アグノスワールド

神崎蒼葉

第1話

 この次元じげんはとにかく大きい。

 海みたいな泉をえると山々が融合ゆうごうした森。

 右側には岩石の光景が広がり、左側は自然と溶け込んだ集落しゅうらくへ太陽がのぼっているが、その光はあやかしであり、地上にはり立てない空間を飛行中、黒い衣服がなびいている小柄こがらな子が言った。


「ゼウスのおじちゃん負けたらしい」


「なんで知ってんの?」


 言いながら黒い光におおわれる。

 その光景と共に天や地が崩壊ほうかいし、一面が宇宙とす。

 星の残滓ざんしごと飲み込んでいく大質量をかてに、目的地の次元、座標ざひょうを定めていると。


秘密ひみつなり」


「…じゃ何者?」


「ラプラス」


「…」


 思わず曖昧あいまいな応えにうつむいた。

 正確には彼女の名は知っているし、古い付き合いで、何故なぜかこの世の出来事を把握はあくしており、なんで知ってるのか聞けば、ほのかに顔を火照らすラプラス。

 さかのぼること何年振りかのやり取りだった。


「凄い興奮してるね」


 こしに手が回される。


「あのホーロラムラムが作った惑星わくせいだ。欲しくね?」


「欲しいのは惑星じゃないでしょ?」


「伝わりゃいい、それに」


「…うん」


「飛ばす」


 景色が切りわる。

 体から黒い光がほとばしった俺らは、目的地である分厚い雲を抜け、とう天辺てっぺんに降り立つ。

 見下ろすと文明的な建造物けんぞうぶつが広がる標高ひょうこう、また空気中に魔力まりょく飽和ほうわしているここは魔術まじゅつの世界。

 名をアルタイル。

 遠くには竜巻たつまきが天高く上がり、落雷らくらいの光景が一望いちぼうできる。

 よってこの地におもむいた目的は、あらかじ侵攻しんこうしている我々の侵略しんりゃくが終わる頃合いで。


「フッハッハッハ…」


 灼熱しゃくねつの湿気に笑いが込み上げた。

 見た所避難態勢を取っており、近くに人影はない。

 しかし魔力の名残りが侵攻を示唆しさしているかの気配に。

 改めて魔力を探ると、魔術師まじゅつし黒魔術師くろまじゅつしが戦線を超越ちょうえつしている。


「んん…」


 目標の戦線からそう実感し、思わず考えた。

 アルタイルには白魔術界しろまじゅつかい黒魔術界くろまじゅつかいがあり、それぞれの王が支配している。

 情報には白魔術界の王につかえる魔術師、同様に黒魔術界の王が黒魔術師をしたがえているらしく、また魔術学校という施設しせつを含め、アルタイルの戦力はそれら戦士達で構成され、魔力を戦術としているはずが、何か違う。

 同時に生命力を映すで見通すと、三つの方角から確かな苦戦が見て取れる。

 …何故。

 アルタイルに充分な部隊ぶたいを編成した、それらが。


「押されている…?」


 長引いているならまだしも、押されている戦線東と、西と、ここ白魔術界の領土りょうどへ魔術師が現れた。

 外見的特徴は最高隊位大隊長さいこうたいいだいたいちょう、それが俺の元に来れる余裕があるらしく、呼び声が上がった。


「この地の侵略はお前の権威か…」


 怒気混じりの高齢男性にして、王の右腕である。


「だったら、何だ」


「その首捕って牢獄ろうごくの天井へるしてやろう」


「…ほう」


 ほほゆるんでいる間に地割れが発現はつげんした。また大隊長のてのひらに剣が生成される。

 それらの現象は魔力の作用であり、地割れも、剣も、魔力を駆使くしする高等戦術なんだが。

 

「…これは?」


 大隊長の魔力が目視不能で吹き抜けて来る。体を焼き焦がされるかの感覚にして、思い出した。

 黒魔術という秘技、それが摂氏せっし三百度へ達する。


黒魔術ほうそくくずれだ」


 言われ地をり出す。

 疾走しっそうする大隊長に距離をめられ、剣がり下ろされる頃には。


「覚えておこう」


 血飛沫と共に大隊長が落下する。

 ラプラスの抜刀術だった。

 そしてこれら想定外の力に匹敵ひってきする部隊を編成していたはずだが、どうなっている?


