第12話 これでお揃い!

 アインから見て後方の書斎机の裏にアノール、正面左手のソファの裏にイエッタ、右手のソファの裏にはヨルノ。


「位置も悪い……」


 うかうかしていては銃弾とナイフが飛んできて身体が削られる。すぐにハサミで牽制して、ソファの裏に引っ込ませる。しかしそうすればアノールの方から剣を構える音がする。


 ——クソ、両手あればどっちも見れたのに……!


「じゃあ各個撃破しかないってことだよな!?」


 窓側へ二歩駆け、書斎机に足をかけて跳ねる。ロングスカートがはためいて、ハサミの刺さったベルトが腰から浮かんだ。足元に剣を構えたアノールが見える。


 ——いけるか、僕!?


 アノールは立ち上がりながら剣を振る。どこを狙うなど気にする余裕はなく、ともかく力強く剣を振った。


 アインは落下しながらハサミの刃の外縁でアノールの剣を受け流した。剣の軌道はハサミの曲線に沿って歪み、アインの服の端だけを撫でる。


「は!?」


 ——剣とハサミの質量差で、その姿勢で!?

 ——舐めんな!


 どすりと落ちて馬乗りになり、すぐにハサミを首にかざす。


 ——殺す!


 しゃくり。ハサミは閉じられた。


「……え」


 アノールの首は健在。ハサミは閉じたのに、切断が起こらなかった。


 ——というか能力が、一瞬だけ解除されたような。


「お前の能力、まさか」


 両手でアインの左手首を掴んだアノールが笑う。


「効果は一瞬。でも、悪い能力じゃないな」


 再びハサミを閉じるも、ハサミの射角は既にアノールの外。腕が曲げられてしまっている。


「……力つよ。これだから男って」

「いやあなた、並の男より力あると思うんですけど……?」


 片腕を両腕で押さえているというのに、アノールの筋肉はプルプル震えていた。


「あーあ。それ誉め言葉じゃねえから。ウザすぎて」


 書斎机に立つヨルノが、全身全霊、全力で剣を振り下ろした。アインの頭蓋骨を粉砕して真っ二つ。


「これでアスキアとお揃いだ!!」


 アノールは目前で噴き出す血に思わず目を閉じた。力無く倒れるアインの体重を感じる。


 ——勝った。


 アノールは頭から血を浴びながら、しかしいつまでも起き上がってこない。ヨルノが訝しみながら覗く。


「どうかした?」

「い、いやごめん、なんか、身体が震えて動けなくて」

「……はあ?」

「なんでだろ、き、緊張かな」

「はああぁぁー……」


 ヨルノは深いため息をつきながらアインの身体を蹴り転がして、アノールを引き上げた。


「あ、あああありがと……」


 アノールは机に手を付いて膝を震わせている。苦笑するイエッタが二人に近づいてくる。


「生まれたての小鹿みたいやね……締まらんなあ」


 机の縁に飛び乗って腰かけたヨルノは、不満げにそっぽを向いた。


「クソ。こんなんだと責めるに責めれないじゃないか」

「せ、責められるようなことしたっけ……?」


 ヨルノは鼻をすする。


「さっきの、言いすぎ。演技にしたってさ」

