第38話 魔女の作戦会議

 アノールは隣の席のヨルノに小声で尋ねた。


「どちらさま?」

「エリカ様だよ。この屋敷を貸してくれてるんだ。ガルの親友さ」

「へえー、ガルってクレアムルの貴族さんと友達なんだ」

「うん。ガーレイドみたいな出資者でもあるから、挨拶しといた方が良いかもね」

「そうだね、分かった」


 エリカが席に着く前に、立ち上がって声をかけた。


「あ……初めまして、アノールです」

「ああ、ご機嫌よう。この屋敷の主人、エリカですわ。お話には伺っています、ご活躍、期待していますわよ」

「わ、分かりました!」


 席に着いて、またヨルノとこそこそ話。


「いい人そうだね」

「言っとくけどマジでいい人だよ。マジ」

「その脅し文句からホントにいい人なことあるんだ……」


 集められたのはアスキアを除く魔女全員と、ガーレイドにイエグ、そしてエリカ——と、もう二人。涙ぼくろの女と苺ネクタイの老人。


「私も挨拶しといた方が良いかなー。アイン・トーでーす。ぷぷぷー。よろしっく」

「では僕も。ストロベリーって言うよ。ロベリーと呼んでくれたら嬉しいな」


 〝四人の戦術兵器〟のお二方である。


「あの人たちなんでいるの」

「聞きたいのはこっちの方だよ。ガルに聞けよ」

「あ、口の上手い男の子くん、久しぶりじゃん。挨拶ついでに腕相撲しない?」

「しない! 負けるから!」


 ボードの前に立つガルがコホンと咳をした。アノール、黙して背筋を伸ばす。


「では改めて、話していきましょう。みなさま今日はお集まりありがとうございます。わたくし〝魔女のよすが〟の頭領、ルルウ・ガル・ヴァルカロナと申します。さて、本日の議題ですが——」


 ガルがブラックボードをバンと叩いた。大きな字で書かれているのが本日の議題。


「『お父様もお兄様も暗殺作戦!』! これの情報を整理していきます!」

「なんてクールな作戦名なんだ! 誰が考えたんだい!?」

「ガーレイド様、お言葉ながら失礼します。みっともないです」


 ガルはくるっと黒板をひっくり返して皆に視線を戻す。


「さて……しかし今回のこの計画ですが、一筋縄ではいきそうにありません。それは〝銀の鶴翼〟の介入と、〝イヴの一家〟とのダブルブッキングが見込まれるためです!」


「既に〝イヴの一家〟にさえ気付いていましたの? 流石ですわね、ルルウ」

「疑惑でしたが、今のエリカの発言で確信に変わったところです!」

「まあ、来て良かったですわ」


「しかしまずは、それ抜きで一旦情報を纏めましょう! それだけですらちょっと複雑なハズですから!」


 妙にハイテンションなガルが、どこから手に入れてきたのか、教鞭を床に打ち付けている。


「ガルちょっと様子おかしくない?」

「この調査報告会はガルの打つ手が上手く行ったかの答え合わせでもあるからね」

「ああー、何か納得」


 ガルが最初に指し示したのはガーレイドだった。


「ではガーレイド様、まずは作戦の具体的な内容を教えてください!」


「おーけー。これは、三人の人間を殺す作戦だ。


 一人目、『現国王 お父様』。

 二人目、『第一王子 キルリ』。

 三人目、『第二王子 オリーブ』。


 だね。その目的は、ボクがこの国の王になるため。もしボクが王様になったなら、君たちへの今まで以上の支援を約束しよう。いつかは共に教会を打ち倒すとも、約束するよ」


「では、それぞれの情報を見ていきましょう。まずは現国王について。イエグさん!」


「はい。病気にかかっています。もう随分長い間、調子が良くないようですね。直接お見えする機会がありましたが、間違いありません。かなりの重体です」


「では次、キルリさんについては——」


「当然ボクだね。キルリは、〝形状変化—情報ゴーストフレーム〟という能力を持っている。詳しくは手元の資料を見てほしい。これは発動されたら無敵といって差し支えない能力で、不意打ち以外で殺すのは不可能に近しい。もしくは——」