「西の方角黒魔術界。テフェレセンシェンハイロンがいる」


「ハイロン?」


「更にメイミア、続いてリオンが黒魔術界へ向かってる」


 ラプラスに告げられるハイロン、メイミア、リオンとは、最上級の文明で構成される騎士団きしだん達。また文明の名はレリアス。


「東に天使。そして南に水城愚冴みずしろぐさが居るよ」


「…まさかお前知ってたんじゃねえよなァ?」


 ラプラスに詰め寄ると知らないと言われた。

 しかし真実より仲間の戦況が気になって白魔術界を攻めるシグラ、ブラバンに意識を繋げていった。

 死者は?

 ──いません。

 よし、今行く!


「着いた」


「「はやっ⁉︎」」


 シグラとブラバンに言われながら戦線を確認する。魔術師の総数十万人って所か、侵略を仕掛ける側が囲まれているのは居た堪れないが、いいか。


「恥を…晒しています」


「いやいい、俺の失態しったいだ。迷惑掛けちまった。シグラとブラバンは至急しきゅう黒魔術界へ行ってくれ。ラプラスは東の部隊と合流し、黒魔術界へ向かえ」


「「は!」」


 俺はシグラとブラバンの道を作るため、手を払う時だった。


いや


「へ?」


 ラプラスにアヒルみたいな口で拒否きょひされた。

 束の間。十万人の視線にられるラプラスから赤い冷気が吹き抜ける。

 その風にそよがれ悪寒をさそうかの存在が。


「君といたい、れていたい、あわよくば心中したい」


「じゃ俺が天使ん所行けばいいのか?」


「話し聞いて。君が天使ん所に行くなら私も行くんだよ馬鹿ばか


 馬鹿──馬鹿──馬鹿──だと…


「おいみんな。指示の変更だ。シグラとブラバンにラプラスかつがせて東の部隊と合併がっぺいし、制圧次第せいあつしだい西の部隊と応戦してくれ」


 仲間の意識に伝えた。

 ──御意ぎょい

 と同時にラプラスの瞳孔から光が消える。


「二人に…この私が…捕まるわけないじゃん…」


 言われ、あでやかにたたずむ姿にとなえていった。


四季扇舞しきあふぎ ゆいじめ


 その言霊えいしょうに魔力が作用しラプラスの動きを止める魔法が発動する。

 この魔法は深海の王者が使っていたとされる捕縛術ほばくじゅつで、そもそも俺が捕縛する考慮こうりょが抜けている。


「「はぁはぁ…」」


 吐息をこぼすシグラとブラバンが無防備のラプラスに歩んでいく。

 はたから見れば完全に理性りせいがイっている。


「ぃいやや”…こんなケダモノ…いや…嫌だあ”‼︎」


 泣きわめくラプラスがシグラとブラバンに取り押さえられていった、直後のことだった。


「逃げられるとでも…」


 大隊長の声と共に魔術師の態勢がせまる。もっとも今まで精察せいさつしていた姿勢は良いが、捨て身は頂けない。

 俺は手を払い、炎の道を作った。


「頼んだ」


 ラプラスを抱えながらシグラとブラバンが通っていく。

 そこに魔術師達の一斉射撃いっせいしゃげきが続くが、法則上壊せる可能性はぜろ

 断念だんねんが相次ぐ中で、しかし。


「…すご」


 一振ひとふりの斬撃ざんげきで炎の道を根絶こんぜつするかの少年がいた。

 幸いシグラとブラバンは無事だが、その才に感動しながら、


水城愚冴みずしろぐさで合ってるか?」


「ああ。アンタのことは何て呼べばいい?」


「悪い。ここで名乗ると上の捜索領域そうさくりょういきね上がっちまう、代わりに」


魔力を放出し一帯が嵐となる。

 亀裂きれつが走る塔の外装が吹き飛んでいき、魔術師同様に吹き飛んでいく。


祝福しゅくふくしよう」


「何に?」


不条理ふじょうり無法無天ぶほうむてん権力けんりょくと渡り合う天才との出会いに」


「俺の何を知っている」


「深くは知らぬ。しかし転生が物語っていよう。この世界に不満はないか?」


「今アンタが侵略している事に不満だが?」


