第37話 思惑の交錯するダンスホール

 エールは足さばきにひたすら集中していた。


 ——は、はやく、はやく終わってえええ!!


 そしてミスをする。


「う、わあああ……」

「はいきたあっ!」


 しかしどんな転び方をしてもキルリがカバーしてしまう。


 エールが45度傾いたならばキルリも同じだけ傾いてバランスを取る。この場合は傍から見ると扇型だったわけだが、それ以外にも葉巻型や錐型など様々な形態を披露した。


「まあ。見たことない技ですわ」

「流石のキルリ王子ですね。前衛的だ」

「どうやら私たちは、芸術の最前線に立ち会わせてしまったようですね」


 それらのポーズが披露されるたび、会場では拍手が起こっていた。エールの思いなど露知らず、指揮者と楽団もノリノリで神業の溶接術を披露し演奏を続ける。このダンスはもう一幕は続く。





**





 最後にキルリが降り立ったのは、麦畑の広がる素朴な村だった。


「青い匂い、陽の暖かさ、麦の輝き……」


 キルリは驚いた。


「凄い鮮明な記憶だ。これはアレだな。心の故郷ってヤツだ」


 丘から村を見下ろすエールに、誰かが声をかけた。


「おは~」

「……レオン。おはよう。何か用」


 レオンはトテテとエールの隣に並んできた。にやにやしてエールを覗く。


「ふふーん。で、昨日のデートはどうだったの~?」

「はあ……。キモいんだよ、死ねよマジで……」


 エールはこの前の日、アノールに連れられて街へ遊びに行っていた。つまりデートだったわけだが——。


「キモい……本当に心の底からキモい……。レオンがここで声かけて来るって事実だけで、凄く、嫌。ムカついてきた……」


「そんな! 酷いなあ」


「だって……レオンがそれを知ってるってことは、アノールを唆したのも……レオンってことになる……じゃん。アノールが誘ってくれて、嬉しいと思った、のに……!」


「ええー? 俺は唆したりなんてしてないよ。ただ、アノールに『最近王都で流行りのご飯屋さんがそこの街に出来たらしいよ』って言っただけなのに~」


 エールは諦めのため息を吐いた。


「あーあ。はいはい、ありがと。おかげさまで、凄く楽しかったよ」


 レオンは緩く微笑んだ。


「それはよかった」


「と、いうか……レオンもついてこればよかったのに。街に行くの、久しぶりだからホントに……楽しかったよ。もったいない」


 キルリの手元にミニキルリが情報を運んでくる。この村から最寄りの栄えた街までは子供が徒歩で行ける距離ではないので、たまに来る行商人に足を頼む必要があるらしい。


「いやいや、俺は別にいいよ。俺がいたらきっとアノールも楽しくないし」

「そんなこと……無いと思うけどな……」


 数秒の沈黙。涼しい風が草原の草を撫でつけて波を作っている。


「ねえ、アノールの説得、できた?」

「ううん、できない。選抜は受けるって言って聞かないや」

「そうか……」


「申請も受理されちゃったらしいし……もう受けるには受けなきゃいけないだろうね」

「でも……八人に一人、らしいもんね? きっと通らないよね?」

「うん」

「それなら、うん。大丈夫」


 レオンは苦い顔をして目を逸らした。


「……ごめんエール。俺のせいだ」

「フッ。それは、うそでしょ。アノールのせいだよ。まったくアイツが、バカだからさ」


 レオンも「確かに」と、クスッと笑った。





**





 演奏はクライマックス。いつの間にか踊っているのは中央の二人だけになっていた。


 指揮者は左手を震わせながら持ち上げ、ついに力強く握った。二人が最後のポーズを決める。一拍遅れて、万雷の拍手といくつもの称賛の声が周りから贈られた。


 キルリも少し息が荒くなっていた。


 ——最後の記憶はハズレだったな。特にヨルノに繋がる情報は無し。この子の個人的な記憶……か。レオンって名前……まさかな。


 エールを見る。踊りに必死だったために焦点が合っていない。初々しさに思わず笑みがこぼれた。


「おつかれ」


 エールは慌てて視線を上げてキルリと目を合わせた。キルリは頬に一滴の汗を流して、息を戻しながら微笑んでいた。その表情が不意にエールの胸にグッと刺さった。


「ひやっ……あ、ありがとう、ございましたっ」


 エールは慌てて繋いだ手を離して礼をした。キルリも一歩引いて礼をする。


「じゃあ、この後——」

「すいません今日はもう帰りますぅぅ……!! さようなら!!」


 キルリが誘う前にエールは背を向けて、「おひょおおおお」と小声で叫びながらそそくさと観衆の中へ戻って行ってしまった。


「あっ」


 ——なにその声。


 キルリは一人ぽつんと取り残された。


 二人の舞踏を見ていた観衆も少しずつばらけ始める。ぽかんとしていたキルリは、何故かどうしようもなく面白くなってきて、下を向いて口元を抑えた。


「は、ははは」


 ——凄い。凄く凄く、面白い。


「ああ、こんなに面白いことは久しぶりだ。こんなに興奮するのはいつぶりだろうな。やっぱり命懸けのゲームは、面白い」


 エールが逃げて行った方に目をやる。


「オリーブか、ガーレイドか? やっと期待に応えてくれたな。真っ向勝負と行こうじゃないか」





 駆け込んでくるエールを、メイド服のフィオネとショットが出迎えた。毛先の茶色い緑髪と、金髪のツインテール。ホーク家の使用人という体で着いてきている。


「フィ、フィオネッ……!」

「よく頑張ったわエール。本当によく頑張ったわね、凄いわよ」


「ええー? あのままベッドまでいってたら、針を刺すタイミングなんていっぱいあったのに。もったいなーい。つか殺すとこまで行けたかも、わら」


 振り返り。エールがこんなことをしているのは、あくまでキルリが精霊体かどうか明らかにするためである。


「ベ……ベッド……?」


「お前、エールのこの様子を見てよくもまあそんなことが言えたわね! こんな酸いも甘いも苦いも辛いも知らないお芋さんがベッドまで連れ込まれてみなさい! あれよあれよと手玉に取られて計画全部喋って終わりよ!!」