 アノールはガーレイドの視線を受けて頷いた。


「ここまで能力の詳細が分かってるなら多分大丈夫。元よりオンオフを操作するくらいなら初見でもできる。でも万全を期すなら、事前に一度〝能力の盗用クラック〟の感触を確かめる機会があると、安心できるかな。ぶっつけ本番は怖いし」


 ロベリーが忠言する。


「君の能力は確かに最強の初見殺しだが、その存在が世間にバレたのを最後に、奇襲性が失われてしまう。迂闊に露見することがないよう気を付けた方が良いだろうね」


「え……はい。分かりました。ありがとうございます」


 ——この人、今回は本当に僕らに協力するんだな。ガルは一体どんな説得をしたんだ……?


「はい、ありがとうございます! ではガーレイド様、続けてオリーブさんの情報をどうぞ」


「非能力者だ。だからあくまで人柄の解説をするね。すっごく賢いけど融通が利かなくて、貴族とは対立しがち。野心家だけど世渡りベタなところがあるかな」


「ここでアノールくん!」


「うん。兵士さんたちの噂話で聞いてきたんだけど、オリーブ様はどうやら王様を診てるお医者さんと裏で繋がってるみたいだよ。しかも物陰でお金を渡していたんだって。噂話とはいえ二、三度以上耳にしたから信憑性は高いと思う」


 ヨルノが考え込む。


「オリーブが医者を買収してるってことか」


「そしてそんな行為の目的は一つしか思い浮かばない。オリーブ様は王様を殺そうとしてるんだ」


 イエグが「しかし」と手を挙げた。


「今、彼が王を殺そうとする理由がありません。今殺したら、次の王はキルリになってしまいます」


「オリーブお兄様は絶対にキルリを殺そうとしてるはずだよ」


 ——確かに。なんでだろう。


「この考察は既に終えられているのですが、後で語るので一旦保留しておきます」


 ガルはここまで黒板に書くと、長い線でこれらを仕切った。現在、黒板の三分の一ほどが埋まっている。残りが、銀翼とイヴの情報を書くエリアらしい。


「では次は〝銀の鶴翼〟について報告してもらいましょう。イエッタさん!」


「ウチはガルから謹慎を言い渡されとったけんしばらくハーキアにおったんやけど、現地で聞くところによると、どうやらオニクスちゃんとレオンくんはクレアムルに移動したらしいんよ」


「その件は不肖自分の耳にも届いてます。二人は王都ラセグリエンドの傍にある、正規軍の駐屯地に入ったようですねえ」


「で、二人がいなくなったと聞いて、ウチは喜び勇んでハーキアの拘置所を襲撃したんやけど、アスキアたんの牢屋は空になっとったんよね。ならアスキアたんは今、多分その駐屯地におるんかなあ」


 ガルはイエッタの後ろまで歩いていくと、彼女の肩を後ろから優しく撫でつつ、相当大きな音を立てて彼女の目前に辞書を叩きつけた。


「はい。イエッタさんは『謹慎』の意味を三億回読み返しておいてくださいね」

「こ、こわ。こわ。こわいわぁ~……」


 ——ガルって怒るとあんな感じなんだな……。


「えー……で、彼らがそのような行動をとったのは何故か? と考えると——あまり考えたくは無いことですが——アスキアさんが計画を漏らした、とするのが妥当でしょう。とりあえずこの体で行きます」


「ボクのことはバレてないといいけれど」


「そこがバレてるともう計画自体ご破算、ガーレイド様も仲良く破滅なので、考えないようにしましょう。とはいえ彼らの行動を見るに、『魔女が王子を殺そうとしている』くらいまでしかバレていないとは思いますね。そしてこれからのオニクスちゃんの行動ですが、おそらく王子たちの護衛に名乗り出るのではないでしょうか」


