第44話 集結した幼馴染
エールはテラスに出て先のガーレイドの言葉を思い返しつつ、キルリのことを考えていた。
——キルリは……いい人だ。性格悪いけど。優秀なんだろうとも思う。殺したらきっと……この国にとって、凄い損失なんだろうな。それほどの人が「飽きちゃってる」から、オリーブ様もガーレイド様も苦心してたんだ。今のキルリは落ち着いてるように見えるけど……それでもこの二人はキルリのことを嫌いなまま。ならきっと、キルリは今も「飽きてる」んだろうな。
エールは手すりに肘を突いて、ため息をついた。
「死にたい人を殺すなら、簡単だ。そう、そう考えれば——」
「揺れてるじゃん。相談、乗ってあげようか?」
時が止まった。全ての感覚器官が、一拍、停止した。心臓すらも止まったように感じる。しかし身体が跳ねたという訳ではない。あくまで静かに、染み入るように、驚愕は身体を巡っていった。
「ん? どうかした?」
振り返ればそこには——。
「あは。驚いてるみたいで何より」
鋭い三日月を頭上に掲げる少女が、夜闇に浮かび上がる。
「では改めて、自己紹介させてもらおう」
彼女はドレスの淑女がそうするように、スカートをつまみ上げる振りをしながら、礼をした。
「私はヨルノ。フルネームを——ヨルノ・アー・ホーク」
「……!!」
考えるより先に、身体が動いていた。ヨルノは自分のお腹を押さえてよろめく。
「は、は。いいヒールを履かされてるじゃん。でもそれ、人殺しのための道具じゃあないぜ?」
エールはヨルノを見下ろして怒声を浴びせつけた。わなわなと声が震える。
「お、お前……よくも私の前に、出てこれたな!! このドブ女!!」
「いやー……酷い言われようだ。でも、よかったよ。初手で殺されなくて」
「ッ……あなたはまだ、殺せないからね!」
ヨルノは軽く笑いながら、足を揃えて腰を下ろした。
「ショットから聞いたよ。諸々、ね」
「……じゃあ、何が目的?」
「そりゃあ当然、私を殺すのは諦めてくれないかって話をしにきたのさ」
「はあ!? 諦めるとでも思ってるの!? 死ねよこのゴミ女が!」
「そっか。それならもしくは——お友達になれないかと思って来たんだけど」
「なるわけない! 死ね!」
「はは。そうだよね。でも私は、本当に、君とお友達になれたならなりたいと思ってたんだ」
「……あなた、なにを、言ってるの?」
エールには、ヨルノの表情も声色も、からかっている様子には見えなかった。彼女は腹の傷に僅かに顔を歪めながらも、しかし間違いなくエールに微笑みかけていたのだ。
「境遇が違えば、私たちは友達になれたと思うんだよ。村を襲撃する前に、君たちの過去の話をギラフに聞いてから、私はずっと君たちに会いたいと思ってたんだ。アノールは運命のヒーローだと思ったし、君のことは運命の親友だと思ったのさ」
——本当に、コイツは一体、何を言ってんだ……?
