アノールがヨルノを取り戻すことを決意するまで

第49話 返事もしなくちゃいけないし

 アノールとエリカは、アスキアを連れて、魔女の拠点に戻ってきた。ありふれた貸し部屋の一つ。テーブルを魔女の数人が囲んでいる。


「アスキア……たん!?」


 テーブルの傍から、イエッタが駆け寄ってきた。アノールからアスキアを受け取る。


「イエッタ……」

「あ……アスキアたん……!!」


 イエッタはアスキアの身体を抱きしめる。目元には既に涙が溜まっていた。


「ご、ごめん! ウチが、ウチがふがいなかったけん……!!」

「い……い、んですよ。こちらこそ、ごめんなさい……」


 部屋の中央のテーブル。その傍にいたクエスリィがアノールを手招きした。招き猫。


「にゃ……アノールにゃん、ちょっと」

「うん。僕からも報告したいことがあって……」


 ドミエンナが苦い顔をしている。


「そ、それはそうでしょうねえ。どうしてアノールさんがアスキアさんを連れ帰ったのか。そしてヨルノさんは——寄り道してきてるってわけでは——なさそうですよねえ」


 アノールとエリカは、今日のパーティーで起こったこと、その後に起こったことの全てを二人に伝えた。


「にゃー、それは凄いことがあったにゃ」

「全部ムクルさんの手の平の上じゃあないっすかあ!」

「ええ。『完敗』……そう言って差し支えないですわ」

「僕たちの作戦がちょっと日和見すぎたね。自分から状況を動かしたムクル・ホークが勝つのは、道理だった」


 イエッタにおんぶされたアスキアが、羽織らされた長袖の先端を垂らしながら、議場に参加してきた。


「……作戦は失敗した様ですね」

「アスにゃん!? その傷で喋るのかにゃ!?」

「状況を纏めなければなりませんし……」

「アスキアはずっと拘束されていたのではなくて? 状況を理解していますの?」

「推測で埋めます」

「えー! 流石っすねえアスキアさん」

「ことも無げに言うよねー」

「流石にことはアリアリなんちゃうかなアノールくん……どう? アスキアたん」


 アスキアの頭が痛くなってきた。本題に入れない。


 ——こういうときは大抵ヨルノがどやして話を戻すんですけど。


 一瞬だけヨルノの姿を探して、ため息をついた。


「ガルもいないようですし……アノールくん、会議進行を任せます」

「えっ、あっ……はい。じゃあえっと……アスキアさん、よろしくお願いします」


「はい。では、改めて現状を振り返りましょう。私たちの目的は、ガーレイドを王にすることでした。これに関して、今回の事件はです。なにせ、オリーブがあの立場では、生きていようが王位争奪戦からは脱落だからです。一歩進展と言って違いないでしょう。


 しかし、ヨルノを失った状況。これは間違いなくです。私たちの心理的な面を無視して考えても、彼女の眼はいかなる理由でもってしても手放してはいけないものです。何よりも最優先で取り返す必要があるでしょう」


 アノールは難しい顔を浮かべた。


 ——そうか。ヨルノにはその価値もあったな。じゃあムクルは一石二鳥だったってことか。


「総じて鑑みて、これからの魔女の方針はこうなります。一つ、ヨルノの奪還。二つ、キルリの殺害。この二つが必須事項。次は、可能であれば成し遂げたい目標となります。三つ目、ムクルの殺害です。ここで彼を見逃しては今後も敵対するでしょうからね。しかしここまでやろうとするならば、更に追加で四つ目の要件、オリーブの殺害が浮かび上がります」


「アスキア、それはなんで?」


「オリーブに偽の罪を被せているのがムクルである以上、彼が死んでは、オリーブが王位継承に復活するしれないからです」


 アノールがそのまま進言した。


「ムクルがやったであろうやり方を真似よう。選択肢の無い提案を迫るんだ。『殺されたくなければ、王位継承は諦めろ』。もしくは『ムクルを殺すから、王位継承は諦めろ』。オリーブがこれを受け入れるなら、リスクを取ってまで殺しにいく必要は無くなる」


