エールが王子様の誘拐に思い至るまで

第42話 キルリ暗殺——決行日


「——だから、シワスはその計画には関係してないの! そういう計画が実行中だって聞いただけなんだあ!」


「ふーん」


 ヨルノがシワスをグサグサやっているのを、意識を取り戻したアノールが隣でしゃがんで眺めている。まだ血は止まっていないものの、なんとか発話が可能なくらいまでは回復していた。指輪を左の小指に嵌め直しながら尋ねる。


「僕らの計画って、イヴの一家にバレてたんだ。なんでだろ」

「なんで? おら」

「話します、話しますからあ!」


 シワスはアスキアから情報を引き出したのがギラフだと話した。


「教会の人間になってたんだ。世渡り上手だなあ」

「他に何か知ってることないの? この計画に参加してるイヴは誰?」

「ギラフとフィオネと、あと——ショットです!」


 最後の名前を聞いて、ヨルノの手が止まった。


「ショット……」

「ん? ショットって誰? ヨルノは何が気になったの?」

「あっ」


 ヨルノが止める前に、シワスはもう答え始めていた。


「ショットは……十年前にヨルノを暗殺しようとしたけど、できなかったヤツだあ。だから……ヨルノにとっては、命の恩人? 的なカンジ?」


「命の、恩人」


 アノールはヨルノの顔色を窺った。微妙に不機嫌そう。


「き、聞かれたくなかった? ごめん……」

「いや……別にそんなことはないけど。ただ、その話は自分から言うつもりだったから」


 シワスは他に——イヴがヨルノの代役を用意したのはキルリが精霊体かどうかを明らかにするため——という件だけ話して、後は懇切丁寧にお揃いにされてから、解放された。路地の隅をぴゅーんと流れていく。


「逃がしてよかったの?」


「〝形態変化フレーム〟系はただでさえ捕縛が難しいし、シワスは動くの速いからさ。下手に殺してイヴを刺激するのもあまり得策じゃないだろ。今回は目的、同じなんだから」


「それもそう……か」


 二人は荷物を抱えるとその場を後にした。拠点へ向かう道中、アノールは一人の人物の名前を頭に刻んでいた。


 ——ショット。ショットさん、か。ヨルノの過去を知っている人。





**





 ギラフが王都で借りた部屋で椅子に座り、ぼーっと休んでいたところ。窓が勝手に空いて、べたべたしたひと固まりの液体がズルリと入ってきた。


「お? シワスちゃん? お帰り」


 それは力なく床に落ちて、人型に戻るとそのまま仰向けになって床に寝た。


「し、しんど、い……」

「うわ。派手にやられたね」


 シワスの身体は穴だらけで、腐ったチーズの様だった。赤い精霊は特に顎の下に集まっており、そこが一番ひどい傷であることが見て取れた。


「喋りたくも、なーい……ガフッ……」

「で、なんでそんなにボロボロなのに帰ってこれたの? なんか話して許してもらったのかい?」


 シワスはばつが悪そうに目を逸らした。


「……べべ、別に、暗殺の依頼ってわけじゃないんだあ。守秘義務とかじゃあ……ないっしょ……?」

「どこまで話したかは聞いとかなきゃなあ」


 ギラフはシワスにペッと唾を飛ばした。当然〝体液変化―毒デッドヴェール〟済み。


「ああああああっ! 痛い痛い痛い痛い! ちゃんと逃げずに帰ってきたんだから許してよっ!」

「それも確かに。で、ヨルノ奪取が失敗した場合の対処は、ちゃんと言った通りにしてきたんだろうね」

「クソがー……」

「なんて?」


「な、何でもないっす……。言われた通りにしてきたよ。『ヨルノの誘拐は、あくまで計画を又聞きしたシワスの独断で、王子暗殺の件とは全く関係ない』ってことになってると思う」


「思う?」

「なってます! してきました! そう言ってきましたあ!!」


 シワスは叫んだ後、はあはあと息を切らした。ギラフはふてくされる。


「はーあ。そっか。じゃあ結局また私の作戦は失敗か。ムクルどのの案でいくことになるなあ。私、暗躍には向いてないのかな」


「脳筋の戦闘狂にそんなのできるわけないジャン」

「よいしょっと。ふう。こっちのワインとこっちのワイン、どっちを——」

「ごめんなさいごめんなさい血の方が痛いのでやめてください……」





**





 そうして数日後、キルリ暗殺の決行日は、遂にやってきた。


 アッカラ村の襲撃から一か月と一週間後。


 アノールとヨルノはエリカの従者としてパーティーにやってきていた。エリカが諸氏への挨拶に向かい、二人は会場脇の柱の陰に残される。


 このときのパーティーホールは王都で最も大きいものだった。王城付設のもので、縦横四十メートル近くある。同じ会場といえど遠巻きでは、かなり注視しないと人物を見分けられない。二人の顔にはある程度の匿名性が保証されていた。


「ど。メイド服な私もカワイイっしょ」

「まあ。似合ってんじゃない?」

「やり直し」

「可愛いってばあ」

「心がこもってない。もう一回」

「だる……」


 アノールが来たのは、万が一に備えてキルリの能力の操作感を確かめておくためだった。ヨルノがついて来たのは、自分に扮する人間がどういう顔をしているのか拝んでやるためだ。


 エリカが戻ってきて二人に声をかけた。


「お二人。向こうの数人がホーク家一派らしいですわよ」

「ありがとうございますエリカ様」

「へえ、どれどれ、どんだけ可愛けりゃあ私の真似ができるのかな?」

「どんだけ性格の悪そうな顔をしてるのやら分かったもんじゃないな」


 アノールとヨルノはその数人に——そして、その中心に居るドレスの少女に目を向けた。





 ホーク家陣営。フィオネにショット、そしてエール。


「今日はキルリ様、遅れるらしいわよ」

「へー、またお仕事が長引いてんのかな?」

「そう……なんだ。じゃあ、ご飯、食べてようかな……」


「エールあなた……緊張してないのね。今日はちゃんと誘われるままベッドまで行くのよ」

「分かってるよ」

「別にコトをしてくる必要は無いからねエールちゃん! 適当に拒否して後は寝込みを襲えばいいから!」

「分かってる。殺した後は、逃げればいい、だけ、だよね。逃げるだけなら簡単だし」


「本当に大丈夫かしら……」

「大丈夫だってば!」


 過保護にプンプンと腹を立てるエール。彼女はこういうが、しかしフィオネが心配しているのは、別のことだった。


 ——キルリに絆されやしないでしょうね……。





 アノールとヨルノは、同時に言葉を失った。固まりながら、エリカの背中の後ろに少しずつ引っ込んでいく。


「ど、どうかなさいましたの?」

「……なあヨルノ、見間違いじゃないよな」

「私も、アノールにそう聞こうとしてたところだよ」


 二人は再び、エリカの後ろからひょっこりと顔を出してヨルノに扮する少女に注目した。プレートを手に持ってモグモグと料理を頬張る彼女。


「「エール……!?」」

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