第14話 第三王子、ガーレイド

 アノールは驚愕に言葉を失った。


 ——この人が、この国の王子様!? てか男の子ってこと!? いや僕、ついつい頬を染めちゃったりしてたんですけど!? ヤバいヤバいって目覚めちゃうよお!!


 ガーレイドは人差し指を唇に当ててキッスを飛ばした。ずっきゅん。100ダメージ。ハートは胸を貫通して風穴を開けた。


 ——破壊、力……!!


「そうだよ? ボクは男の子で王子様。一目惚れさせちゃってごめんね」

「——えっ」


 思わず自分の頭に片手が伸びる。


 ——思考を読まれた!?


 ガーレイドは耳元の毛先を撫でながら、眼鏡の位置をクイッと直した。


 ——この人は……。


 集中してガーレイドに意識を向ける。


 アノールは〝相手の能力の発動に干渉する能力〟を持っている。これを使おうとしたとき、副次的な効果として、対象の人物が能力者かどうかを判断することができる。ガーレイドは——。


「能力者……だ。ヨルノ、色は」


 ヨルノはため息をついてから答えた。


「緑だよ。だからハキアの能力者だな。クレアムみたいな『自分の身体を基礎とする能力』じゃなくて、『触れたモノを基礎とする能力』を持ってるはずさ。


 ハキアの能力は大きく二つに分けられて、『特定の物体』に触れる必要がある場合と、『任意の物体』ならなんにでも発動できる場合がある。前者はこないだのハサミ女がそうだな」


「なるほど。なら……『心が読める眼鏡』、みたいな感じ?」

「そんなに便利なものじゃあないんだけれどね」


 苦笑するガーレイド。机に張り付いたドミエンナを雑にどかしながら、クエスリィが尋ねる。


「あ、あの、ガーレイドにゃん様? オイラたちは協力関係にありますにゃ? どうしてこんな意地悪をするのですかにゃ?」


「意地悪じゃあないよ? ボクは賭け事をちょっと嗜んでるだけ」


「い、いや……それでも困りますにゃ。オイラたちもお金をたくさん使ったところで、あまり無駄遣いはしたくないのですにゃ。そのチップを全て盗られてしまうとにゃると、ガーレイドにゃん様の提案する計画にも支障が出ることは間違いにゃしにゃんにゃにゃ」


 ——言ってることめっちゃマトモだあ。口調がマトモじゃ無さすぎるんだけど。


「なら君たちとは縁を切って、別のところと手を組もうかな? ハーキアでもいいし、〝イヴの一家〟でも……」

「ガーレ、何が目的なのさ。相変わらず性格悪そうだね? 無事に選抜抜けてきたみたいで何より」


 見下ろすヨルノが前に出た。ガーレイドは組んだ膝に右肘をつき、手に顎を乗せ、控え目に微笑む。


「おかげさまでね、ヨルノ。何年ぶりかな、三、いや、四年? 久しぶり。随分表情も柔らかくなったみたい」

「お前の女っぷりも上がったみたいじゃん」


 言って、席に着く。


「歓迎するよ」

「ヨルノ、お前やんのか!?」

「やるけど? やんなきゃ勝てないからね」


 ヨルノはひそかにガーレイドのことを睨んだ。


 ——ドミエンナのことを抜きにしても、この状況は看過できない。ガーレと私たちの力関係は元から微妙で、一歩間違うと一方的に支配されかねないくらいだ。ここで天秤が大きく傾いてしまうと、今後の活動に関わってくる!


