第18話 ボクは彼にベットする
その晩はそのままそのカジノで、パーティーという運びになった。
「初めまして。私、ガーレイド様のお目付け役をしております、イエグと申します」
アノールとヨルノに挨拶する、クラシックでエキゾチックなメイド服を着た彼女の名前はイエグという。茶髪のウェーブに、木の葉の形をした緑色のバレッタを留める。顔の右半分——額から頬にかけてを仮面で隠す。それには動物の毛並みのような意匠が施されていた。
アノールの不思議そうな視線を受けて仮面に指をあてる。
「ああ、これは。酷い発疹の痕がありまして。ご容赦ください」
「あ、ああ、別に構わないですよ」
「そういやガーレにはイエグがいたんだったな。うー、忘れてたよ」
顔を赤くして、上から抓んだグラスを揺らすヨルノ。アノールの左腕を抱いている。
——なんか張り付かれてるんだよなあ。酔うと物理的に絡んでくるタイプなのかな。いや僕もスキンシップは結構好きだからいいんだけどさ。
「二人は知り合いなの?」
「ええ。話すと長くなりますが——」
四年以上前の話。ガーレイドの幼少期からの付き人であるイエグは、不治の病で床に伏せった。ガーレイドはなんとか治療法を見つけんと奔走したが、結果は得られず。それを聞きつけた魔女がガーレイドに交渉を持ち掛けた。
「私が見るにイエグは〝白〟かったからなー。ウチの手形で精霊体になれたんだよ」
魔女はとてつもない大金を要求したが、ガーレイドは二つ返事で耳を揃えて支払った。以来、ガーレイドと魔女はビジネスの関係になり、色々あって今に至る。
「……うーん、なるほど。精霊体になると病気も治せるんだ」
「そのとき罹患してるやつは治るね。過去の後遺症とかはそのままなんだけど」
——「人類を救う」。そういうことだったのね。教会を倒して選抜の制限を取り払えば、人類は病死を克服できる……ってこと? す、すごい話になってきたな。
「というか、じゃあイエグさんは〝ウチ〟の手形で能力を手に入れたってこと? 傷を治してくれるのは白い精霊なんだ」
「そうですね。城内ではできるだけケガをしないよう気を付けています」
「能力は〝
「はい。パフォーマンスに限界はあるのですが」
「なるほど。それで〝
噂のガーレイドが鴨のローストを頬張りながらやってきた。リスさながら。
「うむーん」
アノールは腕を組んでうんうんと評論家風。
「ごめん何言ってるか分かんない。あとめちゃくちゃ可愛い。一番可愛いガーレを随時更新してくるね」
「お前私にも可愛いって言えよおおお!!」
ごくん。
「ありがとアノール。相当強火になってくれたみたいで何より。——そういえばボク、さっきの勝負のことでまだ聞いておきたいことがあったんだけれど」
ガーレイドは人差し指をくるくるとさせながら思い返す。
「ボクの能力が〝
「ああ、それは」
アノールは歪な笑みを浮かべながら目を脇にやった。それはとても複雑な表情。嬉しそうでもあり、これから怒られることに怯えているようでもあり。ともかくブサイクな笑顔だった。
「最初から疑ってはいたんだけど……」
アノールの二の腕にヨルノが爪を立てる。ギチギチと食い込んでいる。お馴染み、怒りの微笑みをアノールに向ける。
「ね。あれはもう思いっきり嘘だったもんね。あーんな嘘をついたのに見抜かれなきゃあ確信できるっつーの。ねえー?」
アノールの額に汗が浮かんでいく。
「ま、まあ、そういうこと? だから?」
「? まだ分からないんだけれど」
「教えてやるよガーレ! コイツはなあ!」
ヨルノはおもむろにアノールの手首を握ると、そのまま見事な背負い投げを披露した。
「私を売るのに怒るようなヤツじゃねえんだよお!!」
しかしアノール、受け身を取っている。くるっと転がりすぐに膝を立てて、ヨルノに向きつつ剣の柄に手をかける。
——受け身が……取れた! 成長だ! 凄いぞ僕!
宙を飛んだ二人のグラスはイエグが〝早業〟で回収した。あせあせとはしていたものの、見事にキャッチ。
「は! 悪いけどなあヨルノ! 金に替えれるってんならお前が何人いたってもれなく全員売ってやる!」
アノールは多少酔っているし、ヨルノももちろん酔っている。こちらも剣に手をかけた。
「はあーん? こんなに甲斐甲斐しくアピールしてやってんのにまだそんな態度を取るわけ? いいよ身の程教えてやる。たったの一週間で私に勝てるようになったとでも思ったら大間違いだからな」
クエスリィが慌てて仲裁に入る。
「にゃ、にゃにゃにゃ!? ちょっと、こんなとこでおっぱじめちゃだめにゃ! いやどこでもだめにゃんだけど!」
「はーい。どっちが勝つと思いますかあ? まだ受け付けてまーす」
「ドミにゃん!? コラ!!」
ガーレイドは初めポカンとしていたが、すぐにあははと笑ってチップを手に取った。
「じゃあ、ボクはアノールに賭けようかな」
**
場所はハーキアの都市の一つ。ある宿の三階の部屋。窓際の席に腰かける人間が二人。
「結構大々的にニュースになっとるんやねえ」
イエッタは新聞と睨めっこしている。寄って見たり引いて見たり。
「……分からない単語がありましたか? お教えしましょうか」
「かたじけないわあ」
アスキアが読み上げる。共用語に訳しながら。
「『アイン・トーの失踪によって我々は魔女の脅威を改めて思い知らされた』——アインの件は、かなり大きな衝撃を与えているようですね。我々が倒したとも分かっていないはずなのに、そうに違いないと報道しています」
「実際のところ、そうなんやけどね~。いやあウチら頑張ったわホンに」
「……そろそろ時間ですね。始まりますよ」
窓の外のざわめきが一層強まる。
「え……ホンマや、ぴったり。アスキアたん、頭の中に時計があるん?」
「はい。毎朝起こしてくれます」
イエッタは真剣な表情で目を丸くして驚いた。
「んな!? で、でも確かに、精霊体ならできんこともないんかな!?」
「……冗談だったのですけど」
アスキアは今日も人知れずしょぼんと落ち込んでいる。
二人は外を見下ろした。柱の一本も花壇の一つすらもない、だだっ広い広場。そこはかなり広い範囲を封鎖されていた。衛兵たちが立つより中には入ってはいけない。そして、多くの人間がギリギリのところまで前に出て、ひしめき合っていた。
「ひゃー、もしアノールくんが見たら卒倒しとうやろね」
二人はとある式典を見にきたのだった。〝魔女のよすが〟を倒さんがために組織される警察隊——アインの件を受けて予定が前倒しにされた——その隊長が発表される式典を。
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