ガーレイドが魔女の新人に賭けてみようと思うまで

第13話 アノール in カジノ

 クレアムルの王都〝ラセグリエンド〟は古い建築の残る城塞都市で、風情のある赤レンガと水色のペンキが観光に人気である。王城は少し高い位置にあり、その青い屋根石と聳える尖塔は、街のどこからであっても視界に入る。城壁の外側にも、内側の何倍もの面積の街が広がっていて、こちらの方が内側よりも賑やかだ。居住区と商業区といったおもむき。


「立派な城壁だなー。あんなに大きな建築物は初めて見たよ」


 馬に揺られる街道にて。アノールは数キロ遠くに見える壁に、既に圧倒されていた。壁は夕焼け色に染められている。


 隣でアノールと同様にパカラと馬を鳴らしていたヨルノが返す。


「今回の目的はあの城壁の中ではないんだけどね。残念だったね」


 アノールは自分の両頬をパチンと叩いて気を引き締めた。


「確かに、観光じゃあないもんな。仕事なわけだし」


 前を歩いていた馬が遅くなってアノールに並んだ。


「オマエ、真面目だにゃー」


 乗っているのは、新たな魔女。褪せた金色の髪を二つ結んでおさげにする。カチューシャには猫耳を模した黒い突起。パッと開いた猫目の眼球は炎の中心のように赤い。ポケットの多い半ズボンにロングブーツ。腰には両刃剣ではなくサーベルを下げている。


「でもオマエら、カイチでも結局楽しんできたんだよにゃ? じゃあこっちでも楽しんじゃえばいいにゃん? つーかオイラも観光してーにゃ! ヨルノたちだけズルくにゃい!?」


 ——うーん、そのロールプレイは何なのかって聞いていいのかなあ。


「クエスリィ……さんだったよね。は、この数日どこで何してたの?」


 当然アノールにそれを聞ける勇気は無いので。彼女の猫RPの謎はしばらく解けない。


「オイラはカリオの野郎に全身ぶっ飛ばされて再生待ちだったにゃ? あの日、一番死にかけたのは間違いなくオイラだったにゃー」


 そう言ってにゃんと笑う彼女——クエスリィが今回の引率役——というには、背が低めなので若く見えるのだが。一応年長組である。


 アノールは適当に会釈しながら、なんとなく魔女のメンバーを数えてみた。


 ——ヨルノ、ガル、アスキア、イエッタ、クエスリィ。


「これで五人かあ。あと、これから会いに行く人も含めて、六人」

「私たちの人数のこと? ならそれで全員だね」

「意外と少ないよね」


「まあ、間違いなくウチの所属って断言できるのがそれだけってだけで、他の組織だけどよく一緒に動く奴らなんかも含めるなら、結構増えるよ」


「にゃー。これから会いに行くにゃつも、賭場の経営が楽しくにゃっちゃってにゃ。こっちはもはや副業みたいに思っとるにゃ」


「なるほど」


 辺りが暗くなり始めた頃、三人は街に辿り着いた。馬を泊め、城壁を臨む目抜き通りを脇に入り、地下へと続く怪しげな階段を下りていく。


 クエスリィについていきながら、アノールはびくびく震えていた。キョロキョロと挙動不審。


「その反応もういいよ。こないだ港で見たよ」

「な、なにここ!? わざわざ通りの灯が差さないようにしてるよ!? 絶対ヤバいところじゃん!!」

「強行してきやがった……」

「アノールにゃんはもう世界で一番ヤバい組織ところに入ってると思うにゃー」


 分厚い鉄製の扉の前に立つ。すると、目の高さの小窓が開いて、中の男がちらりと目元を見せた。一言二言、クエスリィと言葉を交わし、また小窓を閉じる。一秒くらいの短い時間の出来事で、意味があるやり取りが行われたとは思えなかった。


「えっ……じゃあもしかして今のって……『合言葉』って、やつ……!!?」


 目を輝かせるアノール。


「え、教えて教えて。僕にも教えてよクエスリィ」

「キミがそんなに物事に食いついてるとこ初めて見たよ」

「合言葉だぞ!? 気になっちゃうんだよね、男の子だから」

「出たよ男の子がよお」


「そ、そんな凝ったもんでもにゃいが? 『お望みは?』って聞かれるにゃら『白昼夢』って答えればいいだけなのにゃ」


「うっそ……マジでカッコいいじゃん……」

「そうかなあ。ダサくないかなあ」


 扉が開かれ中に通される。廊下を二回曲がり、スタッフが大扉を押し開く。


「わー……お」


 アノールは圧倒された。ひしめきざわめき、相当な数の人間が行き来している。緑のマットが貼られたテーブルにそれぞれ人が着き、カードやチップをやり取りしている。それを観戦している人もいれば、特にギャンブルには関わることなく、バーカウンターで女を口説いている男もいたり。礼服の男性やドレスの女性など上流を思わせる姿が多い。バニースーツを着た女性スタッフがグラスを配り、ディーラーがカードをシャッフルする。


「色っぽいとこ来たあ!」

「凄いでしょ。ここがウチの持ってる一番大きなカジノだよ」


 ドヤ顔のヨルノ、しかしアノールはすぐに口元を押さえて。


「うっ酔う。吐きそう」

「人酔いで吐かないでしょ? ねえ?」

「うるさいな僕は吐くんだよ心のダメージが体に現れるんだ。うっマジで吐きそう」

「だ、大丈夫!? 一回外に出ようか!?」

「いいよクエス、アノールのこれはフリだから」

「え」

「は? まあフリだけど? 気分悪いのは事実なんですー!」

「あっ、開き直った……本当にフリなのか。あ、フリだったのかにゃ……」

「え、てか気分悪くなってきたかも。マジで」

「もういいって」


 慣れないタバコの煙にアノールがくらくらしていたところ、似たようにくらくらした別の女が奥から来た。三人に声をかける、バニーガールのトレイに空のグラスを返しながら。


「ういー、ひっく、こんばんはみなさん」


 背はかなり高め。相当長い紫色の髪を高い位置で一つにくくり、水色のヘアバンドを巻いてインテークを作る。ぴちっとしたベスト。皺の無い白いパンツを履いて、手元にも同様に白い手袋を着ける。