「ありがとヨルノおお!! シャンパン入れてええ!」


 ドミエンナが酔っぱらった声を上げると、辺りの観衆たちもワッと湧いた。


「君に歓迎されてはないように見えるけれどね」


 ガーレイドは上品に微笑む。ヨルノも青筋を浮かべながらニコリと笑った。


「歓迎してるよ? だって思う存分ボコボコにできんだからさ」


 ドミエンナはテーブルに手を付くと、ヨルノの手元に二十枚のチップをチャリリと落とした。


「これが残り全部だから頼んだよー」

「「え」」


 アノールとクエスリィが、二人とも同様に慌ててドミエンナに異を唱えた。


「い、一度にヨルノに渡していいの? 大事なチップなんでしょ?」

「そうだにゃ! ここは刻んでいった方が良いと思うにゃ!」

「君らギャンブルの何たるかを分かってないなあ! 運? 実力? いいや。勝つために真に必要なのは——」


 ドミエンナは右手をグッと溜めて、次に勢いよく突き上げた。


「勢いだああああ!!」


 常連たちも沸きながらシャンパンの注がれたグラスを掲げる。アノールは頭を抱えた。


「ダメだコイツ! 射幸心に脳を焼かれてやがる!」

「でもフロアを盛り上げる才能はあるよおお!!?」


「アノールにゃんにも分かってもらえたかにゃ。コイツ、ダメ人間なんだにゃ。でもにゃんだかんだ金は持ってくるんだにゃ」


「その評価も今日までかもしんないね。明日にはただのダメ人間になってるかも」

「それだと困るにゃー! ガルの胃がきりきりまいになっちゃうにゃあ!」


 ヨルノが人差し指を立てる。


「私は負けないよ。ただし——ゲームは、変えてもらおうかな」


 ガーレイドは微笑んで頷いた。


「いいよ。僕の能力を聞いてなおポーカーで挑むのは下策だよね」


 アノールは傍にいた小太りのおじさんに尋ねた。


「逆にさっきの男の人はなんで挑んだんすか?」

「ここのルールではね。誰かに個人的な勝負を挑むなら、ゲームの選択を相手に任せると高レートでチップをとれるんだ」


「なるほど。ありがとうふとっちょのおじさん」

「これでも農園を二つ経営しているよ」

「叔父様どうかご容赦ください」

「この新人、権益に屈するまでが爆速だにゃ!」


 モブは富豪らしく余裕を持って笑う。


「加えてちなむと、非能力者が能力者から奪うチップは倍になると言った配慮がなされているよ。能力者かどうかの鑑定は指先に針を刺して行う。加えて能力者はゲームが始まる前に、自分の能力を偽りなく開示しなければならない」


「はえーそんな感じで成立させてるんだあ。ありがとうございます」


 ヨルノは少し悩んだフリをしてから——。


「じゃあ、ブラックジャックで」

「うん? それも読みの要素があるように思うけれど」

「そうなの? 私が経験あるゲームがそれくらいしかなくてさ」


 ガーレイドはあっと口を開けた。両手を合わせて口元を隠しながら。


「そうなんだ。じゃあ手加減してあげなくちゃあね」


 ヨルノは内心にやり。


 ——勝ったな。ブラックジャックは定石ゲーかつ期待値ゲー。読みゲーなんかじゃあないんだ。そして私はこのゲームの特性とカウンティングを完璧にマスターしている! お前が勝てる要素は一ミリだってない!!


「ではカードシャッフルは不肖自分がやらせていただきます」


 しれっとドミエンナがディーラーの位置に立ち、トランプの山を二つ混ぜてシャッフルを始めた。今回は一対一の特殊ルール。


 このカジノにいる数十人、皆が注目している。そこは吹き抜けからも見下ろせる最も目立つテーブルで、次第に上にも人だかりができあがった。


 緑のマットを挟んで相対するは現支配人その人ガーレイドと、元支配人の協力者ヨルノ。この賭場の所有権を巡るゲーム。


「ドミィとお揃いにしてあげるよ。すっからかんのみっともない恥さらしにね」

「なんか一言二言余計じゃないですかあ!?」


 ヨルノは珍しく少女の仮面を選択した。おしとやかに。


「じゃあ、お手柔らかに、お願いね?」


 少女らしさでガーレイドに勝ててはいないのだが。


「もちろん。初心者に本気出して勝ってもつまらないもの」


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