「なるほど、いいアイデアです。彼がそれを受け入れそうかは、ガーレイドに聞いてみなければ分かりませんね」


 アノールは頷いて、進行然として話を進めた。


「じゃあ、次はその作戦について具体的に話す? でも、アスキアの身体も心配だし、この場が突然だったのもあるから、一旦休憩にしようか?」

「いえ、待ってください。そもそも一度、ガルの判断を仰いだ方がいいのではないですか?」

「それもそうだね。そういえばガルはどこにいるの?」


 アノールとアスキアは、元々この部屋にいた三人に目を向けた。すると彼らは——みな、目を泳がせたのだ。


「ガル……にゃー? そ、そうだにゃ? どこにいるか、知りたいよにゃ……」

「……まさか。クエスが知らないのですか?」

「い、言い辛いんやけど……」

「イエッタも知らないと言いますの?」


「連絡はドミィの役割じゃなかったっけ?」


 アノールの疑問を受けて、ドミエンナは鼻で笑った。


「はぁーい。実は数日前から連絡が取れません」

「え」

「そして、誰も——誰も! ガルの行方を知らないんですよねえ!」


 このドミエンナの暴露を皮切りに、会議場は混沌に落ちた。





 ——ルルウが、いない?


 部屋の外側、窓際に張り付いて中の様子に聞き耳を立てていたショットは、ここまで耳に収めると、夜闇の中を移動し始めた。


 ——ルルウがいなくなったときは……。


 ショットは一時間近くかけて移動し、王都郊外の森にひっそりと佇む、もうほとんどの人間にその存在を忘れられた、廃墟のような教会に辿り着いた。


 扉を押し開く。中にいた人物が、ランプの火に振り返った。


「誰ですか!?」

「やっほー! 久しぶり、ルルウ!」

「——ショット。これはまた、珍しいお客人がいらっしゃったものですね」

「何それ! なんでそんな他人行儀なの!?」


 ショットは笑ってガルの隣に座った。ガルは柔らかく微笑む。


「そうしていなければ、泣きついてしまいそうですから」

「へえ! 随分と強い子になっちゃったね! ざんねーん」


 教会は天井の一部が抜け落ちており、爛漫の星と漆黒の夜空が覗いていた。


「ふっ。それで何か、用ですか? わたくしは今、ここで昔を懐かしんでいたところなのです。そんなところにショットまで現れては、もう泣き虫モード寸前です。もし昔話でもしようと言われたものならば、むせび泣くので覚悟してください」


「全然弱くて逆にびっくりしたわ。じゃあ昔話は止めとこっか。——魔女の人たちが探してたよ?」


「え? ショットは魔女に着くつもりなのですか?」

「ん? 悩み中だけど」

「なら盗み聞きしてきたと? ふっ。可愛い子たちですね。ショットの尾行に気付かないだなんて」

「皮肉か歪んだ愛情か分かんねえぜ……」


「わたくしは——みなさんには申し訳ありませんが——もはや王位継承戦自体を利用するような次元にいるので、今回、手は貸せません」


「指示くらい出せるでしょ。混乱してたよあの子ら」

「わたくしはもう必要な指示は出しています。それに、次善の策の根回しで精いっぱい、でもあります」

「次善の策……か。高尚なもん考えるようになっちゃったんだね、ルルウは」


「ええ。わたくしは捨て身の作戦一本で〝魔女の塔〟を潰した人間ですよ? もう二の轍は踏みたくありません。ふっ。ふ……うう——」


「こ、コイツ、自分から昔話始めて自分から泣き始めやがった!!」

「うえええ……!」


 泣き出すガルを前にして、ショットは思わず身体を引いた。


「うわあ……まだこんなんがリーダーやってんのか魔女は」

「うえーん! 結局ショットはわたしの能力目当てなんでしょ!」


 びえびえ泣きながら抱きつこうとしてきたガルを、ウザったそうに押し返す。


「そうだよ! ルルウには金と地位と能力意外に価値なんて無いの!」

「意外とある。わたしの価値、意外とありますね」

「自己肯定感が低すぎんよ……」


「とはいえ——それも確かに。では貸しましょう、わたくしの〝能力の借用フォースキルズ〟を」


 〝能力の借用フォースキルズ〟は本来、「貸し借り」する能力。「能力を貸す」こともできる。とはいえ又貸しはできない。つまり、貸すことが出来る能力は一つだけ——〝能力の借用フォースキルズ〟自体に限り、誰かに貸すことが出来る。


