第10話 魔女の後ろに道は無い
通りを行く道すがら、二人の能力の説明を受けつつ、アノールはふと尋ねた。
「〝魔女のよすが〟は金貸しもやってるってこと?」
「アンダーグラウンドな商売ならなんでもやっとるよ? ね、アスキアたん」
「ええ。金貸しもやっていますし、斡旋業や仲介業だったり、賭場の経営なんかもしています。近くの国で戦時中なら傭兵もやります」
「普段は傭兵すらやってないの? じゃあ傭兵団ですらないんだ!?」
「いや、流石に肩書は傭兵団だけどね。どんな傭兵会社だって戦争してなきゃ別のとこで稼がなきゃならないさ。警備とか護衛とかがよくあるよ」
「それもそうか。確かになあ」
——いやあ……それにしたって……。
「でも……やっぱり、上手いよね? 金を貸すのが。今日回収した分だけで、もう僕には途方もない額なんだけど。城とか領地とか買えるくらいなんじゃない?」
きょう出向いたクライアントは十件以上。四人は既に相当な大金を回収していた。
「ああー、今日のこれはちょっと特別でな……」
イエッタは苦笑だけを返した。
四人は港に戻ってきた。先の埠頭とは入り江を挟んだ反対側。
その辺りの通りには屋台や露店が軒を連ねていた。ここは世界で最も人の密度が多い道として有名。それゆえに三日に一度は人が雪崩の様に倒れ、人死にが起きている。付いた呼び名は〝ドミノストリート〟。並ぶのは果実や鉄板料理などの食べ物系から、手芸や装飾品などの雑貨まで様々。
「ひ、ひとっ」
陽も沈み始めたこの時間は、夕食を求める人々でごった返していた。
ヨルノが手を伸ばす。
「アノール、迷子になっちゃうよ! ほら私の手を握って!」
人波に揉まれながら、アノールの頬がポッと染まる。
「は、恥ずかしくて、無理ぃ……」
「なんだテメエ生娘か!?」
その建物は、ドミノストリートを見下ろす位置にあった。ヨルノに引っ張られて中に入ったアノールは、ぜえぜえと息を切らし、膝に手を付いていた。
「な、なんだこの人口密度。ありえねえ。お祭り? お祭りやってる?」
「田舎者ってマジでそんなセリフ言うんだ」
「人酔いするよね、分かるわ。ここが最後やけん、もう帰れるよ」
イエッタがアノールの背中を撫でていた。
二階の事務所、奥の部屋に目当ての男はいた。壁際の本棚に、大きな書斎机。手前には応接用のソファと机。
これまで通り、アスキアだけが前に出て声をかける。
「ピーノ、お元気そうでなによりです」
丸々と太った男が、ハハハと笑いながら椅子を回してこちらに身体を向けた。
「まさかお前らが生きて帰ってくるとはな。しかも首を揃えて」
彼の傍には女性が一人立っている。ハサミを差すベルトを腰に巻いていたので、美容師のように思われた。
ヨルノが〝
——あの女、誰だ? 知らない顔だな。
ピーノの背後の窓が大きく開かれている。
——うーん、私の〝
イエッタはヨルノに目配せした。ヨルノは首を僅かに横に振る。
——いや無いと思うよ。例えばあの女が「赤色」ならクレアム——この国クレアムルの能力者かもって思ったけどね。アイツは「緑色」。なら適性はハキアの手形だ。昨日まで戦争してた敵国ハーキアの能力者がこんなところにいないでしょ。
「挨拶がてら、貸したお金を返していただきましょうか」
「まったく酷い商売をするもんだ。ガルの奴め、これを見越して私たちに金を貸したのか。まんまと騙されたよ」
「ええ。そんな後ろ向きな計画が走っていたとは、私も驚いたところではありました。ガルらしいですね」
アノールは腕を組んで首をひねった。
——うーん、どういうことだろう。今回の金貸しは特別らしいけど。後ろ向きの計画……後ろ向きって言うんだから、消極的な行為なんだ。そしてえっと、ピーノさんは魔女が死んでいるだろうと思っていた。それはつまり、お金を借りた上で、踏み倒せる可能性を考えていたってことか。じゃあガルはあえて、危ない計画の実行を匂わせながら、金貸しの話を持ち掛けたってことかな? しかもきっと利子は高めに設定していた。
アノールはこの場にいないガルと言う人間についても、理解した。ひとり苦笑する。
——なるほど、アッカラ村の作戦が失敗したとき、すぐに組織を立て直すための「次善策」ね。確かにこれは後ろ向きだ。「失敗したとき」のことを考えているんだもん。これが、僕らのリーダーのやり方か。
光を吸い込むディープブルーの瞳が浮かぶ。
——ガルのやり方、僕は好きだな。
「上手くやっていけそうかも」
「ん? どうかした?」
「ああいや、なんでもない」
「そう?」
ヨルノは小声になる。
「あ、えっと、ちょっと構えてた方が良いよ、一応ね。アイツ逃げる気かもしれない。もう何件か回ってきた後だから、話が耳に届いてる可能性はある」
アノールも小声で返す。
「確かにね。あの女の人も能力者だし、こちらを待ち構えてたのかも」
ヨルノの眉がピクリと動く。
「……は? あの女が能力者?」
「うん、多分そうだよ。なんとなく分かる」
その感覚は、未だアノール本人も把握できていない、能力の一片。
「そ、れを、早く言えよ……!」
「えっ?」
ヨルノはすぐさまアスキアに向けて声を張る。
「その女、滅茶苦茶いい色してる!! 最強クラスの能力者だ!!」
振り返ることすらなく、アスキアは剣を抜いて振りかぶった。しかし女がハサミを抜いて向ける方が早い。手元でチョキンと斬ればアスキアの身体が胸から上下に真っ二つにされる。
「剣を構えて、振るぅ? そんな動作、遅すぎて」
ぷぷぷと余裕を見せた女性の右腕に、剣が振り下ろされた。ハサミを持った右手首が宙を舞う。
「はあ!?」
見ればアスキアの身体は繋がれている。
「いやでも無駄だって!」
女性は後ろに一歩引きながら、すぐに左の腰のハサミを抜いて、再びアスキアに向けサクリと斬った。アスキアの頭部が両断されて、こめかみの上から滑り落ちていく。
「はあ、はあ、びっくりさせやがって。この手のは流石にクールダウンあるだろ」
アノールの背筋を悪寒が走った。それは母親の死体を見た時と同じ感覚。身体が一度びくりと震えると、次第に鼓動が早くなってくる。
ハサミの女性はアスキアの身体を蹴り転がした。
明るい茶髪のショートパーマ、カーキの半袖に黒いロングスカートで大人なシルエット。たれ目に口元の艶ぼくろもあって、一見温和なお姉さんといった印象。
アスキアの身体を踏み越えてこちらに顔を向ける。頬に空気を入れて笑いながら。
「ぷぷぷ。終戦からまだ一日、だから大丈夫だと思った? まだハーキアの尖兵は紛れ込んでいないとでも? それは流石に甘すぎて!」
見た目の印象とは真逆の、大人を舐めた子供のような口調と表情で。
「自覚が足りてないみたいだから教えてやるよ。お前らが如何なる剣山にいるのかを!!」
左手のハサミを三人に向ける。一度に斬れるよう、水平に。
「ハーキアは〝四人の戦略兵器〟が一人、アイン・トー。いざ魔女狩りに参上せん。さあその身柄、貰い受けた!」
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