第15話 パトロンへの高圧的な挨拶

 二十分後。


「はい。『ブラックジャック』」


 ヨルノはすっからかんにされた。


「はああ!!?」


 感情を剥き出しにして、わななきながら立ち上がる。


「っかしいだろ!! 7はもう三枚しかないのに、なんでそれを全部引いてんだ!! 絶対にイカサマだ、山を確認させろ!!」


「これさっきも見たにゃ。あの男の人もこうやってこうなったんだにゃあ」

「ああ……これはまあ、みっともない恥さらしだこと……」


 詰め寄るヨルノをドミエンナが宥める。


「それはできませんのでお客様」


 ガンを飛ばすヨルノ。


「お前はどっち側なんだよドミエンナアァ!!」


 ガーレイドは直近の数ゲームまでヨルノに負けっぱなしだったが、ヨルノが勝負を仕掛けたこのタイミングで怒涛の逆転勝ちを見せた。観客たちは大熱狂。「チップ」として投げ込まれた無数の紙幣が、ガーレイドの頭上から舞い降りてきている。


 アノールとクエスリィは、いちゃもんおばさんと化したヨルノから、気持ち距離を取った。


「あんなにキレてるヨルノ、初めて見たなあ」


「オイラもあんま見たことにゃいにゃあ。確かにヨルにゃんは詰めが甘いけど、にゃんだかんだ上手くタイプにゃんにゃ。にゃのに負けるってのは、本当に珍しいにゃ」


「僕も能力で支援してたんだけどな」


 アノールは要所要所で自分の能力を使っていた。ヨルノがアクションを宣言するタイミングなどで、ガーレイドの能力の発動を妨害していた。


 ——けど、僕の能力は効果が一秒未満だから、この場ではあまり効果的では無かったかな。同じ人間を相手にもう一回使うには、何分か待たなきゃいけないみたいだし。


 クエスリィは自分のポケットから三枚のトランプを抜き出してくる。


「オイラなんか〝目にも留まらぬ早業クレプトマニア〟で、堂々とカードを入れ替えてたんだけどにゃー」

「どんな能力?」

「両腕に限り、時間を止めたレベルで早く動ける能力だにゃ」

「なんてギャンブル向きな能力なんだ……」


 ゲーム中、二人はヨルノの背後に立っていた。ヨルノの手札はクエスリィの能力圏内。


「ヨルにゃんの手札を入れ替えたのは、今回もだったんにゃけど……」


 二人はヨルノの手札を見下ろした。8,3,10。合計値は21。相手が役持ちでなければ勝っていた場面。


「ヨルノさんに落ち度は無かったでしょうねえ」


 ドミエンナが二人の元へやってくる。


 アノールがヨルノの方を見ると、彼女はテーブルの傍にぼんやりと立って、魂が抜けたように虚空を見つめていた。真っ白……。


「確率通りのプレイング。カウンティングもきっと完璧。押し引きも見極めていた。ここで掛け金倍に出たのも定石どおりですねえ。ただ——」


 三人がガーレイドを見ると、彼は上階の観衆たちへ向けて、控え目に手を振っていた。


「ガーレイド様が強すぎる。アノールさんの妨害、クエスさんのイカサマ、そして不肖自分が時折やっていた山操作。これだけあって、なお勝てない」

「で、でも偶然なんじゃないの? 直近の何ゲームかまではずっとヨルノが優勢だったわけだし」


 このときアノールは初めて、ドミエンナの真面目な顔を見た。目を細めて思い返している。


「自分が戦った時も全く一緒だったんです。逆転勝ちされました。いいところでね」


 両脇に無数のチップを抱える彼。とてもキュートな外面で、底知れない内心を全て隠した、圧倒的な存在。


 ——実力者だ。


 アノールは、その「実力」がギャンブルに限らないモノだと直感した。


 ——間違いない。この人は、何においてもこの「実力」を発揮できる人なんだ。そういう星の元に生まれついているんだ。


「君はどうしてそう思うのかな?」


 ガーレイドが明確にアノールを見据えてそう尋ねた。驚きつつも、冷静に答える。


「僕は、『成功』の星の元に生まれついた人間を知ってるんだ。あなたはソイツに雰囲気が似てる」