「はいどうぞ。使い方は覚えていますね? 借りた能力が保存されるのは、あくまで精霊体。つまり、自分で借りてこなくてはいけませんよ?」

「当然。とはいえ、あっさりじゃん。もうちょっとゴネられるかと思ってた」

「丁度、アノールくんにはあと一枚くらい強めの手札が欲しいと思っていたところでしたから。ぜひ、助けてあげてください」


 ガルはショットの手を取って微笑みかけた。


「ショットにしか頼めないことですから。よろしくお願いしますね」





 アノールたちが部屋に戻って、しばらくたって後。ガルの不在に議論が踊る中で、アノールは遂に一つの可能性に思い至った。


 ——もしかして。


 脱力して、椅子に軽く座る。間抜けに口を開け、心ここにあらずと言った様子で、焦点のズレた視界をぼんやり眺める。


 ——まさか、そういうことか。


 感心するあまり、自分の顔を両手で覆った。


 ——嘘でしょ。


 テーブルを囲む人間たちが、やんやと話し合っている。ガルが最後に出した指示は何だったかとか、誰が代わりに指揮をとるだとか。その内容から察するに、どうやらこの件に関する密命を受けたのは、アノールだけであったらしい。


「ウソでしょ。ヤバいよガル。あれで指示したつもりなの? 言葉が足りなすぎるよ」


 妙な笑いが込み上げてきた。


「違う。この期に及んで、気付かせるために? そんな、天才すぎる、天才すぎるよガル」


 ——知れば知るほど、虜にされる。


 アノールの様子に初めに気付いたのは、エリカだった。


「アノール。もしやあなた、ルルウから何か、言い含められておりますの?」

「にゃ!? ほんとかにゃ!?」

「あ……うん。今、気付いたんだけど」

「え!? ガルはなんて言いよったん!?」


 アノールは、ゆっくりと、口にした。一字一句違わず。ガルの囁き声を思い出しながら。





『ヨルノのことを、頼みましたよ』





 シンと静まった空気を、アスキアが破った。


「そうですか。では、ここから私はガルの参謀ではなく、アノールくんの参謀として振舞いましょう」


 アノールはふと弱気になって、手を前にかざしながら立ち上がった。


「い、いや! 僕の勘違いかもしれないんだけど!」


「いいえ、アノールくん、いえ——アノール。それは間違いなく、『あなたに任せる』というガルの意思表示です」


「じゃあ話は早いにゃ! アノールにゃんがそうと聞いてるなら、ガルもきっと他にやることがあって、それで手が回らないんじゃないかにゃ!」


「そうですわね。ここまでルルウの想定内なら、あまり慌てることもありませんわ」


 アノールは愉快な気分が引っ込んで、次第にプレッシャーを感じ始めた。


「いやいやでも、改めて考えると、なんで僕なのか——」


 その背中が、ポンと叩かれた。見れば、隣でドミエンナがにやりと笑っている。


「アノールさんにしか頼めないから、頼まれたんだと思いますよ?」


 アノールは数秒ポカンとしていたが、理解してから、歪な笑みを浮かべた。


「なるほど……そうね。……こういう気分ね?」

「ね。逃げようがないでしょう」

「くくっ。確かに。これは酷いやり方だ」


 魔女の面々がみな揃って同意する。


「全くです」

「全くだにゃ」

「アノールくんはあんな浮気女になっちゃいけんよ……?」

「なろうと思ったってなれないから大丈夫だよ」


 ドミエンナは一人、「ドミエンナにしか頼めないんだ」と言われたときのことを思い出して、内心で苦笑している。


「よし、じゃあ——」


 アノールは自分の頬を叩くと、テーブルの傍に立った。囲む人間たちを見渡せば、彼らはみなアノールの声を待っている。


「この件が終わるまでは、僕が指揮を執るよ」


 ——ヨルノ、いいタイミングで告白してくれたな。


「方針は——いや。やめようか。最優先は——これも違うな」


 ——もう一つ、理由ができた。


「あー……よし! もういいや! みんな、覚悟はいい!?」


 各々、アノールに笑いかける。アノールは気恥ずかしそうにしながら、右腕を大きく振り切って、しかしはっきりと宣言した。


「ヨルノを——僕たちのヨルノを、取り戻すぞ!!」

「おー!!」


『バンッ——!!』


 勢いよく開かれた扉。みなが不思議そうな目を向けると、そこにはドア枠に手をついて息を切らすショットがいた。


「その……今の! 私もやりたいんだけど! もっかいよろしくっ!」

「え、ええ……。じゃあもう一回? ……こほん。やるぞ、おー!!」

「おー!!」


 ショットも交えて、魔女の全員が、アノールの声に応えた。


 ——返事、考えとかなきゃな!

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