「あ、ああ……」


 ——ヨルノを泣かしたやつか。別に演技じゃないし本音なんだけど……。


 ちらりと脇を見ると、イエッタが笑顔に汗を浮かべながら両手を合わせていた。


 ——不服やろうけど、この場はお願いします……。

 ——まあ、無駄に怒らせてもめんどくさいしなあ。一応これからの同僚だし。


「はあ、はい。すいません。悪かったよ」


 まあまあ舐めた謝罪。


「ん」


 だが一応許しは得られたようだ。


「じゃあ——」


 ヨルノは振り返ると身体を伸ばしてきて、不意にアノールの腕を掴み、すぐに自分の方へ引っ張った。ガクブルの身体では抵抗できない。


「えっ——」


 アノールが尋ねる前に、ヨルノはその頭を自分の胸に抱いた。ぽふり。


 ——な。


 まっくらな視界。ぷにっとした柔らかさと、人肌の体温。


 ——え、いい匂い。


 ヨルノは左手でアノールを抱き寄せながら、右手で彼の頭を撫でた。


「ありがと」


 とても優しい声。子供へ向けるような温もりをもって。


「助かったよ。アノールのおかげだね」


 ——いや。


 行き場をなくしていた両腕が、脱力して真っ直ぐ下りている。


「よしよし。偉かった」


 ——うそうそうそ、うそじゃん僕、それはちょろすぎでしょ。


「あ、あの、その」


 そのアノールの声から、彼が涙に喉を震わせていることは明白だった。


「好きなだけこうしてていいからね」


 ——クソ、クソ! なんで!? なんでこんなに嬉しいわけ!? 泣くほどなの!?


 それも仕方ない。事実、彼にはそういった経験が不足している。


 アノールの母親は、昼間は仕事に出て、子育ての多くを祖父母に頼っていた。かつ彼女は、後から来た「不幸な」子供であるレオンの方を気にかけてしまっていた。


 誰が悪いわけではない。全てを環境の問題にしてもいけない。


 しかし、アノールの自己肯定感の低さには、相応の理由がある。


 ——って言う風に、ギラフから聞いてはいたものの……。


 ヨルノの顔には、一瞬だけ同情の雰囲気が浮かんだが、それはすぐに嗜虐の表情に塗り替えられた。やさし~い声色は続けながらも、悪いことに想いを馳せて口角を上げる。


 ——なーんだ。こんなん簡単に調教できるじゃん。全然私の手中だよ。


 イエッタはそろりそろりと、二人の傍からアインの身体を引っ張っている。


 ——今のうちにこの人のハサミを没収せんといけんけんね~。


 極力二人の事を気にしないようにしつつ。内心、鼻歌を歌いながら。


 ——ふふふ~ん。


 とはいえ限界はある。ちらちら視界の端に二人は映る訳で。


 ——いや……気になるんやけどね!? み、見ちゃいけんやつよねこれ!? 人の目の前で変なプレイ始めんといてくれんかなあ!!?


 本当に一瞬だけ、ちらりと見る。と、ヨルノが甘い言葉をかけながら、相当悪い顔をしていた。


 ——う、うわあ。引く。引くんよ。好きなん? それがホンに君の好きの表情なん? お姉さん、それはなんかちゃうと思うんやけどな!?