「案ずるな。支配の様な手段は好まない。ただの話し合いだ」


「話し合いに制圧せいあつたくらむのか?」


「お前は人通りの多い公衆で演説し、それで聞かれると思うのか?」


「いいや」


意地悪いじわるですまない。しかし知性ある生命はにかなう実績を絡ませるものと認識している。早速だが」


 この身から黒い冷気が吹き抜ける。


創造そうぞう起源きげん破壊はかい根源こんげんがある」


 俺は魔力の方角にある尊厳そんげんへ達し、方や水城愚冴みずしろぐさの魔力が異質いしつと化す。

 互いの力が反発し、空気にひずみが生まれる現象を機に、水城愚冴が弱めていった。

 もし、打つかり続ければ超新星爆発ちょうしんせいばくはつを起こしていたであろう咄嗟とっさの判断に見える。


「お前はかしこい。力が打つかればどう言う結末を迎えるか分かっているはずだ」


「嫌な予感がしただけだ…」


「いや、人には現状維持げんじょういじ遺伝子いでんしきざまれている。ゆえにその反応は正常であり、原始レベルで変化のきざしを受信している」


「…何が言いたい」


「人は未知の出来事に出くわすと直感に従いやすいが、その根幹こんかんむすび付く本能ほんのうの話よ。その体に受けがれる知恵ちえがこうして子孫しそんの中でもたらすのだから」


 言いながら戦闘せんとう与奪よだつにぎっている確信がよぎる。それは苦虫をつぶすかの顔で俺をとらえている体勢に、力の主導権しゅどうけんとして影響力えいきょうりょくを生んでいた。

 であれば、この地の目的達成までたやすい。

 得意とくいげに「俺と来い」と口にしている時だった。

 爆速で目の前に顕現けんげんされ、思わず感嘆かんたんした。

 まるでき者の存在を具現ぐげんしたかのきりが視界に流れ込み、気が付けば漆黒の剣に首をかすめられていた。


「伝わるか分からないが俺の元世界では先祖代々極道だ。ぞくに言う赤い血なんざ流れてねえよ」


 聞いてハッとした。

 首に付着している黒いもやを払い、しかも出血している。

 一・体・怪・我・なんて・いつぶりだ。


餓鬼がきが」


「…腐敗ふはいが効かねえのかよ?」


 まるで焦っているように聞こえるが、黒いもやを払ったことに着目している様子だった。

 しかし腐敗とは、あらゆるものを退化させる働きにして、アポフィスの起源きげんであり、当然食らえばただじゃまないが。


「残念ながらこれは腐敗じゃない。死念しねんだ」


 ここで言う死念とは尊厳に達する準備段階である。

 例えば動悸どうきふるえ、しびれ、不安感や恐怖感といった身体的なものに依存する極度の錯乱状態さくらんじょうたいにして、それらの誘発ゆうはつであることを伝えたが、反応を見るに無意識の活動領域だったらしく。


「…どうしたらアンタらみたいになれる」


「アンタら、とは?」


「ついこの前まで人類の頂点達と戦った。そうなるまで奇跡きせき起こして渡り合ったはいいが、その上の連中には奇跡すら通じない領域だった」


「それがこの世界への不満か?」


「…かも、しれない」


「そうか、なら祝福は次の機会へ取っておく。それまでに腐敗の尊厳を習得しゅうとくしていることを願う」


 いずれ絶対支配くじげんと対する俺らは、あらゆる逸材いつざいを招集する侵略家しんりゃくか

 その内の一人に水城愚冴みずしろぐさ推薦すいせんしていたことは、その時に取っておこう。


「いずれまた迎えに来る」


 言い残し仲間の元へ移動した。

 理由は今じゃないとさとったからである。

 と言うのも彼を正式な仲間として迎えられるよう、慎重しんちょうな決断でもあれば、侵略もこの計画の一部であり、我々の仕来りは仲間を家族として築いている。

 もっとも彼が腐敗を勘違かんちがいしていたように、こちらとしても想定外の誤算だったが、強くなる余地よちが残っていることに期待が増す一方、力の制御せいぎょが不確かな段階だった。