「も、もし……本気で言っているのだとしたら。ご愁傷様。お前がしたことは、私の逆鱗に触れること、だったんだ。それは、重々分かってる、でしょ」
「ああ。だから、損失を埋め合わせるために、君の得点を稼がなければならないね」
「はあ?」
「もし、君がこれから先……『イヴの暗殺対象が死の運命から逃れる方法』を知りたくなったならば……私に頼ればいいよ。教えてあげる。みっともなく、縋るようにして、私の姿を探すといい」
「はあ……? それはキルリのことを言ってるの? フィオネもその心配をしてたけど、そんなん関係ないよ。私にとって、アノール以外の人間には、等しく価値なんてないんだ。ヨルノ、アンタを除けばね。アノールが神様で、アンタが悪魔。それ以外がどうなろうと知ったことじゃない。生きようが死のうが関係ない」
「そうか。強情だなあ……」
「言いたいことはそれだけ? なら、私もう戻るよ。お前と一緒にいると、気分悪いし」
「そう。それじゃあ、またね」
「ええ、また。次会ったら殺すわ」
廊下に戻ったエールは、息をつく間もなく、向こうから歩いてくるキルリに出くわした。
「あ、エール!」
「ああ、キルリ……」
「え?」
キルリの傍にいた一人の人間が、疑問の音を上げた。背の高い男。緑色の軍帽を被った——。
「エールじゃ——」
「ちょっと黙って!!?」
エールはつい縮地してまでレオンの口を塞いだ。彼女の背中を追うように風が吹く。
「え、え!? なに!? 私、幻覚でも見てる!?」
「もが? もがー(俺? 幻覚じゃないよー)」
「わあ、ヨルノ今、瞬間移動した? もしかして能力者だったの?」
調子よくからかうキルリ。内心は爆笑。エールは混乱からはあはあと息を荒げている。
「ちょっと……ちょっと!! ごめんキルリ!! コイツ借りるね!!?」
「いいぜーすぐ戻ってこいよ?」
「言われなくても戻ってくるから!!」
折れた廊下の影に入った二人。口を抑えられたまま引っ張られてきたレオンは、ここまできてやっと解放された。
「……ぷはっ。エール、何してんの?」
「こっちのセリフだわ!! お前こそ、こんなとこで、何やってんだよ!!」
「え? そりゃあ、キルリ様の身辺警護かな」
「なんで!?」
「魔女がキルリ様を暗殺しにくるかもしれないんだよね」
「ああ、なるほどね!? 道理でさっきヨルノがいたわけだわ!!」
「え、魔女いたの!!? いま、会場に!?」
「レオンまで驚かないで! わけわかんなくなるから!」
「そんなあ」
「……というか、魔女もキルリの命を狙ってる? 何それ、初耳だけど……」
「『も』?」
「あ」
今の一文字でレオンには十分だと、エールには分かってしまった。
すぐにレオンはピンと気付き、ポンと手を打った。
「理解した。エールは〝イヴの一家〟として、キルリを暗殺しようとしてるんだ」
「うわあああ……」
エールは頭を抱えた。
「なんでお前は、そう、察しが良いの……!」
「そっか。じゃあエールも暗殺者ライフをエンジョイしてるんだね。良かった良かった」
「……はあ。ウザ。どうも」
微笑むレオンに、不貞腐れるエール。お互い佇まいを直す。
「じゃあ……レオンは魔女を、捕まえにきたんだ。〝銀の鶴翼〟、だもんね」
「まあ公的にはそうだね。アノールと会えるならそれだけでいいんだけど」
「アノールが〝魔女のよすが〟になってるのも……知ってるんだ」
「エールも知ってるみたいだね。じゃあアノールの奪い合いになっちゃうな……敵同士だね」
「お前、本当に、なんでそんなにキモい発言ができるの?」
「事実じゃん。アノールを捕まえようとする俺たちと、アノールと二人幸せに暮らすことを目的とするエール。うん、事実だな」
「言い方が、いちいちキモいんだよ! 私とお前が恋敵かのような言い方をするなっ……!」
エールは頭を押さえてため息を吐いた。
「……暗殺の邪魔、しないでよ?」
「どうかな。確かに俺たちの敵は〝魔女のよすが〟だ。けど、護衛に着いた王子がやすやすと殺されるのを黙って見てるわけにはいかないかも」
「はいはい。じゃあレオンの目につかないところで殺しますよ」
「ええー? それなら……オッケー! 問題なし!」
キレのいいサムズアップを見せるレオンに対して、エールは再びのため息。
「……ほんと。レオンってどういうスタンスか分かりづらいんだよね……。本気でアノールのことを、捕まえようとしてるの?」
「アノールがエールと共に幸せになるってんなら別だよ? 推しカプの成就が最優先さ」
「キモ。キモいけど、まあ。私の目的はそこにあるし、私の邪魔をしなければ、いずれはそうなるよ」
「分かった。できるだけそうする」
エールはじくじく頭を痛ませながら、しかしどこか懐かしい気持ちにもなってきた。