「もしかして私、バカにされてる……?」

「ははは、確かに」

「もしかして私、バカにされてる……!!?」


「じゃあ今日はとりあえず帰ろっか。帰ったら反省会かな!」





 イヴ陣営が退出していく。その折。


「ねえショット」


 水色髪の縦ロール、女貴族エリカがショットに声をかけた。憂いを帯びた表情。


「えっ……エリカ。エリカ! エリカじゃん!! 久しぶり~もしかして十年ぶり?」

「もしかしなくても十年ぶりでしょう……。話があるのですけれど、いいですわよね」

「えっいいよー?」


 ショットはフィオネに「じゃ」とだけ言い残して、エリカと二人でテラスに出て行った。


 エールは、ホールから出て廊下を歩きつつ、フィオネに尋ねる。


「ショットって、クレアムルの貴族の人と友達なの?」


 フィオネは苛立っているようだった。少し強めの語気で返す。


「あー。そうね、そうよ。だって考えてみなさい。ショットはヨルノと友達って言ってたんでしょう? それでヨルノはクレアムル貴族ホーク家の娘だったのよ。なら、アレが貴族と知り合いで何の疑問があるの? ありえておかしくない話でしょう、頭を働かせなさい」


「ご、ごめんじゃん……そんな怒んないでよ……」


 そこでフィオネは、苛立つ自分に気が付いた。


「……はあ。こっちこそごめんなさいね。ただ……ショットが一体どこまでペラペラしゃべるのか想像したら、イライラして仕方ないのよ……!」





 夜の庭を見下ろすテラス。ホールの明かりがぼんやりと照らしている。


 エリカは手すりに背中を預けて腕を組んだ。


「アレはなんですの? どうして他人がヨルノのフリをしてるのかしら」


 頭の後ろで手を組むショットは「あはー」と適当な相槌を打った。


「私はこの計画には途中参加だからあんま知んないんだよねー」

「ムクルが噛んでいるのでしょう。ならヤツはヨルノを殺すつもりでいるはず。コレは間違いなくその計画の一端ですわ」


 ショットは目を逸らしながら身体をくねくねと揺らしている。


「どうかなー。秘守義務だし言えないなー」


 しかしエリカは彼女の一瞬の沈黙と逡巡を見逃さなかった。衝撃に目を見開く。


「……まさか、あなたたちみんなそのつもりですの? ムクルに騙されているわけではなくて? ヨルノを殺す計画だと分かった上で加担しているといいますの? あなたにとってヨルノはその程度の存在だったと言いますの!?」


 続けて心の底からの嫌悪の表情を浮かべると、ショットを指差して非難した。


「見損ないましたわよ、ショット・イヴ」

「揺さぶっても何も言わないよ。たとえ無二の親友だとしてもね」


 余裕の態度で跳ね返されて、エリカの身体がピクリと固まる。ショットの方も、彼女の僅かな動揺を見逃しはしない。


「嬉しいな、まだ私のことを好きでいてくれてるんだ」


 エリカはため息をつくと、再び手すりにもたれた。


「……そんなわけありませんわ。ただ、自分の大根役者っぷりに嫌気が差しただけですわよ」

「そっか」


 フィオネはエリカの隣に行って、手すりに肘を置き、月を仰いだ。


「十年ぶりだね」

「一度も顔を見せないなんて、酷い人ですわ」





 馬車でショットを待つ二人。


「計画のことを話すかもしれないんだ。ショットがエリカさんに」

「そうよ」

「それは……確かに困るね。貴族なら……キルリにバラしちゃうかもしれないもんね」


 フィオネは頭痛に目を瞑った。額を指で押さえる。


「違うわ。ショットが話すかもしれないのは、ヨルノを殺す方の計画よ」

「……? どういうこと? それなら……まあ、いいじゃない。貴族の人がヨルノを庇いはしないでしょ」

「——それがありえるのよ」


「何も言ってないよ! 当然じゃん! そんなことしたらギラフに殺されちゃうし!」


 フィオネが馬車に入ってきた。「このこのー」とフィオネの身体を小突いている。


「だから、もしヨルノ絡みの計画が魔女にバレてたとしても、私のせいじゃないからさ!」

「……まあ……そうね。そういうことにしておいてやるわよ」

「??」


 ——全然分かんない。ヨルノって何者で、エリカさんとショットも何者なの?





 エリカは日が昇ってすぐに馬車を出し、半日以上かけて自分の領地に帰った。とはいえ自分の屋敷に戻ったわけではない。馬車が止まったのは領地の外れ。森の中の洋館の前。それはもともと彼女の父親が来賓用に立てた別荘だった。


 エリカは扉をあけ放つ。シャンデリアの入り口ホール。誰が出迎えることも無い。


 ——話では、今日が重要な会議という事でしたわね。


 まっすぐに食堂を目指して、また派手に扉を開け放った。


「え、エリカ!?」


 ガルが驚いて顔を向ける。エリカが見渡せば、魔女の面々の他、ガーレイドとイエグまで席に着いていた。


「会議、まだ始まっていないようでしたら、わたくしも参加しますわ。よろしくて?」


 エリカ・アー・エンドロール。ガーレイドと同様、魔女の協力者である。

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