3章 〝銀の鶴翼〟編 

レオンが魔女の渉外と仲良く座って話すまで

第19話 魔女狩りの始まり

 各国の要人たちが集まる広場。ハーキアの王族はもちろん、クレアムルの外交官に、加えて中央教会の大司教の姿まである。


 アスキアは今日も白いおかっぱをサラサラさせている。


「これほどの高官が集まる会議場はこの百年で初めてでしょうね。だというのに、我々がいるこの部屋のような、格好の狙撃ポイントが押さえられていない」


 今日のイエッタちゃんの髪型はお団子。


「な。ホンに、なこと」

「ええ。誰が隊長になったのか、察しが尽きます」


 二人の衛兵が銃を天に構えて祝砲を放ち、民衆は静まった。中央教会は〝十人の大司教〟が一人、ルミネウスが壇上に登る。厳粛な雰囲気を纏い、カツカツという杖の音だけを響かせる。


 市民を見下ろして、口を開いた。


「十年前。神威は穢された。そう、〝魔女の塔〟だ。奴らは信徒を妄言で惑わし、あまつさえ手形の強奪をも目論んだ。それが、十年前のこと。


 しかし奴らの凶行は収められた。中央教会とクレアムルが合同で立ち上げた特殊警察隊、〝銀の翼〟によって……」


 たらたらと歴史を語る。イエッタは心底眠そうにあくび。


「話長いなあ」

「彼も同じようですよ、ほら。怖いもの知らずですね」


 演説の舞台の傍にいる、銀の腕章を付けた二人の人間、そのうちの一人。少年らしい彼は、イエッタと同様にあくびをしていた。近くの人間には気付かれていないようだ。


 腕章は左肩。ラフな格好の少年。黒いシャツで、首元に白いインナーが覗いている。灰色のズボン。ダボッとした深い緑色の上着を羽織る。袖をまくって骨ばった手首を見せている。首には簡素なネックレスが一つ。


 黒い髪は軽い印象でサバサバして見える。髪と同様に黒い瞳は、大きく開いて明るい印象。


「そろそろ隊長さんの出番のようですよ」


 演説は続く。〝アッカラ村の襲撃〟に触れ、魔女の復活を語り……。


「……ゆえに、新たな特殊警察の立ち上げが決議されたのだ。更に、新たな部隊には、教会とクレアムルだけでなく、ハーキアからもメンバーは選出される。魔女を包囲せしめん新たな部隊、その名は——〝銀の鶴翼〟!」


 教会の人間が拍手を始めたのを皮切りに、次第に拍手は広がっていった。晴天に万雷。


「ではその隊長に挨拶をお願いしよう」


 ルミネウスと入れ替わりで、一人の人間が壇上に上がった。腕章を付けた二人のうち、あくびしていなかった方。


 胸元にフリルをあしらった白いブラウス。黒いショートパンツで葦のように細い脚を見せる。ベルトのバックルは金色。水色のロングコート——とはいっても、薄くて軽い印象のもの——を羽織って、裾をなびかせている。


 白い髪の長さは短め。後ろに流して耳も見せているが、サイドは長めに伸ばしている。


 花弁の細かい花の髪留めが目立っている。真っ黒で、とても大きい。これが激しく主張して——衣装自体は爽やかなカラーリングだというのに——未亡人のような、葬式のような、死を連想させる暗い印象を醸していた。


 右肩には、銀の腕章が二つ。一つは自分のもの。一つはカリオのもの。


 押せば倒れそうな小さな体に、溢れんばかりの才能と、そして本物の経験を一つまみ。


「このたび、〝銀の鶴翼〟の隊長に任命されました、オニクスです」


 イエッタはヒュウと口笛を吹く。


「やっぱりオニクスさんやったね。メンバーはオニクスさん含め、今んところ二人かな?」

「ええ。相手がアレでは暗殺は無理ですね。もう用はありません、帰りましょうか。早くガルに報告しなければ」


 オニクスは一つ礼をして、顔を上げる。


「私は……本気です。本気で魔女を捕まえようと思っています」


 オニクスの表情に、静かな、真剣な様子が浮かんでいく。ゆっくりと、自分の右手を持ち上げる。


「大事な式典で失礼。怒るなら私をこの座に据えた人間を怒ってください。まあ、そんなことが出来る人間がいるとは、思えませんが」


「うん? オニクスさん、なんか言っとる——」


 大司教ルミネウスが顔をしかめながら、人を呼んで段取りを確認している。


「指に針を刺し、もし能力者であれば、教会に登録されているかどうか、一つ一つ確認していきます。この場の、もれなく全員に」


 イエッタにはまだオニクスの意図が分かっていない。しかしアスキアは驚きに勢いよく立ち上がった。ガタっと椅子が倒れる。


「マズい。オニクス、まさかこの場でつもり——」


 これからオニクスが行う行為は、ともすればこの歴史的な式典を、台無しにするものだろう。要人たちを侮辱する行為であり、民衆たちを疑う行為でもある。もしこれで結果が得られないならば、〝銀の鶴翼〟は、全ての信頼を失う。出鼻をくじかれるどころか、なんなら隊長は別の者に代わり、オニクスは何年と謹慎させられるはずだ。


 それほどの賭け。


「では」


 グラスを上から持つように、たらりと持ち上げたオニクスの右手。その指先に少しずつ力が入っていく。


「イエッタ! 手を!」

「……! アスキアたん!!」


 なんとかギリギリ、イエッタの指先はアスキアの手に触れた。


「指一つ動かせなくなる」


 時が止まったように。僅かな胸の上下以外、身体のどこも、一ミリだって動かせなくなる。向こう数ブロックに渡って、千人以上の人間が、オニクスに


 アスキアは数十分前の自分のステータス——そのうちの〝座標〟を読み込んだ。過去の自分がいた座標へ、指先に触れたイエッタを伴って瞬間移動する。


 オニクスの目が見開かれる。


「——やはりいた!! あの村にもいた、瞬間移動の能力者!!」


 周囲にかけていた能力を解きながら、バッと顔を上げる。視線の先にはイエッタとアスキアが先ほどまでいた部屋。オニクスには、そこで二人の人間が消えたのが分かる。更に、数キロ先で何者かが無から現れた感触もある。


「行くぞレオン!! 魔女狩りの時間だ!!」


 レオンは上着の内側から緑色の軍帽を取り出して被った。肩の腕章を直して、歯を見せて笑う。


「はは。じゃあやろうか」

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