「……ああ。なんか……レオンってこんな感じだったな。この、本心喋ってんのか、上辺こそが本心なのか、分かんない感じ。癪だけど……不思議と、落ち着くよ」
「まだ一か月しか経ってないけど?」
「じゃあ、この一か月の密度が凄かったんだ」
「それはそうだね。久しぶり、エール。元気そうで何より」
二人とも、顔を見合わせて笑った。
「レオンも。できればこれからもこうやって、定期的に会えるといいね」
「それはどうかなー? 俺って一応警察だよ 犯罪組織と定期的に会うって……」
「自分の性格知らないの? レオンは公私なら私を優先するタイプじゃん」
「確かにそうだね! じゃあ、次はできればアノールも交えて」
「それができれば、一番だね」
会場の隅、椅子に座って休憩するフィオネ。彼女の様子を、アノールとショットが診ている。
「はい、止血終わり。ありがとうアノールくん、包帯の巻き方を教えてくれて」
傷口から精霊が舞うのを少しでも防ぐために、傷を塞ぐ処置が行われていた。赤ならまだしもフィオネの傷を治す精霊は緑色。ハキアのものなので、ここでは流石に目立つ。
「いえ。偶然、昔、応急措置の講習会に通ってたことがあって」
フィオネはふうと背もたれに体重をかけた。
「で、あなたの目的は何なのかしら。何か要求したいことがあるから、こうして私の治療に協力したのよね?」
「フィオネったら! ふつうにいい子の可能性もあるじゃん!」
「いや……確かに下心はありました」
「あったんだ!?」
アノールはショットに目を向けた。
「といっても、フィオネさんに対してじゃなくて……ショットさんに対してです」
「え、私!?」
「はい。僕に……ヨルノの過去の話を聞かせてくれませんか?」
イヴの二人はそれを聞いて、それぞれ意外そうな反応を浮かべた。
「……いいけど、それはどうして?」
「僕は——本人にそうと言われたわけじゃないけど——ヨルノに好意を持たれてます」
「へえ!?」
アノールは、怪訝そうに視線を落としながら考える素振りをした。
「それこそ、僕が瀕死になったら、涙を流してもらえるほどに、大事に思われてるんです。でも僕にはアイツからそんなに好かれる覚えがない。だから気になる。ヨルノにはきっと僕を好きになった理由があって、それにはアイツの過去が関わってる……ような、気がするんです。それを知らない事には、僕は、ヨルノの気持ちに向き合うことはできない」
アノールは改めて、ショットと目を合わせた。
「だからお願いします、ショットさん。多少ですが……お金も用意してきました」
ショットはフフンと顎を上げた。
「お金は要らないよ。大したことじゃないし」
「そうですか? じゃあ——」
「でも、また今度にしようか。ほらヨルノが帰ってきちゃった」
促された方を見れば、向こうからヨルノが戻ってきている。壁に手をついてふらつきながら。
「ヨルノがいないときの方が、君も、ヨルノも、良いと思うから。次、会った時に教えてあげる」
「……分かりました。ありがとうございますショットさん」
アノールはヨルノを出迎えた。
「ヨルノお帰り……って、そのお腹どうしたの!? お手洗いに行くだけでなんでそんな傷を負うの!?」
「いやあまあ、ちょっとあってね……それよりほら、ホールの中央」
ヨルノが指さす。
「エールとキルリが踊り始めるみたいだよ。近くに行かなくて大丈夫?」
「ああ……うん。この距離ならキルリはギリギリ射程範囲内みたいだ」
ホールの裏口側にいるアノールたちから、二人は20メートル弱の距離。レオンは反対の入り口側で控えている。お互いのことには気付いていない。
レオンは、キルリに連れられて行くときのエールの様子を思い出していた。
——あの「おひょおおお」って奇声……アノール以外に対しても出るんだな。まさか……。
「じゃあ、今日もよろしく。ヨルノさん」
憎たらしい笑みで挑発するキルリに対して、エールは真面目に静かな声を返した。
「ええ。お願いします、キルリ様」
——あれ、らしくないな。
——キルリと踊るのは、これで最後。
「ねえ、キルリ様?」
「ん? なに?」
「私がどれだけ踊りが上手くなったか。ぜひ、ご堪能してくださいませ」
「——そうか。ああ。見てあげるよ。……はは。せいぜい、ついてきな!」
キルリが楽し気に笑ったのに合わせて、エールもいつも通りの意地っ張りな笑顔を見せた。
「舐めないでよ! ついていかせて、もらうから!」
二人は曲に合わせて踊り始めた。
アノールは右手をキルリに向けて、意識を集中させる。
「うん、能力者だ。〝
深呼吸をしてから、ゆっくり目を開いて、キルリとエールを見据えた。能力を発動する。
「〝
瞬間、キルリの左手とエールの右手が——すり抜けるようにして重なった。
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