11話 あなたが立ちなさい

「さて、今日は仮入部期間の最終日ということで、実際にみんなの前で舞台をやってもらいます。」


 古びた教室の中に、30人の男女が椅子に座り白川さんの話に耳を傾ける。隣にいる私は白川さんの話を聞きながら、仮入部の人たちの顔を1人づつ観察していた。

 一人一人、表情から感じ取れる感情はちょっとずつ違う。練習を十分に行ってきたことによる自信や、ちょっとした不安。でも全員に共通して言えることは、本番前を控えた役者特有の緊張感だった。

 約1週間、役者志望の人たちは特に真剣に稽古に励んでいたと思う。最初は恥ずかしがって役にのめり込めない人もいたけれど、白川さんの指導もあって今ではほとんど全員がある程度抑揚を持ってセリフを発声したり、役に共感して演技したりするということができるようになったと思う。発声練習も行っていて、声の質も稽古開始当初とは全然違う。舞台の先まで届く役者の声だ。


「それでは1班からやりましょうか」


 いきなり出番が回ってきて、困惑半分に準備を始める1班。18人いた役者志望の人たちは3人ずつの6班に分けられている。本番と言っても、台本を手に持つことを許可された、稽古に近い環境であった。


「好きなタイミングで始めて良いわよ」


 白川さんは素っ気なく言うと、部室の脇に置かれたカバンからバインダーを取り出すと、シャープペンシルを片手に他の部員が集まって座っている場所の後方へ回り込んだ。私もついていく。

部室の中の位置関係は、窓際に舞台があり、生徒が部室の中央、廊下側に私たち2人が立っている。

 舞台の上の3人はお互いの顔を見合わせると、徐にセリフを読み始める。私たち観客は、予め渡されていた台本を片手とステージとを交互に見ていた。


 劇の内容は、大人気歌手を殺した犯人が誰かを、探偵である主人公が手がかりを元に紐解いていく物語。この発表では時間が限られているため、主人公が犯人を言い当て、犯人が動機を語るシーンに絞られていた。役回りは犯人役、探偵役、探偵の助手役だ。


「私……あの人が憎かったのっ!いつも私よりも実力があった。それに見合うように、あの子の人気も上がっていって……あの子がいなかったら、って思った」


 一週間前とは見違えるような声を出すようになった。もはやアマチュアの演者といっても申し分ない技量だった。この一週間、演技のプロである白川の指導を受けていたということもあるが、あれだけの情報量と努力を短期間で積んだ彼女がとてもまぶしかった。

 一方で私はというと、ずっとその場で足踏みをしているみたいだった。お母さんとの再会で安心したのか絶望したのかわからない。ただ知らなかった事実が濁流のように押し寄せて、頭の中がぐちゃぐちゃになった。配信も学校も部活も何も手につかない。そんな一週間だった。


「だから、殺したんですか?―――彼女だけ人気になってちやほやされて、彼女が憎くなったんですか」

「……違うわ」


 彼女の声色が変わる。

 台本を持っていない方の手で自分の顔を覆い、わなわなと震え出す。


「……あの子のことが好きだったの。最初は2人で頑張ろうなって、側に居たのに。人気になるにつれて周りにあの子の人が集まるようになって、私に構ってくれなくなって、辛かった」

 

 この物語は、犯人が歌手と個人的に関係を持っている時に抱いた恋愛感情が鍵になっている、女性同士の恋愛、嫉妬、不安。そこには男女の恋愛との差はなく、犯人がその歌手を本当に好きだったことがわかるような台本だ。犯人役の彼女はそれがよく伝わるよう、両手、全身を使って表現していた。


 それにしても、白川さんは突飛な脚本を選んで来たと思う。本来この手の演劇は日常の中の出来事や、完全フィクションの冒険譚のようなものが多い。

 けれどこの劇は所謂推理ものに分類されるものだ。まるで小説から台本を持ってきたようなシナリオ。しかも、大人気歌手が殺されただなんて話、私のお母さんの話みたい……


 もしかしたら、お母さんも誰かに殺されかけたのかもしれない、なんて考えてみる。母が生きている事を隠していた父も、もしかしたら殺人犯の共犯者だったのかもしれない。そう考えれば辻褄が合った。


 私は気がつけば、億が一あるかわからない可能性を長い事考えていた。頭だけで考えてもその可能性を否定できなくて、取り除けない汚れが頭に張り付いて、何度も何度も考えた。


 気がつくと、発表も終盤に差し掛かっていることに気がつく。白川さんが「じゃあ最後、6班ね」と言う声でハッと我に帰った。


「部長、すいません」


 呼ばれている訳でもないのに声の方へ向く。すると、1人の男子生徒が、切羽詰まった表情でこちらを見つめていた。男の子の向こう側には、女子が1人、四つん這いの状態になって、背中を上下させていた。


「この子が立ちあがろうとしたら膝から崩れ落ちちゃって……」

「6班の佐々木さんか……真面目にやってた分、緊張で体調を崩してしまったかしら」


 そう言いながら彼らに歩み寄る背中は「落ち着いて」と語っているようだった。


「部長っ……わたし、できます」

「あまり無理はするものではないわよ」


 そういうと、白川さんは近くに座る人に声をかける。声をかけられた生徒はいくつか言葉を交わした後、床に突っ伏しそうになっていた生徒に肩を貸し、教室の外へと運んでいった。


「6班はこれで2人よね?」

「はい。できれば他の班から1人借りたいのですが……」

「いえ、その必要はないわよ」


 彼女は良く通る声でそういうと、いきなり私の方へと振り返った。

 初めて白川さんと出会った時の、透き通った透明感を思い出す。


「叶夢。あなたが立ちなさい」

「えっ」

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VRが育む世界 中州修一 @shuusan

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