第4話 選抜の儀式
教会は中央のところでカーテンがかけられ前後に二分されていた。奥に御神体があるようだが、アノールたちからは見えない。
——選抜に受からないと、御神体に見える事すら叶わない。聞いてた通りだ。
二人は教会前方に向かって並んで立つ。カリオは二人とカーテンを遮る位置に立ち、儀式の説明を始めた。
オニクスは脇に除けられた長椅子にもたれて手すりに肘をついている。
「これは勤めを認められた数少ない者だけが受けられる神聖な儀式だ。心するように。と、はいえ。複雑な手順はない。眼を閉じてもらって、俺が開けていいよ、と言えば開けてもらうだけ。選ばれた者のみが奥へ進んで能力を授かる。じゃあ早速始めよう。眼を閉じてくれ」
二人は瞼を閉じた。
アノールは思う。
――レオンはどうせ能力を得なくたってどこかから軍学校なんかに漕ぎつけていつかは兵士になるだろう。だから神様、どうかこのチケットくらいは僕にください。僕にはこれしかないんです。
レオンは僕なんかが隣り合うには大きすぎる。この期に及んでレオンを出し抜きたいとしか考えていなかった僕とは違う。レオンはその後の事を考えていた……そんな余裕は僕には無かった。
レオンとは決定的に違う場所に身を置きたい。能力者と非能力者の壁を敷きたい。僕が能力者になって、レオンとの間に余裕ができて、それで……それでやっと僕は、レオンと対等な友だちになれると思うから。
オニクスは目を閉じた二人を眺めていた。
――よく言われるのは、選抜に受かるのは八人に一人。中央教会は信仰心が大きく関わると言っている。それが正しいなら、信心深かったらしいアノールの方は可能性がある。
けど教えでは、選抜は人生で一度きりと定められている。だから、一度選抜に落ちた者が年月をかけて教えを修めて再び選抜を受ける……などといったことは禁じられている。つまり、信仰心が本当に選抜の要因に関わっているのかを証明した者はいない。
私はこの二か月、国中を回って選抜を見てきたけれど、決して信仰心の高い者が受かるとも限らなかった。こんなこと恐れ多くて口にできないけど、もしかしたら選抜に受かるかどうかに信仰心は関係ないのかもしれないな……。
一分か二分か経って、カリオがやっと口を開いた。
「開けていいぞ」
アノールは恐る恐る目を開く。そこには先ほどとは明確な違いがあった。
光に目が慣れていないのかと目をこする。しかし光景は変わらない。体の表面に何かが無数に纏わりついている。淡く赤色に光る、埃のような、ふわふわと動く何かが。
――あれが教えにあった、赤い精霊。
「合格だ、レオン」
それは、レオンの身体の話。アノールの身体には、何もない。
――ああ。そうか。やっぱそうか。そうだよな。朝の時点でな。レオンの方が先に教会にいた時点で、こうなるって決まってたんだ。
「アノール……」
レオンが気遣う。彼自身、相当の喜びを感じているはずなのに、浮かべた表情は、「憂い」だった。
——ああ。コイツは、ここでも、最初に僕の心配をするんだ。
「レ、レオン……」
アノールの目には既に涙が浮かんでいる。
——お前は、お前は……。
いっそ振り切った風の笑顔を作る。頬を流れる涙が、当然、それは虚勢であることを証明していた。
「……はあ。おめでとよ、レオン」
——本当に、憎たらしいくらい、良いやつなんだよ……!
アノールは教会を出ていった。扉の傍にいたエールが呼び止めるが、目もくれず、どこかに駆けていってしまう。
教会には、アノールの落としていった帽子だけが残されていた。
レオンは胸をなでおろした。
――良かった。これで良かったんだ。アノールの自尊心は傷ついちゃったかもしれないけど、それは時間が解決する。これで俺はここから出て行って、アノールは俺を忘れられる。きっとアノールとエールはここで二人、末永く生きていく。これで良かったんだ。
俺だけが、この村からいなくなる。これが、俺を救ってくれたアノールに出来る、一番の恩返し。
「よかった……」
レオンは全てが終わったとみて哀愁に浸ろうとすら思った。
しかしそれにはまだ早い。
彼の束の間の安心は、次のカリオの一言で、急転直下に底まで落ちた。
「そこの少女、君もだ。中においで」
——え?
困惑した様子で扉の内側に入ってきたエールは、レオンと同じように赤い精霊を纏っていた。
血の気が引いた。全身、一気に。
「あ、あの、私……」
「二人とも、カーテンの奥へ。御神体に触れて能力を授かりなさい」
「ま、待ってください!!」
レオンは心底焦った様子で、カリオを呼び止めた。汗が浮かび始める。
「選抜を受けるのは、俺とアノールだけじゃなかったんですか!?」
「そのはずだったんだが……その子、扉の傍にぴったりついてたみたいだな。選抜の範囲内だったらしい。こうなったらもう、能力は得なきゃあいけない。神から賜った機会だぞ? 奇跡的に選ばれたんだ。クレアム神に感謝しないとな」
レオンが選抜を受けたいと言い出したのは、早く兵士になるため。兵士になりたいと言ったのは、この村から出て行くため。村から出て行きたいと言ったのは——表向きは村の役に立ちたいからだと言っていたが、本当は——
アノールのためを思って。アノールに恩返しがしたい。自分が村にいてはアノールには悪影響だから、離れたい。
レオンは愕然として、危うく卒倒しそうにすらなった。ズキズキと頭痛がしてくる。
——アノールの人生に押しかけて、母親からの愛情を半分奪い、村人からの関心も奪って、自尊心も、成長の機会も、何もかも奪ってきた。それなのに、俺はまだ奪うのか? エールすら、取り上げてしまうのか?
「ああ……クソ……」
アノールは村の中をあてなくうろついている。
――ダメだ。ダメだダメだダメだ。頭が痛い。割れそうだ。今はもう何も考えたくない。
「クソが……」
どこかの家の壁に背中から体重をかけた。ズルズルと地面まで落ちる。自然と顔を両手で覆う。
「う、ああ。うあああ……」
みっともなく、声を上げて泣く。
「はあ、まったく。酷い様子だね」
アノールが顔を上げるとそこにはヨルノがいた。壁に片手を付いてアノールを真上から見下ろしていた。長い黒髪がさらりと頬に落ちる。
「え……なんで……」
アノールの目が驚きに見開かれた。
――なんでヨルノがここにいる? 戦場にいるはずじゃ。
「選抜に落ちたんだね」
不躾な質問に目を背ける。その様子を見てヨルノは微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ合図は今だ」
ヨルノはマントから笛を取り出して吹いた。ピーッと鳥の鳴くような音が響く。
「い、今のは……?」
ヨルノは微笑んでごまかす。アノールの手を握ると、よいしょと引っ張って立たせた。
アノールはなんとなく立ち上がったが、未だヨルノの行動の意味は分からなかった。
「まだ足を止めるには早いよ、アノール。ちょっとついておいで」
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