第2話 別格の人間が傍にいるということ

 村への街道では兵士が列を作り行進していた。通行人は馬車を避けて道を空ける。彼らは村の砦へ援軍として合流する予定の兵たちだ。


 それだけならばただの行軍だが、列の中心には高級な馬車もあった。まるで王城の一室を取り出したかのような見た目。通行人らはそれを見て手を組み礼拝する。その車が乗せているのは人ではない。神。王国クレアムルが掲げる神、クレアムの御神体が収められている。


 そのすぐ前の列に、他の兵士とは違う制服の人間が二人いる。片や白い髪の少女。小学生かと見紛う程のちんちくりん。片や壮年の髭の男。生乾きでくたびれた雰囲気。


「あー、疲れたなあー。カリオ、その村ってのはまだか?」

「おい、敬称をつけろ。あとそういう態度は規律が乱れるからやめろ」

「カリオ殿? まだ?」


 無視。


「はあ、無視しちゃうんだ。みなさーん。カリオ殿のお気に入りの譲はですね——」


 カリオと呼ばれた男性は慌てて少女を抱えて口を抑えた。少女はもがいて逃れようとするも、最終的には地面に脳天からかなり強く叩き落とされた。男性は頭を掻いてため息をつく。


「あと二、三十分だ。もう少し辛抱しろ。ったく」


 少女は地面から跳ね上がって、自分の頭をさすりながら渋々また歩き始めた。


「チッ、わかりましたよーっと……」


 男はカリオ、女はオニクスという。教会の白い制服を纏っている。


 何列か先を歩いている隊長から大きな掛け声がかかった。


「これから林に入るぞ! 伏兵に注意しろ。より一層気を引き締めるように!」


 兵士たちからは「は!」と一糸乱れぬ返事。


「へへ。へへへへ」

「何が面白いんだよ、頭のネジが飛んだか?」

「伏兵って。こっちは御神体を掲げてるのに襲ってくる奴がいると思うか? 極刑だぜ?」

「じゃあ俺たちはなんでここにいると思ってんだよお前はよ。御神体の守護なんだよ俺たちの仕事はよ」


 ピーッと鳥の鳴くような音がした。


「だってさあ。こうやってクレアムル全土を行脚してきて、一度も危機らしい危機って起こらなかったから——」


 毒づく折、彼女の足元に何かが転がってきた。林の方から飛んできた。何かと睨む。


 それは手の平大で、丸みを帯びた筒状をしていて、伸びた紐が燃えて短くなっていく——。


「——マジかよ」


 オニクスが咄嗟に手をかざす。その爆発は彼女の能力によって押さえ込まれたが、ほとんど同時に列の後方では爆発が起こっている。


 カリオが焦った様子でオニクスをただす。


「何があった!?」


 オニクスは能力を使って状況を観る。


「爆弾が投げ込まれたみたいだな。列全体に六個……か。近くの三つは私が押さえ込んだけど、残りの三つは無理だった。何人か死んだだろうな」


「御神体への影響は?」

「何事もない。私が守ってるから、カリオは異教徒どもを殺しに行け」

「よし。ここは任せた!!」


 混乱する兵列を後にして、カリオが林に走っていった。続けて、木々を弾き飛ばす尋常では無い爆発が起こる。林を更地にする勢いで、爆発は起こり続けた。


 ——やり方雑いなあ。まあ、しょうがないか。「極刑」だからな。逃がしたら神の沽券に関わる。まあ、あれでも最強の能力者って呼ばれてるくらいなんだから、テロリストは一切のもれなく皆殺しにしてくるだろう。この場はいい。


 だが、憂いが無いかと言うと……。


「何か、この村での選抜に、陰謀があるのか……?」





 アノールは教会まで戻ってきた。


「もう昼になるけど、まだ御神体は着いてないんだなあ」


 何とはなしに教会の中を覗いてみる。僅かに開かれた大扉の隙間から。


 ——っと。


 そこでは、村の神父とレオンが並んで座っていた。何か話している様子である。


 すぐさま扉に背中を張り付けた。


 ——あ、あれ。隠れちゃった。なんでだろ。


「いやまあ、レオンが神父様に相談事なんて、滅多に無いからな。せっかくだし盗み聞きしてやるか」


 耳を澄ます。レオンの声が聞こえてくる。


『……アノールには、選抜に落ちてもらった方がいいんです』


 どきり、と。心臓が跳ねる。


 ——え!?