 この推薦すいせんで家族のあつれきが生まれるとは思えないが、少なくとも現時点まで俺の情報が流出していないのは、そういう所から来ている。

 よって彼自身がより意識をそそる瞬間を狙い、迎えに行く算段で。


「あの斬撃…」


 俺は黒魔術界でハイロンと対し、思い出していった。

 炎の道を根絶するかの斬撃、それがラプラスのひたいに打つかり消滅しょうめつしたはいいものの、もし地面に接触せっしょくしていたら…。


「むりむりむり交代‼︎」


 俺はハイロンの剣をくだきながら想像した。

 彼の本能は支配的な生命をねじ伏せるものであり、強者を見る目がえていた。

 あの年齢で挫折の繰り返しだったのか、しかしそれが彼にとっての成長をもたらし、前向きな性格が向上心を生み、強くなる実感に不安を感じる体質。


「…か」


「何で機密指名手配達きみつしめいてはいたちがアルタイルにいんのよ⁉︎」


 俺は動揺しているメイミアに蹴りを入れるが、流石は熾天使してんしといった身のこなしで受けられた。

 重ねてこぶしを突けば体操の様にかわすメイミアとローキックを出すハイロンに応えていった。


「こちらも叛逆者はんぎゃくしゃと会えるとは思いもしていなかったぞ、同志よ」


「この私に! 喧嘩‼︎ 売ってんの?」


「いいや、笑ってすまない…」


 言いながら当時のゼウスにサシで特攻する流麗りゅうれいの姿が浮かび、闘志とうしが上がってくるものの、ハイロンとメイミアの後ろになわしばられている仲間をリオンが監視かんししているため、


「で…この中で冗談じょうだんが一番通じなさそうな首位剣豪しゅいけんごうよ。家族の縄を解いてくれないか?」


集中できねえ…。


侵略中ざいにんの言葉に耳を貸すと思うのかい? それに凛界りんかいへ突き出してレリアスの功績こうせきが上がればシオン様に振り向いてくれるかもしれないと言うのに…」


「突き出すと言うがそのままでは不可能だ。もっとも剣豪の尊厳が達すればアルタイルなど木っ端微塵こっぱみじんになってしまうだろう?」


「木っ端微塵となり、ユダ様に蘇生そせいしてもらえばいいだろう?」


「…。」


 言葉が途切れてしまった。

 それも駆け引きは通じないらしく、緑に囲まれる黒魔術界を太陽が照らし出し、見透かされている感覚におちいった。

 心からため息が出るくらいに…よく…似ていて。


「はぁ…やりにくい…」


「早く捕縛解きなさいよ馬鹿!」


「はぁ…うるさい…」


「うるさいって何よ‼︎」


 ラプラスの罵声ばせいせていく。

 とはいえ解放したらまずめるし、穏便おんびんに収めたい。

 だがアルタイルはぜんの象徴である凛界りんかい管轄かんかつであるからして、悠長ゆうちょうに済ませていたら天使達が来る。


 めんどい…めんどい…めんどい…。


 凛界りんかいとレリアス。こんなんに合併されれば俺の手配書が正式に公表される。


 だるい…だるい…だるい…、


口内をみちぎっていたらリオンが消失した。

 と同時に爆風にさらされ、宙を泳ぐかの光が発現はつげんする。

 振り返ればリオンの斬撃に襲われ、


「?」


地震が発生した。

 …この感じ。

 平衡感覚へいこうかんかくが失われ、足元をすくわれるかの活動領域に達する威圧いあつ、まるで。


「アレイオン…」


 咄嗟とっさに斬撃を払い、地を支配するリオンに重ねて言った。

 すると八の字に振るう太刀筋で白い斬撃が飛んでくる。

 止まらない猛攻もうこうでアレイオンとの関係性を詰問きつもんされ続け、にやけてしまった。


「失敬。おびにシオンの好きなタイプ、教えてやろうか?」


 シオンとはアレイオンのニックネームであり、


「……私?」


俺がラプラスに目を向けると、勿体ぶるような反応で口にした。

 その眼差しがリオンに向けられ、大人しくなる中で。


「あなたみたいなv系がシオンの好みなわけないでしょ」


 ややあきれて言ったメイミアから、ガタガタと剣の音がひびいてくる。

 そして蒼白そうはくしていくリオンに、ラプラスが嗜虐しぎゃくな笑みで、


「元カノだよ」


舌を出す。

 刹那せつな、メイミアとリオンの顔が影掛かる。


「「ぶっ殺す」」


 ラプラスに瞬足で襲い掛かるメイミアとリオンが共闘きょうとうし、


「解放」


剣を振り下ろされるラプラスにつぶやいた俺は、無防備の家族が騎士団に襲われるという趣旨しゅしの元、捕縛を解いた。

 また、二つの刃がラプラスの体をすり抜けて、いくも無く。


「…‼︎」


 一瞬で黒魔術界が赤い風景に飲まれ出す。

 ラプラスの逆鱗げきりんだった。


「どいて?」


 俺が騎士団を引っ張り出していた事に、防衛として立ち阻みながら、


「手配書入りは許可していない」


忠告し、しばし沈黙ちんもくした。

 幸いエネルギーが引いていき、アルタイルに支障ししょうなく収まったと思えばリオンに追撃ついげきされた。

 