「王子的には断る理由が無いね」


 続けてガルは銀の鶴翼への抜擢が報じられたメンバーを紹介する。能力が判明している者についてはそれらも解説した。


「次に〝イヴ〟関連行きましょう。アノールくんには衝撃的な話が出るかと思いますが、あまり進行の妨げにならないよう努力していただきたいです」


「え? う、うん、分かった」


 ——どういうことだろ。まあ別に、どんな話が出ても声を上げるようなことは無いだろうけど。


「にゃー。オイラは今回の件とは直接は関係のない任務をガルから仰せつかっていたんにゃけど、その折に、クレアムル貴族であるムクルにゃんがエールにゃんを使って暗殺をしている場面に出くわしたにゃ」


 ──変な名前が出たな。エールかあ……。


「……って、エールがどうしたって!?」

「アノールにゃん。アノールにゃん」

「あ、ごめん」


 ——やっちゃった。……って、え? なんて? えぇ?


「エールにゃんっていうのは、オイラたちの知るところではただの田舎娘だったにゃ。それがなぜ『暗殺』なんて稼業に身をやつしているのか。それは、あのとき村にいたギラフが誘った、以外には考えられないにゃ。つまりエールにゃんは現在〝イヴの一家〟。ムクルにゃんは〝イヴの一家〟を使って暗殺をしていたということになるにゃ」


 ——ま……マジかー……。エール、暗殺者やってるんだー……。いや、あの能力ならめちゃくちゃ向いてるけどさ。いや、向いてるわ。天職じゃん。


 ヨルノが背もたれを鳴らして天井を仰いだ。


「はー! アイツ、またそんなことしてんのか! バカがよ百回死ねよ死ね死ね死ね」

「ん? その、ムクルさんって人は、昔にも〝イヴの一家〟に暗殺を依頼してたの?」


「そうだよーアノールー。十年前のある日まではねー。でも……あんな件があって、ムクルがまたイヴに依頼をしようとするなんて、意外に思えるな」


 ——知らない話だ。「あんな件」……察するに、〝イヴの一家〟は、十年前に依頼を受けたときに、ムクルさんの信頼を失ったのかな? 「しくじった」とか「報酬をゴネた」とかかなあ。


「ええ。その件、イエグさんに調べてもらいました」


「はい。ムクル氏周りの人間関係を調査してきたのですが、クエスリィさんが殺されるのを目撃したという貴族——彼は、ムクル氏にとって確かに『少し邪魔』な存在でした。しかし、所見ですが——『殺し屋を雇ってまで殺す相手ではないのでは?』とも、思いました。彼は元より拠点を地方に置く方でしたので」


「私と同じですわね。王都貴族のしがらみとはあまり関わっておりません」


「という報告を受けたわたくしは、『これは本命の暗殺ではなく、〝イヴの一家〟が実用に足るか試しただけなのかもしれない』という疑惑を持ちました。そこで、ドミエンナさんに調査を依頼したんです」


「不肖自分はガルからのオーダーを受けて、自分の部下にムクルどのの邸宅——ホーク家を張らせておきました。しかし、直接〝イヴの一家〟がホーク家に立ち入るところを目撃することは叶いませんでした。相手も流石にプロですねえ」


