2章 〝魔女のよすが〟編

アノールが初仕事を終えて仲間に優しく抱かれるまで

第8話 アノール、いざ初仕事

 その後の話。


 王国クレアムルと王国ハーキアの戦争は「中止」された。講和ではなく、中止。


 すぐに中央教会でハーキア要人を呼んでの審問会が開かれる。そこで採択された解釈は——。


 一、村を襲ったハーキアの兵士は現場の人間に扇動されただけ。

 二、ハーキアに〝魔女のよすが〟との傭兵雇用以外の関係は全くない。


 つまり、〝魔女のよすが〟はトカゲの尻尾となった。実際のところは完全に手を組んでいたというのに。とはいえハーキアに制裁が全くなかったかというとそうではない。軍は制限され、土地は押さえられ、貿易は管理される。向こう二十年は冬の時代が来るだろう。


 さて、改めて傭兵団かつ反体制組織〝魔女のよすが〟を取り巻く状況は——。


 戦争で消耗したのに何も得られなかったクレアムルからは疎まれ、ハーキアからは目の敵の扱いを受け、もちろん中央教会からは血眼で捜索されている。





「——というような世界情勢になることが想定されますね」


 さらさらの白い髪は丸く切りそろえられている。青のポイントカラーが一束。金色の瞳。口を一文字に結んだ無表情の女。その冷めた表情から男性っぽい印象で、一見すると美形の青年か判断に迷うところだろう。見た目に拘らない者の自然な余裕がクールさを更に掻き立てる。襟付きのシャツにスカート、マントを羽織る。ここの魔女たちはみな同じような格好だった。


 荷馬車で揺られるアノールの左隣で三角座りをする彼女——アスキアは、予想されるこれからの世界情勢をアノールに解説した。


「なるほど……つまり」


 クセで毛先の広がる茶髪。全く同じ色の茶色い瞳。なで肩だし声も高め。背も平均より低く、十五という歳の割にはまだ子どもらしい面影を持つ。かっこいい系ではなくかわいい系。というと顔が良いように聞こえるが、特段そういうこともない。ふつう。性格は卑屈につき、表情はいつも自虐ぶって、目元は細められがち。得意技は鼻で笑うこと。


 この物語の主人公——アノールも三角に座っている。話を聞いて、さっそく鼻で笑った。


「お言葉だけどこれ、泥船?」

「と言われても仕方ありませんね」

「うう、すみません。うえーん……私が全部悪いんですぅ……」


 向かいに座る女性は、顔を膝にうずめてめそめそと泣いている。


 ボロボロのマントに、自分で切ったのか不揃いな毛先。金髪の長さはショートで、耳が僅かに覗いている。美しい青色の瞳を持っているはずなのだが今は瞼の裏。血色は良さそうに見えるのに、明るい印象は持てない。自罰的な傾向アリ。そういう点ではアノールと似ている。


 左腕を欠損しているが、切断面を覆うように張り付いた白い精霊によって、絶賛修復中。


 〝魔女のよすが〟の頭領らしき女——ガルはまたうだうだと自分の失敗を掘り返し始めた。


「ああ……わたしのせいだぁ……私ってばいつもイレギュラーに弱いんだ。計画通りにしかできないのに、見通しすら甘いんじゃ、私なんもできないじゃん……」


「お言葉ついでなんだけど、この人が本当にリーダーなの?」


「はっはっは! 酷い言われようやけど、まあそう思ってもしゃあないよね。じゃけんど、ガルはホンに強いんよ?」


 荷車の会話を背中で聞いていた、馬の手綱を引く女が気さくに笑った。


 ミカンのような髪に、キウイのような瞳。いずれも原色に近くかなり目立って見える。今はサイドアップだが、時によって髪型はコロコロ変わる。その強気な社交性からどんな場面でも臆さず馴染むことができる、見た目通りの頼もしい女性。