 ガーレイドは手を合わせて驚いて見せた。


「へえ! それはボクも会ってみたいものだな。話が弾むかもしれない」

「その人の情報で、チップと交換できる?」


 傍の二人が驚いてアノールを見る。ガーレイドはまた、にこりと微笑んだ。


「ごめんね、それはできない。だって、知りたければ心を読めばいいだけだから」

「じゃあ何なら賭けになる?」

「最初からそう言えばよかったのに」

「一応、聞いといただけ。でも、きっとあるんでしょ?」


 アノールは指摘する。


「チップなんかよりも欲しいものが」


 ——レオンもそうだった。選抜を「その先の目的」のために利用していた。なら……この人も同じならば、きっと「その先」がある。


 アノールの言葉を聞いて、ガーレイドは——。


 ——え?


 ガーレイドは初めて——笑った。今までのソツの無い微笑みとは違う、本当の笑みを見せた。


 舌で唇を舐めたのだ。


「お名前、聞いてもいいかな? このテーブルに着いてくれる?」


 ——こ、この人。


 既に目元を緩めて深窓の微笑みに戻っていたが、アノールは見逃さなかった。


 ——今のいたずらな笑みは、男の子っぽい。


「……何それ、ズルいなあ」


 アノールは笑いながら席に着いた。ガーレイドは首をかしげる。


「なにか?」

「あなた——いや、ガーレイド様は本当に、今まで会ってきた人の中で、一番かわいいなあって思っただけです」


 外行きの笑顔で。


「僕はアノールと言います。アノール・イリス・アーク。初めまして、ギャップの可愛いガーレイド様」


 ガーレイドの動きが、ピキリと止まった。僅かに声が低くなる。


「……ギャップが、可愛い?」


 ——あ、あれ、怒っちゃうの?


「え、ええ。今見せたギャップが、可愛らしいなあって」

「いま君、僕の、男の子っぽさとのギャップが可愛いって言った?」


 ——なるほど~。そこにちょっとしたコンプレックスをお持ちなわけね? これは何かに使える……かなあ? まあいずれにせよ、人のこういうところを発見できちゃうと気分がいいなあ。


「言ってないですけどね、そこまでは」


 にやりと笑うアノールにガーレイドはカチンと余裕を失う。掌の背を逸らしながら人差し指を向ける。


「納得したよ。ヨルノが気に入る訳だ。性格悪いんだね」

「本当に偶然ですよ! ガーレイド様の言われたくないことだったなんて思いもよりませんでした!」

「ふ、ふーん?? 白々しいんだ?」


 ガーレイドは一度、頭を振って、仕切り直した。帽子と眼鏡を直し、肩の三つ編みを撫でる。


「では……改めて。ボクは——〝君たち〟の出資者にして、未来の後ろ盾にして、クレアムルの第三王子にして——いずれこの王国を背負う者。ガーレイド・アー・ナイトラル・クレアムル。敬語は要らないよアノール。ガーレと呼んでくれて構わない」


「じゃあ、ガーレ。よろしく?」


「よろしく。さて、とはいえアノールくん、君はどうして戦うのかな? 彼女たちに何の義理がある? きっと、入ってまだ日が浅いんでしょう? 弱みでも握られているの?」


 ——それは……確かに。僕はどうして戦うんだろう。


「——そうだな。多分、きっと……僕は、ここが好きなんだ」


 呟いて、微笑んだ。


「先輩とか、上司とか——あと一応、歳の近い同僚も——気に入ってる。理念にもちょっと共感し始めたよ。なら、この組織のために働きたいと思うのは、変じゃないよね?」


「……そこまで言うなら仕方ない。それじゃあ新人面接、株主会議といこうか。君がボクを王様に出来る人材なのか、共に人類を救える人間なのか、判断させてもらおう」


 品定めするように目線でアノールを撫でるガーレイド。


「こちらこそ、ガーレがその器か、見定めさせてもらおうか!」

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