第48話 王子全員が敗北したその経緯
ギラフに続く形で、キルリたち三人はホールへと戻ってきた。エールはちらりと廊下に振り返る。
——ショットはいったいどこに……。
ホールの裏口側の廊下には、意識を失ったフィオネの姿しか無かったのだった。
ギラフはキルリたちを残し、未だ困惑の最中にあるホールの中央へ、遠慮なく歩いていく。
「楽し気なパーティーの場で申し訳ありません! 緊急の報せが舞い込んできたために、ここで報告させていただきます!」
オリーブの隣にいたオニクスが、何かと眉をひそめた。
「ギラフ? お前いったい何を」
ギラフはその長い両腕を広げながら、ホール全体に声を響かせる。
「なんと! 国王を診ていた医者を金で抱き込み、国王を殺そうとしていた不遜な輩がいたというのです!!」
オリーブの表情が固まった。
「……なんだと?」
ギラフは会場入り口にいるオリーブを指差した。
「もう裏も取れております! 医者は白状しました! オリーブ様の指示で、国王に毒を盛ったと!!」
ギラフの告発を受けて、会場は騒然とした。みな口々に噂する。
「その噂なら、聞いたことがある」
「ええ。私も聞きましたわ。オリーブ様がお医者様にお金を渡しているところを、近衛の誰かが見たと」
「まさか、オリーブ様が王を謀らんとしていたとは……」
オニクスはオリーブの顔色を伺った。
彼の表情は——驚きの中に、悲痛な気配が浮かんできていた。青ざめて声を震わせる。
「な、なんだ……それは。俺はそんなこと、していない。俺がそんな……」
会場にいたガーレイドは目を見張った。オリーブが本当に何も知らないということが、表情から読み取れたからだ。
「オリーブお兄様は、お父様を殺そうとしていなかった!?」
イエグは汗を浮かべる。
「し、しかし、実際、国王様の容体は著しく悪くなっていました! お后様も気を病んでしまわれたと聞きます!」
「なら、医者が毒を盛っていたのは『真』だ!」
「では、それをやらせたのがオリーブ様だというのは——」
「『偽』! 本当に医者を抱き込んでいたのはムクルで、オリーブが医者と繋がっているという噂を流したのもムクル!」
らしくない舌打ちを見せる。
「ボクらの間違いは、ムクルがオリーブのコマだと思っていたことだ! ムクルこそがプレイヤーで、キルリとオリーブ、いずれのコマも選べる立場にあった! キルリを選べるならキルリを選べた方が良い——その手段はヨルノの嫁入り! いずれ王子の祖父になるならば、それは、貴族の到達しうる最も高い地位だ!!」
ガーレイドは焦る。
「そしてマズい。暗殺依頼が取り下げられたであろう以上、このままじゃあオリーブお兄様もキルリも、どちらも死なない……!」
オリーブの身体が不可視の巨腕に握られた。指一つ、動かせなくなる。
「なっ……」
オニクスは淡々と語る。
「オリーブ様。これが謀略であろうが、なんであろうが、一旦は拘束されなければなりません。分かりますね?」
「……ああ。くそ、分かっている」
「ちなみに、裏切ったのは誰ですか? 調査してさしあげるくらいの義理は果たしますよ」
「……いいや。俺は……私は。私も同じ穴の狢さ。私だって、人を……殺そうとしたんだからな」
「はあ。どうやらあなたは、かなり生きづらい性格をした方のようですね……」
エールは愕然するあまり、全身の力が抜けて体制を崩した。
「っ……じゃあ、ムクルからキルリへの、要求って言うのは……」
キルリは頷く。
「ああ。オレが本来のヨルノと結ばれる、それがムクルの要求だ」
キルリがエールと仲良くなって、二人の関係を噂されるところまで、ムクルは織り込み済みだった。キルリとヨルノが結ばれることは、もはやなんの疑問もないことなのだ。
「じゃあ、キルリが生き残るためには、私は……ヨルノを殺すのを諦めなきゃあいけない……ってこと……?」
ヨルノは諦めのため息をつくと、シワスの傍へ歩いていった。
「ま、待てヨルノ!」
アノールが咄嗟に呼び止めたものの、ヨルノは振り返ると鼻で笑った。
「待ても何も。アスキアが殺されるよりはこっちの方がいいでしょ」
「い……いや、でも……!」
——どうする!? 何をどうすればこの現状を打破できる!?
