第43話 元カレにして小姑との遭遇
「あ、エリカ……と、あれ、アノールにヨルノもいるじゃない。どうかしたの?」
衝撃に固まる二人に声をかけたのはガーレイドだ。裾が長くてシルエットの大きいピンク色のドレスを着ている。脇にはイエグも控えている。
「が、ガーレ……」
ガーレイドはアノールの視線を受けて、また可愛いと褒めてもらえるかと予想した。しかし——。
「き、奇遇だね」
アノールはガーレイドと目を合わせる事すらなく、空返事を返したのだ。
「あれ。ボク、飽きられちゃった? ヨルノはこのドレスどう?」
「あ? ああうん、可愛いじゃん」
「ヨルノから素直に褒められた!? 二人ともおかしいなあ。エリカ、これは……?」
「それが、現行ヨルノを見た途端、二人ともこうなってしまったのですわ」
「あの子がどうしたの?」
ヨルノは呆然としたまま、かいつまんで因縁を解説した。
「え!? じゃああの女の子が話に聞いてたアノールの幼馴染!?」
「なるほど。それは二人が驚くのも納得ですわね」
まだ衝撃に頭が回り続けている二人を差し置き、ガーレイドの方はと言うと、湧き上がってくる好奇心から、考えるより前に足が動いていた。
「え、ちょっとイエグ、行こう」
「畏まりました」
頬張るエールの視界に、美少女が映った。
——私よりかわいい子、いる。ん……? こっちに来てる?
桃色のオーラを纏う淡色の美形。ウエディングドレスと見紛う派手なスカート。
エールの前まで来ると、男性の礼法で挨拶をする。
「初めまして、ヨルノさん。ガーレイド・アー・ナイトラルと言います。ボクと踊っていただけますか? 今日はドレスで来ちゃったけれど、男性側でエスコートもできるから」
「ガーレイド……ガーレイド様!?」
——キルリの元カレ!?
ガーレイドはコホンと咳をすると、改めて右手を出した。
「ではヨルノさん、お手を」
ダンスエリアへ行ったエールとガーレイド。その後ろ姿をショットとフィオネが眺めている。お腹を抱えるショット。
「たはー! エールちゃん、これで王子コンプだ! 王都一モテてんじゃん!」
「変なフェロモンでも出てるのかしら……」
腕を組んでため息をつくフィオネ。その背中に、布で隠された切っ先が押し付けられた。
「殺されたくなきゃ諸々喋ってもらうぞ」
「お、おいヨルノ……!」
背後にはヨルノとアノール。フィオネは驚いたが、動揺はしない。
「ショット」
「はーい。〝
「アノール」
「や、やっていいならやるけど!? 3、2、1!」
ゼロ。ヨルノのナイフがフィオネの背中に押し込まれた。
「なっ……!?」
ここにきて、フィオネの冷静な表情が崩れた。ショットも自分の能力を貫通されたことに困惑している。
フィオネは顔を歪めながらヨルノをなだめようとする。
「ま、待ちなさいヨルノ。今回私たちは味方でしょう。お互いターゲットは同じなのだから」
「いいやそんなことはない。何か悪い予感がする。お前らの計画はそれで終わりじゃないな? そもそも私に扮してキルリに接近してるってのが妙だ。それがエールってのも妙。私に扮するなんてエールとしては耐えがたい屈辱のはず。ならそれを可能にさせた理由があるはず——」
「さっすがヨルノ。鋭いね。私たちの真の目的はヨルノを殺すことだよ」
フィオネが驚愕の目をショットに向ける。彼女の言外の訴えをよそにケロッとするショット。
「だってフィオネ、このままじゃあ殺されちゃうよ?」
続けてナイフを握ったヨルノの右腕に上から手を置いた。
「久しぶりだねヨルノ。ここは許してくれないかな?」
ヨルノは口を結んで目を逸らしながら、ナイフを抜いて腕を下ろした。
「ショット……久しぶり」
アノールは改めて彼女を見た。
——この人が、ショット!
メイド服に黒いインナーを覗かせる彼女。金髪のツインテールに碧い瞳。
——は?
