話したみたいだろ。つられて妙な感じになるからやめろよ。
今日用意してきた話さあ、今の反応見る限りお前基準だとちょっとアウトかもしんないんだけど、どうする──あそう。それはいいんだ。
じゃあ貰うけどさ話代。お前のそういうとこ、俺よく分かんないな……はい、じゃあ一本くれよ。始めるからさ。
その日ね、俺だけ暇だったんだよね。
そんで午後の三時になって、休憩時間だってチャイムが鳴るわけよ。いつもなら喫煙所行くんだけど、俺一人だからそういうわけにもいかなくて……何でですかって電話来たら困るだろ。電話番ぐらいはできないと。バイトだけど。回答はできなくとも留守電ぐらいには役に立つべきじゃん。
まあそんなこと言ってもね、やる気ないからぐだぐだしてた。居眠りしようかどうか迷ってたら玄関開いて、先輩が来た。
先輩ね、
その先輩帰ってくるなり事務所中ぐるっと見てから最後に俺の方向いて、
「バイト一人きりで置いとくってどうなってんだろうなこの会社」
いきなり正論言ってから、俺の机の上にぽんって物放ってね。見たら煙草のパッケージが一箱。何だろう金貸せって言われたりすんのかなって見てた。
そしたら先輩にっと笑って、
「知り合いからの貰いもん。俺それ吸わないからやる」
ついでに話も貰ったから一緒に持ってけってね。じゃあそっちが本命じゃないかって気はした。言わなかったけど。
知り合い、三島さんっていうんだって。仕事じゃなくって、先輩の個人的な……なんかこれあれだな、友達の友達みたいな遠さがある。まあそういう人がいるんだよってだけ分かっといてくれ。とりあえず当事者が俺でも先輩でもないってことだけが大事だから。又聞きの又聞きだよね。
三島さん、年の離れた弟さんがいるんだけど、その人がこの間二十になったんだって。大学二年生。お前の一つ下だね。
そんで何か祝ってやるけど欲しいもんあるかって聞いたら、煙草の吸い方教えてくれって返ってきた。まあ成人だし吸いたいってんなら本人の自由だしなって、ちょっといい値段のライターと幾つか煙草揃えて贈ってやった。吸い方もちゃんと日の付け方から細々教えたって。最初は噎せたりしてたけど、誰だって慣れるからね。弟さん、ちょっとしたら普通に吸えるようになった。
そこから連休とかでたまに実家に顔出したときなんかに、二人で夜中に台所で近況報告しながら吸ったりしてたって。ライターは三島さんが贈ったやつじゃなくて百均のやつ使うようになってて、なんでだって聞いたら勿体ないからお守りにしてるって。そういう感覚分かるけどね。いいもんって普段使いし難いじゃん。貰い物だったりすると尚更。
そんで、四月の頭くらいの頃。三島さん、仕事も年度始めでばたばたしてて家帰んのが遅くなった日で、どうにか帰り着いてからもうレトルトカレーでいいかって諦めて、台所でお湯沸かしがてら煙草吸ってた。
口ん中にぶわっと鉄錆びの味がして、派手に噎せ込んだって。
咄嗟に煙草をシンクに捨てて、水ざばざば流してね。なんだ今のってどきどきしてたら、スマホが鳴って。着信が実家からだった。
弟が自転車ですっ転んで、そこそこの怪我をしたって話だった。
死んではないけど、そこそこに重傷みたいな具合でね。何針か縫ったんだって。弟自身は落ち込んだりとかそういう様子はなくって、むしろ駆け付けた三島さんがあんまりな顔色してたから逆に心配してくれたんだと。余裕がね、結構あったって。そんでその場は気をつけろよなってことで終わって、三島さんも普通に家帰って寝た。
でね、同じことが何度かあったって。
毎回自転車ってわけじゃない。調理中に指ざくっといったとか、階段踏み外して派手に落ちたとか、そういう日常でやらかす感じの怪我ね。大体三島さんが煙草吸って異常に気付いて、実家から連絡が来る。弟は怪我の割には元気そうで、顔だけ見せてその場は終わる。
弟が怪我をすると、煙草に錆の──血の味が混ざる。そういうことが続いたから、そう判断するようになった。
ついでに言うと最近血の味がする頻度が増えてる。じゃあって本人に聞いても、今度は何ともないって言うんだって。家族も事故どころか鼻血も出してないっていう。それも不安だってね、三島さん言ってたって。俺もでしょうねって答えたし、答えてから変な話してんなって思った。
そうそう。お前もやっぱそう思うよね。
別に当たり前ではあるんだよね。当たり前というか、それが本来の状態じゃん。物事のこう、関連性みたいな話でさ。一般的にっていうか、常識的にさ。
煙草の風味が変わることと弟さんの状態ってのは、本来関連するもんじゃないだろ。じゃあなんで風味が変わるんだってところは放り投げておくことになるけど。それはまあ、不思議ですねとしか言いようがない。先輩もそう言ってた。俺もそう思う。お前も──だよなあ。説明ができないもん。できるかもしれないけど、一般から馬鹿ぐらいの人間じゃちょっと分かんない。
でも、何度かそういう経験が存在しちゃったわけじゃん。煙草に血の風味がして、弟さんがそこそこの怪我して。じゃあやっぱりくっつけて考えちゃうよな。煙草の味が変わったら、弟の身に何か起きてるってさ。何でか相関してたもんが、突然なくなるってのも不気味だし。理屈があって変化すんならまだしも、変更しました理由はないですなんて通るの、気まぐれ店主の町中華ぐらいだろ。
何が起きてるんだろうな、って三島さんも悩んでるんだと。まあ、悩むぐらいしかできないよね。弟に外出るな家にいろってするわけにもいかないし。現代の一般住宅だと座敷牢も作れないしね。弟さんにも人権ってのがあるだろうからさ、難しいとこだよ。
で、これ。三島さんの煙草。先輩、やっぱりルールを通したんだよね。話聞く代わりに一本寄越せって。一本どころじゃないけど。しかも今回は仲介がいるんだよね、三島さんから一旦先輩預かりで俺ってルート。最終処分場が俺だよね……自分で言って嫌だなこれ。ゴールぐらいにしとこうか景気いいし。話も煙草も俺の総取りってわけですよ。一箱丸々寄越してくれたってのも景気がいい。お大尽だよねえ三島さん。顔見てないけど。
今吸ってるやつ、そうなんだけどね。まあ、血の味は今んとこしてないな。したら面白いけど、そうなったらやっぱり弟さん怪我してんのかね。俺名前も知らないけど。
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