 この賭場の支配人——タキシード風の格好をした彼女——ドミエンナは、酒気を隠すことも無くクエスリィにしなだれかかってきた。


「クエスさぁん、しくしく、自分今、すっごく悲しいんですよぉ……」

「うわ、オマエ、酒クサッ、まだそんな遅い時間じゃあにゃいぞ」

「この人が六人目?」

「うん、そう。ドミエンナだよ」


 ——じゃあこの組織の男、僕だけじゃん。心細いよお~。


「ああ、君がアノールさんですね? お手紙でお話は伺ってますよお? あはー、はいハグ」


 突然抱き着かれる。思い切りギュッと。


「はわわ」


 つい可愛い声が出ちゃう。


 ——酒臭い! けどハグされるの好きだから安心しちゃう! 悔しい!


「おらそこまでだ!!」


 ヨルノがドミエンナを蹴とばした。


「いだいよお」

「さっさと本題に入ろうかドミィ」

「なんでそんなに怒ってんのぉお? しくしく。嫉妬? ええ? もーしかして、嫉妬なんすかあ??」

「ああん?」


 煽るドミエンナとしっかり煽られるヨルノ。


 ——ヨルノってこういう煽り合いに弱いよなあ。何も言い返せてないもんな。


 クエスリィが間に入りながらドミエンナを立たせる。


「ま、まあそれもそうだにゃ。本題に入ろうにゃ。な、煽んないの、ドミにゃん」


 ——この人、仲裁に入るタイプなんだ……。


「で、オイラたちはガーレイドにゃん様の言う計画についてにゃんにゃんするためにやって来たワケにゃけど、どっか個室——支配人室とかで話せるかにゃ?」

「はああっ!」


 ドミエンナは口を縦に開けて天を仰いだ。


「にゃ、にゃんにゃ?」

「それがあですねえ。しくしく。支配人室、もう私のものじゃなくってえ……」


 ヨルノが眉間にしわを寄せる。


「はあ? どういうこと?」

「計画のことも……うう、本人から聞いてもらった方が良いかなあ……」

「本人というと? えっと、件のガーレイド様が、ここにいるってこと?」


 そのとき、奥のテーブルで大歓声が上がった。と、同時に男の怒声も聞こえる。


「っ……ふざけるな!! こんなもの、イカサマだ!!」


 手招きするドミエンナに続いて、三人もそのテーブルへ向かう。


 そこでは暴れる男が一人、スタッフ何人かに腕を掴まれていた。彼は勝負の結果に文句をつけている様子。


「おかしいだろ!! 俺はフルハウスだぞ!!? なんで負けんだよ!!」


 対面についているのは、桃色の髪に桃色の瞳をした人間。彼の役はフォーカード。♢8と♡8がそれぞれ二枚ずつ。


 ——同じカードが二枚ずつ? あっ、いくつかの山を混ぜて使ってるからそういう手も有り得るのか。


「えっ」


 アノールはフォーカードの主の顔を見て驚いた。その人物がこの場に不釣り合いな子供らしさを持っていたことや、大の大人を手玉に取っていたことに対して——ではなく。


「かわ……」


 ——可愛すぎる。


 その人物の、空前絶後のキュートさに。なんなら頬が染まってしまう。ハンチング帽に大きな丸眼鏡、要は地味な格好のはずなのに、人を惹きつける桃色のオーラが隠し切れていない。


 ふとデジャブ。


 ——あれ、この人みたいな人に、一度会ったことがあるような……。


「その御方、奥に連れて行っておいて」


 その人物の指示で、怒声を上げ続ける男は奥の部屋に連れていかれた。


 ドミエンナはテーブルに半分倒れ込みながら、指示した人物の顔を仰いだ。それは土下座しているかのようにも見えた。


「ガーレイド様、また飛ばしたんですかあ!?」


 帽子の下にはパステルカラーの桃髪、眼鏡の陰には陶器のような白肌。いくつかの三つ編みを更に編んだ、ボリュームのある房を肩に乗せる。ベージュのカーディガン。短パンに黒タイツ。


 ともかく顔の整い方が別格。パッチリと大きな目は下まつ毛が長い。並の男なら、艶めくピンクの唇を見ただけで唾を飲むだろう。


 にこりと人の良さそうな表情を浮かべる。


「うん、ごめんね。これでボクはもうここのチップのほとんどを手に入れてしまったよ」


 彼はアノールたちへも微笑みを向けた。チップを山のように積み上げた彼は、クレアムル第三王子にして——。


「いらっしゃいませ、みなさま。ボクのカジノへようこそ」


 現在のこのカジノの所有者。ガーレイド・アー・ナイトラル・クレアムル。


 アノールが恐る恐る尋ねる。


「ドミエンナさん、あなたもう支配人じゃないってもしかして……」

「そうなんですう。この人にこのカジノの財産ほとんど持ってかれてるんですう」


 ドミエンナはうっうっと涙でテーブルを濡らしている。


「お願いしますみんなあ、ガーレイド様からこの賭場を取り返してください。ここは自分の全てなんですう……」


 ガーレイドは足を組み直した。長い足が映えている。


 女子にしか見えない——というか実際女装している美少年が、三人を見上げて微笑んだ。


「次のお相手はどなた?」

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