その髪ツヤ、その顔つき、そしてその瞳の、深い海のような色。
「ガルに似すぎじゃ……」
「ん?」
ショットはふらつくフィオネを庇いながら、アノールに目をやる。
「君は? 知らない人だね。ヨルノの彼氏?」
「彼氏だよ」
「魔女の新入りのアノールです。彼氏じゃないです」
ショットはその名前を聞いて、驚きに数秒固まった。
「アノール……くん!? なるほど!?」
——な、なに。僕のことを知ってるの? エールから聞いたのかな。
「それはどうも、初めまして! ショット・イヴだよ!」
彼女はツインテールの一つを指でクルクルッと回すと、アノールに歯を見せて笑いかけた。
「ルルウに似てるでしょ。十年前、ルルウの影武者をやってたくらいだからね。その縁で〝魔女の塔〟にもいたんだよ。ルルウとクエスリィは元気?」
「えっ? えーっと……グスグス弱音を吐くのと、にゃんにゃん言ってるのが元気というなら……元気ですよ?」
「おー! それはよかった! 元気みたいだね!」
——〝魔女の塔〟って確か——十年前にクーデターに失敗した〝魔女のよすが〟の前身の組織——だよな。生き残りはあと三人って聞いてたけど……ガルとクエスリィに続く三人目がこの人か。え、そんなんもう魔女じゃん。仲間じゃん。
「アノールは私の命なんかに興味ないかもしれないけど——」
「ああごめんごめん! ヨルノがどうこうの話を聞かせてもらえます!?」
「あはは。いいよー」
「よくないわよー……」
ショットの腕に体重を預けるフィオネが力無く訴えている。ショットは彼女の肩を撫でつつ、しかし偽りなく全てを話した。
「——だから、最終的には、ヨルノを殺す作戦なんだよね。キルリ様の暗殺は通過点でしかないんだ」
「なるほどな。ムクルのやつが考えそうな計画だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれる!?」
ヨルノは特に引っかかることなく受け入れたが、アノールはそうはいかない。
「じゃあこれって、発端はエールってこと!? エールがヨルノを殺したいって気持ちが全ての始まり!? な、なんでエールはそんな!?」
「は? アノールお前、そんなん——」
ヨルノはハッと口を押さえた。
——え、もしかして。
ヨルノがショットを見ると、彼女も怪訝な表情で頷いた。
——もしかしなくてもそうみたいだね。
二人で改めてアノールに目をやった。憐みの目を。
「な、なに。その視線はなに……?」
ヨルノは鼻で笑った。
「いや。なんでもないよ」
「え、え!? なんでもないの!? 何がなんでもないの!!?」
「エールちゃんがヨルノを殺したい理由はね——」
「なんでだろうねえ、そんなに恨みを買われてるとは! いやーなんでか全く分かったもんじゃないなあ!」
アノールは二人の態度に疑問を覚えながらも、自分で考えてみることにした。
「エール視点なら……村を襲った人間の象徴がヨルノってことか……? エールって、そんなに恨みを引きずるタイプだったのか。もっと切り替えが早いタイプかと思ってたけど……僕が思う以上に、あの村に思い入れがあったのかな」
——思い入れがあったのはお前に対してだよ。
ヨルノはショットの方を見て、鼻で笑いながら肩をすくめた。ショットも苦笑を返す。
「驚いた! 踊るの上手いね」
「あ……はい。キルリに教わって……」
「ふーん。キルリに目をかけられてるんだね。いいなー」
「あっ……ッス、そうっ……です、ねえー……」
エールの首筋に汗が浮かんでいる。冷たい汗が。
——な、なんか圧を感じるん、ですけど……。
「貴方はキルリと幸せになりたい?」
「えっ……いや……」
——こ、この、なに? なに!? 何を聞かれてるの私は!?
「キルリが本命じゃないの? なのにキルリと踊ってるの? 酷い人だなあ」
ガーレイドはからかっているつもりだが、エール視点では、キルリの元カレ(カノ?)且つ小姑から詰められているようにしか感じられなかった。
——元カレで小姑って……なんだよ……! 意味わかんないよ……!!
「あ、あの……」
「あ、そっちから何か聞きたい? いいよー何を聞くのかな?」
「えっ……その、キルリと……付き合ってた、らしい、ですね?」
「そうだね。でも飽きられちゃった。お兄様、飽きっぽいところあるんだよね」
——うわあ! キルリが一方的に振ってる! じゃあこの人もしかしたらまだキルリのこと好きじゃん! ぜったい私に敵対心持ってるじゃん!! ぴやああああ。
「ボクさ。キルリのことは好きだけど、でも嫌いでもあるよ。それこそ殺したいくらいに憎んでる」
——おほおおお、愛憎だあああ!
「キルリはね、一時期自殺にハマってたんだ」
——え?
「なんでだと思う? 聞いたら答えてくれたよ。『飽きたから』だって」
ガーレイドはなんてことない態度で話すが、エールは当然、眉間に皺を寄せている。
——な、何の話?
「キルリはさ。能力を手に入れた幼少期から、ずっと人の内心の全てを見透かして生きてきたんだ。誰もかれも、キルリのことを第一王子という肩書でしか認識してなくて、一人の人間として見ていない。それを五歳の頃から否応なく理解され続けた。そんな歪んだ生育環境だったから、アレは自分の命の価値みたいなのが分からなくなっちゃったんだ」
「その、どういうことか分からないんですが……」
エールはキルリの能力で読心が可能だと知らないので、いまいちピンと来ていない。ガーレイドはそれを分かっていながらも、変わらず語り続けた。
「でも、だからといって自分の命を軽んじる人って、どう思う? しかもそれで、死なないんだよ? 笑えるよね。死にたい死にたいって言いながら、毎回失敗するんだ。アレは生きるのに命を懸けてないんだ。惰性で生きてるんだよ。
これさ、傍で見てると凄くムカつくんだ。まるでこっちの命にも価値が無いと言われてるみたいだからさ。じゃあ殺してやるよって気分にもなる。オリーブお兄様は早くから殺すための準備をしていた。ボクは、アレに歩み寄る努力をしようと思って読心術を覚えたけど、それでもあの視座には到底至らなかった」
「何が……言いたいん、ですか?」
「あれ……君のことを聞こうと思ってたのに、ボクばかり喋っちゃったね。ごめん」
「い、いえ……」
一曲終わり、二人は足を止めた。
「きっとオリーブお兄様もそうだったんじゃないかな。ボクも同じってこと」
「……!? あなた、どこまで知って——」
「でもボクはまだ、キルリのことが好きだ」
ガーレイドは粛々と礼をしてから、エールに微笑みかけた。
「だから……もし君がキルリをここから連れだしてくれるなら、それはそれで、悪い結果ではないんだ。もちろん殺せた方がせいせいするけどね」
そう言い残して、飄々として去っていった。しかしエールの方は、しばらく動けなかった。
——そんなことを、言われても。私はキルリを……殺すんだから。
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