ともかく何か言わんと頭を回しているアノールに、ヨルノは微笑みかけた。
「そうだな……フッ。私も——女の子だから」
三日月が雲に隠れる。
彼女の黒い髪は闇夜に溶けて、去り際の表情は見えなかった。
「助けに来てね、白馬の王子様」
シワスに連れられて馬車に乗る。車輪の音はすぐに聞こえなくなった。
ムクルはずっと、自室の書斎机で座っていた。
彼が考えているのはバランスだけだ。不平等をなくすこと、バランスを揃えること。それこそが彼の行動原理である。因果応報、やられたらやり返す。至極当然のことだろう。失敗したなら埋め合わせなければならないし、損失があったなら補填しなければならない。
確かにヨルノは彼から妻と長女の命を奪った。ならヨルノからも命を奪うのが彼の哲学かもしれない。しかし、もしヨルノがその分の埋め合わせをしてくれるというのなら、それもまた彼の哲学に沿っているのだ。
「ムクル様、国王様がお亡くなりになられました」
「続けろ」
「キルリ様とヨルノ様も要求を飲まれました。明日には婚約が発表される手はずです。これにてホーク家は王家入りとなります」
「下がれ」
クレアムル王位継承戦。
王子三人がみな敗北したというのにこのような表現をするのは不自然だが。
あえて挙げるならば、それは彼一人だけだった。
「なんてことはなかったな」
勝者。ムクル・アー・ホーク。
へたり込んだエールを見下ろしながら、レオンはうーんと考えた。
——キルリとヨルノが引っ付いたら? アノールとエールが残るよね? わあ! なんてこと、推しカプ成立だわ! まあまあまあ。……なーんて、そんな上手くはいかないよね。どうやらエールと……きっとアノールも。それをよしとしないみたいだ。
「レオン」
「お。オニクス」
オリーブを衛兵に預けてきたオニクスが合流した。
「なあ、この……泣き崩れるエールさんは、どうしたんだよ」
「話せば長くなるね。——ほらほら、泣かないでエール」
レオンは膝を曲げて、エールの背を撫でた。しかしすぐにあっと顔を上げる。
「俺がエールのことを慰めるなんて役違いな気がするかも。キルリ様、代わります?」
「うぅ、ひぐ……慰めまでキモい……死ねよ……」
「だってなんで泣いてるのかわかんないんだもん」
「は、はあ……? だって、どうしようも——」
「暗殺依頼が取り下げられたんだから、あとはキルリ様を攫えばいいだけでしょ?」
「…………は?」
エールが顔を上げる。キルリの驚きの視線も受けながら、レオンは飄々として立ち上がった。
「だってそうじゃん。誘拐しちゃえばいいんだよ」
意気揚々と語る。
「欲しいものが合ったら奪い取る! それが自然の摂理なんだ!!」
エールとキルリは面食らっていた。
「とは、いえ」
レオンは人差し指を立てて注目を留める。
「それはできるだけ、可能な限り待って欲しい。そうだな……結婚が発表される記念の日くらいまでは——」
「戴冠式だ」
レオンはキルリに振り返った。
「オレの戴冠式。それがおそらく、オレとヨルノの披露宴にもなるだろう」
エールも呆然として繰り返している。
「戴冠、式……」
オニクスがレオンを睨んだ。
「レオン、あえて聞く」
「どうぞ?」
「どうして、可能な限り後に送る必要がある?」
「そうだね、それを確認するのは大事なことだ」
レオンは会場の向こう、ガーレイドに目を向けた。
「キルリ様がいなくなっては、ガーレイド様の勝ちになるからだよ」
「もう一言よこせ」
「いいよ? じゃあ——あえて——言わせてもらおっか」
レオンの背筋にゾクゾクと立ち上るものがある。アノールの後ろ姿を思い出して、無邪気、もしくは——邪悪な笑顔を見せた。
「まだ、俺たちの敵は——〝魔女〟は盤面に残っている」
エールとキルリはハッとした。オニクスはと言うと、呆れのため息をついている。
「つまりお前は、ガーレイド様と〝魔女のよすが〟がグルだって言うんだな? 根拠を示せよ」
「そりゃあ勘だけど」
「だろうなー……」
「でも、これは分の悪い賭けじゃないよ。そうと考えれば筋も通るし。そもそも〝俺たち〟は〝魔女のよすが〟の行方を知れない不利な立場だ。そこにこんな可能性が転がり込んできたというのなら、食いつくに十分に値する」
「まあ……それは確かに。アスキアだって賭けに勝って手に入れたわけだしな」
キルリがハッと何かに気付いてレオンに目を向けた。
「レオン! 本来のヨルノは魔女なんだ!」
「わお。衝撃情報」
「そして、ホーク家にはかなりの因縁があって絶対に帰りたがらないはず。何か大事なものを人質にされたりしない限りは! 君たちはまさか、捉えた魔女の身柄をホーク家に渡してなんかないだろうな!?」
オニクスが鼻で笑う。
「……交換に使われたってことか? 私たちの捕虜が? はっ。舐められたもんだな」
オニクスの表情に浮かんだイラつきを見て、レオンはふふんと頬を上げた。
「……ねえ」
エールが涙を拭いながら立ち上がる。
「私、キルリを誘拐していいなら、したい」
手袋越しに、キルリの手を取った。
「オリーブ様も、ガーレイド様も、どっちも……キルリを殺すことを……凄く、悩んでた。今でも二人は悩んでる。私がキルリを攫うことは、二人のためになる、と、思うんだ」
キルリはその発言に僅かに驚いたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「そうか。じゃあ、そうしよう。とはいえオレはこれからきっと、かなりの監視下に置かれるはずだ。それこそ戴冠式までは」
「分かった。ならそこで」
「ああ。待ってるよエール」
「毎日祈ってね?」
「当然」
二人は笑い合った。レオンはその様子を生ぬるい笑みで眺めていたが、すぐにオニクスに脇に引っ張られていった。
「おいレオン、この場に魔女がいるのが確定したなら、もう呼べるメンバーは呼んだんでいいな」
「いいね。賑やかな方がいいよね」
「賑やかしじゃねえから!?」
レオンは笑いながら、おもむろにホールを見渡すように歩いていくと、右腕をゆっくりと持ち上げた。
指揮者のように緩く遊びを持たせながら……しかし確かに、人差し指を上に掲げたのだ。
「王位継承戦——いや、王国クレアムル争奪戦。ここからが、最終ラウンドだ!」
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