 神父からも、驚いているような声が出る。


『それは、どうしてだい?』


 ——僕に落ちてほしいって、お前、なんでそんなこと? まさか……僕に対して、対抗意識を持ってんのか?


 朝のセリフを思い出す。「俺はアノールに負けたくないとは思ってないよ?」 レオンはそう言った。


 ——あれの意味は、「対抗意識が無い」ってことだ。僕なんて眼中にない、勝って当然だって言ってたんだ。でも今の発言は、まるで「僕に勝ちたい」と言ってるみたいじゃないか? 僕を対等な競争相手として、認めてるってことか?


 アノールは、妙な期待を胸に秘めながら、レオンの次の言葉に耳を澄ました。


『……俺とアノールは、昔から競い合う仲でした。お互い負けず嫌いで、それを糧にお互い成長してきたと思っています。それで俺が、兵士を志したから、アノールもそうした』


 ここまで聞いて、期待は、当たったかのように思われた。


『これが命に関わる事でなければ良かったです。でもそうじゃない。これは競い合う仲だとか、そういう話ではない。能力者となっては戦争に徴用されてしまう。もしこれでアノールに何かあったら、エールに顔向けできません』


 しかし期待——予想——いや願望は、外れていたのだ。


『俺さえこの村に居なければ、二人はきっとずっと幸せに暮らせたんです。でも俺がいる限り、その平和には陰りが差す。なら、俺はこの村にいない方がいいです。できるなら、俺だけが選抜に受かってほしい。アノールには悪いけど、選抜には落ちてもらった方が、お互いのためになると思うんです……』


 彼の声色は、時に真面目で、時に柔らかく、アノールとエールへの疑いようのない親愛が滲み出ていた。





 日は直上。風の吹き下ろす小麦畑。金色の海が波のように揺れている。初夏の青い匂い。


 あぜ道を駆ける軍帽の少年が一人。足を絡めて転ぶ。


「うっ」


 頬が地面を撫でる。両腕を突いて立ち上がろうとしたが、地面を見つめたまま、不思議と身体が固まってしまった。


「はあ……はあ……」


 息が整ってくると、次に乾いた笑いが出る。


「は、はは」


 ——いや、分かってたよ? 分かってたけどさ。


「思考の次元が……ちげーわ……」


 じわり、と。涙が浮かぶ。


 ——僕は……この選抜で、自分だけが受かって能力を得られればいいと思ってた。レオンを出し抜くことしか頭になかったのに。


 目元を離れ、地面に落ちる。


「それが、レオンの方は、なに? 自分のことじゃなくて、僕とエールの心配をしてたっての? はは、そりゃあまあ随分と、余裕のあることだわ」


 パタパタと湿らせていく。


「うわー、僕、惨めだなあ。喧嘩売ってたのが馬鹿らしく思えるや」


 ひぐっと嗚咽が混じり、涙が大粒になってくる。





「アノール……」


 アノールが顔を上げると、エールが見下ろしていた。心配そうに様子を伺っている。


「ど、どうした……の?」

「——ッ」


 アノールは体を起こすと、なんでもないよう気丈に見せた。


「あー……、ごめんエール、ちょっと……さ」


 笑みを浮かべるのに目を閉じると、瞼で震えていた涙の雫が、一気に頬を滑り落ちていった。


 エールは慮るよう、静かで優しい声をかける。


「何かあったの? 不安に……なったの?」


 膝をついて、アノールと目線を合わせる。アノールは涙をなんとか止めたかったが、気遣いを受けて嗚咽はいっそう深まるばかり。


「ふあ、不安……って、いうか……」


 エールは少しずつアノールを抱き寄せる。


「不安……だよね。ずっと、今日のために……頑張ってきた、もんね」


 ぎゅっ、と。


「大丈夫。アノールなら神様に選んでもらえるよ。大丈夫だから」


 人の温もり。アノールは無言でされるがままになっていた。


 エールはアノールの背中を撫でながら、しかし——。


 ——どうか、アノールが選抜に受かりませんように。アノールがどこにも、行きませんように。


 そう、祈っていたのだった。

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