煙中で見た話

 煙草吸ってるときにさ、顔が変わるんだって。


 そうね、俺も何なんですかそれって聞き返しちゃった。ええとね──あ、鈴木さんがさ、仕事で一緒になったときに教えてくれたんだよねこの話。頼まれもん運ぶってんで、俺運転役でさ。寺行って会社帰る前にコンビニ寄って一服してたら、煙草と一緒にね。若い子にはおっちゃんの話なんて退屈だろうしってわざわざ言ってさ。缶コーヒーもくれたのに。でも俺甘いの苦手だから煙草だけでよかったんだけどな。言わなかったけど。

 いい人だよ鈴木さん。ピース吸ったの俺初めてだったもん。重いの。自分だとあんまり買おうとしない銘柄だからさ、新鮮ではあったよ。重かったけど。


 顔が変わる、ってのは本当に文字通りなんだと。鈴木さん四十手前ぐらいのおじさんなんだけど、何度かそういうのを見たんだって。


 こうやって喫煙所かなんかで隣り合って、ふっと何かの拍子で相手を見る。そうすると、さっきまで隣に居たはずのやつがすっかり別人の顔で煙を吐いてる。

 横顔だから、とかそんなレベルの変わり方じゃないんだってさ。垂れ目が吊り目、糸目がどんぐり目、目尻から口元までデカい傷ができてたこともある。一度出先のSAで行き遭った人なんか、煙草吸ってる間はずーっと眉なしで鼻ピの頬っぺたに龍彫った小僧に見えてたってさ。煙草吸い切るたびに地味めの色白な事務職のお嬢さんになるもんだから、鈴木さん自分がおかしくなったんじゃないかってめちゃくちゃ不安になったって。

 でもそのお姉さん、吸ってるときもそうでないときも右目だけずっとこっち向いてたのが一等怖かったって言ってたな。そんなん俺だって怖い。それでも吸ってた鈴木さん、ちょっとすごいかもね。ただのヤニ中っていやそれまでだけど。


 そうね、俺もそれ聞いた。でもね、共通点とか全然分かんないんだって。


 当たり前だけど、大体行きずりっていうか喫煙所でたまたま会っただけの相手だからね。細かい事情なんて知りようがない。何かしら共通する要素があるのかもしれないけど、少なくとも鈴木さんには分かんないって。見かけた時間帯も場所もバラバラだっていうからもうお手上げ。SAのお姉ちゃんなんて平日の午後だったっていうしね。しかもド快晴。日が出てる最中にそういうことしてくるの、もう打つ手がないじゃん。気のせいとか見間違いじゃ追いつかなくて、気が狂ったことにするしかないもん。鈴木さん正気だけどね。今のご時世、気なんか狂ったらすぐクビになって終わりだもん。だからほら、一時的狂気、みたいなやつ? なんかあるじゃんそういうの。


 案外みんな変わってんのかもしれないけど、気づいてないだけなんじゃないか──鈴木さん、そういうこと言ってた。

 俺もそれ、納得した。だって知ってる人なら気づくけど、知らない人なら目玉が増えたって分かんないしな。いるかもしんないじゃん三つ目の人。二つ目小僧よりいると思うよ──二つ目小僧ってあれよ、縦。縦一列に二つ目。俺の小学校に教室のドアから授業中にそういう子供が覗くっていう七不思議があってさ、色々あってお坊さん来たもの。俺のクラスメイトのお父さん。手近なとこで済ませたよなあ。


 それに、俺だって煙草吸ってるときにお前の顔なんてちゃんと見ないもん。変わってても気づけないかもしれない。お前だってそうだろ? わざわざ人の顔まじまじ眺めて吸うような真似、やれって言われたってしないだろうに。ひょっとしたら俺だって、お前からすれば口が耳まで裂けてたり睫毛ばしばしに見えてたりとかするかもしれないしね。お前が俺をどう見てるかっての、そればっかりはどうやっても分かんないからな。逆もしかりだけど。


 でね、これはおまけみたいな話なんだけど。俺もその話聞いてから、バイト先でちょっと気にしてみるようになったんだよね。喫煙所とか、出先とかで煙草吸ってる人のこと。

 社内にはね、顔変わる人はいなかった。そこまで派手なのはね、流石に。そんなんだったら鈴木さんも気づいてるだろうし。そんなにおっきい会社じゃないからね、地域密着系だから。アットホームよ。顧客から夏にスイカごろごろ届くから、それ昼用に切り捌くのも俺の仕事だったし。意外とコツいんのよあれ、平等な大きさにしようとすると。社員さんそんなん気にする人いないけど、任されたからにはちゃんとやりたいじゃん。

 あ、そんで煙草なんだけどね、俺の指導役みたいな先輩。煙草の吸い方がこう──中指と薬指で挟んで吸う人なんだよね。なんでそんなこと知ってんですかって、最初見たときにわー渋いなって思ったから。吸い方がさあ、大人なのよなんか。他の言動とかもこう、棘があるわけじゃないんだけどなんとなく遠い感じがしてさ。ちゃんと仕事は教えてくれるけど、業務離れたら進んで雑談とかはし辛いタイプ。でもほら、喫煙所なら煙草吸ってりゃいいからね。煙があるから気まずくならない。向こうも黙って吸ってるし、俺も黙って煙吐いてる。


 で、先輩の指がね、たまに欠けてる。


 薬指と小指。だから、その時だけ親指と人差し指で摘んで吸ってる。なんとなく雰囲気違うなーって思ってはいたけど、そんな些細なことに引っかかってるとは自分でも思わなんだな……あとは吸う煙草も違う。いつもよりこう、甘ったるい煙のやつ吸っててさ。それくらいかな。


 因果関係、あんのかないのかは知らないけどね。とりあえず鈴木さん嘘言ってなかったな、ってのが俺の感想。似たようなもん見ちゃったからね。一見に如かずっちゃったからもうどうにもならない。でもそれだけ。顔が変わろうが指が欠けようが、ただの仕事の同僚。

 あと先輩が吸ってた甘ったるいやつ、一回吸ってみたいなって考えてる。普段使いするにはちょっと手に余りそうな感じがするけど、お試しくらいならよさそうだなって。肺胞だって持ち弾に上限があるんだから、どうせ使い潰すなら色んなの試しておきたいってのが人情じゃん。違う?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る