 しかし抱擁はいつまでもは続かなかった。アノールは突然、ヨルノを振り払って立ち上がったのである。


「は、はあ、はあ」


 その顔は真っ赤で、僅かに涙も浮かべながら、息を荒げていた。主に照れの感情による。


 ヨルノはポカンと。


「もういいの?」

「も、もういいよ! お、思い出しちゃうから……」

「何を?」

「あっ」


 アノールは口元をパッと押さえて、ばつが悪そうに目を逸らした。その態度を見て、ヨルノには一つの可能性が浮かぶ。というか一人の女の顔が浮かんだ。


「はあ?」


 タッと机から降り、睨みながら詰め寄る。アノールはその分後ろに下がっていく。


「なあ、誰を思い出すのか言ってみろよ」

「いや、そ、その……」

「おい。おいほら、言ってみな? 誰に? 同じようにされたんだ。あぁ?」


 壁際まで追い詰められたアノールは本棚を伝って逃げていく。


「べ、べ別に、ヨルノに言う必要はなくない!? あ、えっとそうだね、今の、ありがとうね! でももう満足したから! 感謝してるから!」


「私が満足してねえんだよもっと撫でさせろよおい」

「いやもう本当に恥ずかしいんだって!」


 焦りながら赤面するアノールをピキリと微笑むヨルノが追いかける。


 イエッタは意外な驚きに目をパチリと開いていた。


 ——なるほど。そっちの表情なら、確かに。


「ええ顔しとる」


 二人はもはや取っ組み合いかというレベル。


「悪かったねエールより胸が無くて。女の価値は胸じゃないって分からせてやるよ」

「僕そんなことなんにも言ってないけど!!?」





「いやー良かったです。結局気になって見に来ちゃったけど、なんとかなったみたいですね」


 港に泊められた商船のひとつ。ガルはその船首に足かけていた。左手に持った双眼鏡でアノールたちのことを覗く。


「それに、なんだか楽しそう。いいですね~」


 ぽちゃぽちゃという水音。夕焼けに水面が輝く。潮の匂い。


「ドミノストリートでご飯を食べて帰るんでしょうか。美味しいお店を御存知ですか?」


 彼女の右手にはピーノの首根っこが掴まれていた。彼は怯えながら弁明する。


「あ、あの、すまんかった。あの女がハーキアの兵士だなんて知らんかったんだ。本当に、用心棒として雇っただけだったんだよ」

「じゃあどうして逃げたのですか?」


 ピーノはなぜか自慢げに鼻を鳴らした。


「そりゃあ、あれはあれで逃走が可能なタイミングだったからな」

「はい。返済額、倍です」

「そ、そんな無体な……」


「もしくは、彼女をあなたに紹介した人間をお教えいただければ、容赦してさしあげましょう。他には——あなたが我々とつながりがあるとバレるとしたら、どなたがありえますか?」


 ピーノは渋ったが、借りた金のことを持ち出され、しょうがなく何もかも吐いた。


「……と、言う感じだな」

「なるほどそれは。今すぐに対応しなくちゃあいけませんね」


 ガルは最後に再びアノールたちがいる建物に目をやった。


「みなさんとご飯をご一緒したかったですが、またの機会にしましょう。ピーノ様、今夜は眠れませんよ」

「私もついていかなきゃいけんのか……」


 ガルはピーノを引きずりながら、クレアムルの街に姿を消した。





**





「あれ、ガルは来ていないの?」

「いやあ、来てないですね。ドタキャンです」


 王国クレアムルの王都〝ラセグリエンド〟は内陸にある。カイチナバクからは早馬でも半日かかる距離。


 その都市の繁華街から二本入ったところにあるカジノは支配人の部屋にて。対面のソファに一人ずつ座っている。


 片や顔の整った少年。記者風のハンチング帽にフレームの細い丸眼鏡。


「そっか、残念だな。久しぶりにガルと会うのを楽しみにしてたのに。ボクよりも気になる人がいるんだ」


 片やパンツスタイルの女性。魔女の一人。相手相応に丁寧でありながら雑っぽい雰囲気も併せ持つ。


「……あなた様は第一王子にゾッコンだと聞いてたんですけどねえ」


 少年は魔女のセリフを聞いてクスクス笑う。


「あなた様だなんて、止めてよね。そんなに畏まらなくても大丈夫だよ」

「いやいやあ! あなた様はウチの大事な支援者のお一人ですから」


 魔女はアッカラ村での計画が失敗した経緯を彼に伝えた。魔女は申し訳なさそうに語ったのだが、少年は少しも曇る様子無く、なんてことなくニコリと微笑んだ。


「それは災難だったね。でも構わないよ。最近気づいたんだ。ボクが王様になるのには手形なんかなくたっていいって」

「ほう。というとなんでしょう? 策がおありで?」


 〝魔女のよすが〟の協力者にして、クレアムルの第三王子である彼——ガーレイドは、契約書を差し出しながら、変わらない笑顔で語った。


「ボクの計画はこう! お兄様もお父様も殺しちゃうんだ! そしたらボクが王様になれるって寸法よ!」

「なるほどお。それはまた、なんとまあ。大仕事ですねえ……」

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