 八重歯の光る、南国の海辺のような少女——イエッタは付け足す。


「それに、やる気の時は結構かっこいいんやけん! ウチはそれに惹かれた口やし!」

「みんな、ガルにスカウトされたってこと?」

「ほーよほーよ! この場にいるのはみんなそうやね」

「アノールくんを除けばですね」

「じゃあ、ヨルノが僕のことを誘ったのって、相当珍しいことなんだな……」


 アノールは自分の右肩をちらりと見た。身体をピトリとつけ、頭を肩に預けて、スースーと寝息を立てる少女。


 ——こうしてると、凄く可愛く見えるんだけどな……。


 この場の人間としては最後の紹介になる。肩まであるストレートの黒髪に真っ黒な瞳。歳はアノールと同じで十五歳。最年少の魔女。


 座らせれていればただのお利口そうな少女。多分本を読むのが趣味で、聞き分けの良さから大人に好かれる。落ち着いて大人びて見えるから、きっと同年代からも慕われる。——というような印象を持つはずだ。


 しかし立たせた瞬間彼女は豹変する。スズメバチのように機敏で、三日月のように鋭く、かまいたちのように不意に、シャチのように悪辣。ずば抜けた悪意の積極性から、一度おもちゃを決めたなら、獲物を見つけた肉食獣のように標的その人しか見えなくなる。肉食獣と違うところを挙げるならば——彼女の口元は嗜虐に悦んでいることだろう。


 アノールの母親の仇にして——自称、アノールの運命のヒロインこと——ヨルノは彼に体重を預けて眠りに落ちていた。静かに寝ている分には、歳相当におぼこく見える。


「ヨルノがこんなに早く人に懐くのは初めて見ました。何か気に入られるようなことがあったのですか?」

「いや無いかな!? 何をした覚えもないんだけどな!?」

「なら一目惚れなんかなー?」


 ——僕が、女の子に好かれる!? マジ? えー照れる……じゃなくて! それはまあ嬉しいことなんだけど、よりにもよってコイツに!?


「思い当たる節はないんだよなあ……」





 夜通し移動して、王国クレアムルの他の領地に着いた。村々から少し離れた、山間にひっそりと佇む大洋館。それは領主が迎賓用の別荘として建てたものだが、現在は〝魔女のよすが〟の拠点となっている。


 休憩を取ってから翌日の昼過ぎ、その食堂の大テーブルにて、アノールはガルに呼び出された。


「ええっと、昨晩は失礼しました。改めて、初めましてアノールさん、わたくし、ここでリーダーをやっています、ルルウ・ガル・ヴァルカロナといいます」


 丁寧な物腰に柔和な表情だった。


「ア、アノールです。お世話になります」


 ——あれ、え? 怯んじゃった。なんで?


 見つめる者を飲み込まんとする深い青の瞳に、アノールは無意識に気圧されたのだった。


「まずこれが手形です。ちゃっちゃと触れちゃってください」


 ガルは一枚の紙を取り出した。


 正方形の紙。古く黄ばんでいるように見えて、しかしそれでいて傷一つなくつるんとしている。何か大事な教えが書かれているわけではない。ただ、誰かの右の手形がかたどられているだけ。しかしそれは白い精霊を僅かに纏っていた。


 ——めっちゃ簡単に出てくるじゃん……。


「あの、すみません。これが『御神体』なんですよね?」

「ん? あ、畏まらなくていいですよ。わたくしのこれはクセなので、合わせなくて構いません」

「あ、わかり……わかった」


 ——知らない年上の人と話す機会ってあんまりないから分からないんだよなあ! これ僕の性質なのかな!? 僕が人と話すの下手ってこと? やだー、この人が特殊な例ってことにしときたいな。