「妙な言い方だにゃ。間接的には見たのかにゃ?」

「ええ。部下が一人帰ってこなかったので」

「おっ……ご冥福をお祈りするにゃ……」


「ということで、ホーク家がかなり最近まで〝イヴの一家〟と接触していることが判明しました」

「ん? ここまで結構聞いてきたけど、今回の計画とのつながりはまだない……よね?」

「そうですね、ドミエンナさんもう一つお願いします」


「はぁい。自分の部下をホーク家に張らせて分かったことがもう一つあります。それは、第二王子オリーブ様が頻繁にこの屋敷を訪れているという事実、ですねえ」


「オリーブお兄様が? ムクルと? ホーク家はキルリ派だと思ってたけど」


「ガーレイド様の目から見て不自然に映るという事は、かなりの事情があるということです。ここで、さっきの『オリーブが王を殺そうとする動機』の話が出てきます」


「えっと……今、王様を殺すうまみはないって話だったね」


 アノールにヨルノも続く。


「けれど、医者を抱き込んでるから、『いつでも殺せる』状況にある、と言えるかもな」


 対面の二人、クエスリィとドミエンナも。


「王になるには、キルリにゃんを殺してから王様を殺さなければならないにゃ」

「そのためにムクル氏を頼ったとするなら……」


 イエッタは辞書を目で追っている。


「『謹慎』。名詞。意味。一定期間外出を——」


 最後にガルが総括した。


「出来上がるストーリーは『キルリを殺したいオリーブが、暗殺一家と繋がりのあるムクルを頼った』というものです。オリーブさんが情報をどこで手に入れて来たかは知りませんけどね。ムクル氏側から提案した可能性もあります。まあそこの真実はどうでもいいことです」


「なるほどですわ。分かっていたのがここまでなら、確かに『疑惑』ですわね」

「エリカさんはどんな情報を掴んできたんですか?」


「情報というか、自分の眼で見てきたんですけれど、イヴがホーク家の使用人に扮して舞踏会に参加していましたわ。そして、ヨルノを名乗る少女が、キルリと一緒に踊っていました」


「は? なんて? 私? 私のフリしてるやつがいんの? えー、見てみてーな。私より可愛かったら殺しちゃお~」


「私の証言を加えるならば、〝イヴの一家〟がキルリを殺そうとしているのは、かなり確実に思えますわね」


「ありがとうございます、エリカさん」

「どういたしまして、ですわ」


 ガルは満足そうに鞭をパタパタと鳴らした。


「よーし! じゃあこれで、この作戦を取り巻く状況はかなり分かってきましたね! ではさっそく、計画立案の方に移りましょう! 私が用意した草案がこちらです——」





 会議の休憩時、エリカがガルを自室に呼んだ。


「ど、どうかしましたか? 何か?」


「失礼、私まだ報告していないことがありますわ。けれど、それをあの場で言うべきかどうかが分かりかねましたから、ここで言わせてもらいますわね」


「えっ? あの——」

「イヴが真に殺そうと狙っているのは、ヨルノですわ」


 ガルは眉間に皺を寄せる。


「……それは」

「強いて言うならば、ムクルがそれを狙っている」


 情報を飲み込んだガルは、宙の一点を見つめて考え始めた。思考が高速で回り、頭の中でピースが組み上がっていく。見る見る間にパズルが形作られる。


「いえ……ありがとうございます。それを私だけに言ってくれて。おかげで、この状況の上手い使い方が見えてきました」


 ただ虚空を真剣に見つめて考え込むガルを見て、エリカは少し苦い顔をした。


「そのように考えるよう誘導した私が言うのも……考えものかもしれませんけれど。あまり味方を騙すような真似はしない方が良いですわよ」


「はい。そうですね気を付けます」


 ガルは上の空で返していたが、ふと何かに気付いて顔を上げた。


「そういえば、どうやってそんなことを知ったんですか? まるでイヴの誰かに直接聞いてきたみたいですね。まさか、ショットが帰ってきているのですか?」


 エリカは肩をすくめる。


「……返事をする必要が、無くなりましたわ」

「ショットも、帰ってきている……」


 ガルは不意にフッと笑った。その視線は、過去の情景に向けられていた。


「〝魔女の塔〟の生き残りは、あと三人、か」

「私は含まれていないようですわね。幸いですわ」

「含んでほしければ、数えてあげますよ」

「嫌ですわよ。なんだかその数え方、縁起が悪いですもの」

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