「えっと質問の回答ですけど……そうですね。全部で八枚あると思われる手形のうちの一枚がこれです。他の手形のうちの五枚は神様扱いされていますね。それぞれの国で」


 ——選抜に受かるのは「八人に一人」。


 アノールはハッと陰謀に気付いた。多くの場合、と気付く陰謀なんてものは「論」に過ぎないのだが、しかし今回ばかりはアノールの思い至った事実は真実だった。腐っても思考のセンスはある。


「え、ならこの世界って、許されない欺瞞が蔓延ってるんじゃ……」

「随分難しい言葉を使いますね……」


 中二病と紙一重のところを行き来している。


 ガルに勧められるまま、手形に右手を合わせ、サクッと能力を手に入れた。身体の表面を白い精霊が高速でなぞっていき、精霊体に換装される。とはいえ今のところ、何か変化の実感があるわけではない。白い精霊に一旦体を覆われたので視覚的な驚きはあったのだが、それだけ。


 アノールは呆然と自分の手を見た。握ったり開いたりするも、やはり感覚に変化は無い。


 ——マジでちゃっちゃと手に入れられちゃったな。感慨ゼロだよ。僕はこんな簡単なことに拘ってたの? いや、僕に限った話じゃないよな。みんな、それこそ世界中のみんなが選抜の正当性を疑ってないんだ。じゃなきゃあ中央教会は成立しないし。


 さっきガルの口からしれっと語られたことって、もしかして、本当に、本当にとんでもないコトだったのか。


「では、さっそく本題に入りますね。アノールさん、最初のお仕事です!」


 そう聞くと、自分が魔女になった実感が湧いてきた。


 ——僕これから反体制組織の一員になるんだ。身体震えてきた。恐れ? いや多分興奮だな。


 きょとんと見ていたガルはおもむろに立ち上がると、何かと見るアノールの後ろまで回り込んできて、彼の肩に手を置いた。


 ——えっなにっ!?


 ビクリと身体が跳ねる。ガルはフフッと笑うと、アノールの肩を緩く揉んだ。


「このお仕事には……〝魔女のよすが〟をどれだけ素早く立て直せるかがかかっています。心してください。ほどほどに、ね。みんなを任せましたよ、アノールくん」


「あっ……はい! 頑張ってきます!」


 ——どうしようガルのこと好きになっちゃうかも。





「改めて考えると……」


 ちゃんと男物のシャツが支給された。琥珀色のボタンが明るくてカジュアルに見える。黒のズボンは裾が長かったので二回折っている。


 フードのマントを羽織って、独り言つ。


「なんか、恐ろしい速度で受け入れられてんなあ」

「なんてったって私の推薦だからさあ!」


 ヨルノが聞きつけてきた。楽し気にステップで跳ねてくる。


 ここは屋敷の入り口ホール。シャンデリアと大階段。


「お前そんなんなのに信頼されてんだ」

「どんなんだよ!?」


 ヨルノは黒髪をばさりとかき上げると、胸を張って鼻を鳴らした。胸自体は相変わらず控え目。


「こんなにカワイイ女の子を『そんなん』呼ばわりとは酷いじゃないか」


 アノール、自信の差で敗北。手をかざして彼女の表情を直視しないようにする。


「ぐはあ、なんて自己肯定感!? こんなもん浴びたら僕がもっと惨めになっちゃう!」


 ヨルノは「う、うん?」と素で聞き返した。


「いや、私が圧倒的だろうがアノールの惨めさは変わらないでしょ?」

「相対的に下位だと示されるだけで僕は傷ついちゃうの!」

「うーん、ダルい拗らせ方してますねえ。これホントに私の運命の王子様なのかなあ」

「こっちが聞きたいんけど!? ホントにお前、僕の運命のヒロインなの!?」


 マントを羽織ったアスキアとイエッタが遅れて来る。ガルは今回別件で、パーティーはこの四人。


「失礼、お待たせしました」

「ほーなら行こかー! 目指すはクレアムルの港町、カイチナバク! 同業どもに挨拶回りや!」

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