「度胸じゃ殺れんが?」


 リオンの刃を握り締め、体ごと地面へ押し倒して続ける。


「時間も掛けていられない」


 ハイロンの拳が飛んでくるが、既に家族の縄を掴んでいた俺はラプラスを呼ぶ。


「さて、これでおあいこっつう所で、帰るぞ?」


「いつの間に…」


 苦笑いのハイロン。

 また激怒げきどの目でメイミアがこちらに向いた。


「じゃ何よ?」


 ずっとラプラスをにらんでいた分、質問の意図だけは明白である。


「ん…。とびきり重い女が好きなんだろう?」


 応えていたら腰に手が回される。


「情熱的な女」


「…だとよ」


 俺はラプラスを尊重そんちょうし、救出した家族を眺めていると、白い冷気に戦がれる。

 それは八次元げんてんの活動領域である、リオンの尊厳到達だった。

 しかし家族を視察しさつするハイロンがリオンを取り抑えながら。


「レドル、シグラ、フィリップ、ラスカリナ、ブラバン、ヴァルデと言えば凶悪人物達だ。あれらの上官ならまだしも…あれはどう考えても首領しゅりょうだろう。レリアスに被害が及ぶかも分からない連中を捕るなら全軍率いている時以外にない。エルヴィ様かシオン様の許可が必要だ。あれはまずい…」


 レドル、シグラ、フィリップ、ラスカリナ、ブラバン、ヴァルデとは、この侵略の部隊メンバーであり、俺の指示通り殺しは無かった。

 本来ならこの者達をひきいる水城愚冴みずしろぐさに、アルタイルを制圧できるメンバーの戦力を証明しているばずだったが。


「どうだった?」


 言ってアルタイルをだっした。

 縄を引っ張りながらの飛行中、ヴァルデが口を開いた。


「私はこいつら束ねるのにくたびれるんで、いでくれるなら何だっていい」


「私は面食いだし、いい男って感じだった!」


「でも他のリーダーに気劣けおとりしない?」


「あー…若いもんね」


「そこが魅力的じゃん!」


「私は現実的な強さを知っておきたい。未来で我々のリーダーがどのもんに就けるのか、妥当だとうな指標とか」


 それらの感想に会話の花がき出す。

 単純に彼の容姿が好みだそうで、一人一人の声を聞きながら、俺は最後の意見に着目していった。


もん…んー…」


 中々難しい。

 少し深掘ふかぼりすると、紋というのは俺とラプラスを除いた尊厳の再現であり、有名所では以下に部類される。

 水、輪廻りんね、光、自然、死、兵器、創造主そうぞうしゅ事象じしょう、遺伝子、意識など。

 紋とはそれらを管理できる絶対支配くじげんの活動領域に達する各リーダーの事で、家族をまとめる兄や姉に当たる。

 今日のような侵略の指揮権を担ったり、もっとも各世界から逸材を招集しているのが我々の活動であり。

 考えてはいるが易々やすやすと下せるものでなく、彼の方角と照らし合わせ、集会と折り重ねて下す決断であるからして、強さであればと可能性の指標と結び付けていった。


「想定通りに腕をみがいたとしたら、二番といい勝負するんじゃねえか」


「二番…ッ⁉︎」


 信じられない様な声から「理由を」聞かれた。


「理由…ってもな…んー…俺の血筋だし…けどあの歳の頃ならもうちょいイケるか? んー…俺ん時と環境が違うから…んー」


「血筋って何?」


「んー…餓鬼ひまごだ」


「「「「「「ブッ…」」」」」」


 レドル、シグラ、フィリップ、ラスカリナ、ブラバン、ヴァルデの飛沫が背中に掛かった。


「汚ったねえな‼︎」


「じゃ。じゃあ! 犯してもいいの?」


 下唇に指を当てるフィリップ。そのとなり便乗びんじょうするかのラスカリナが胸を持ち上げる。

 俺はそれら仕草にぼーっと飛行していたら普通に吐いた。


「…気持ち悪りぃ」


「…うそ。本当にひまごだったの?」


 振り返ればまじまじと家族の視線に駆られていた。


「俺を試すな…」


 会っても無ければただの少年だが、その想像は遺伝子が拒絶する…。


「あの子がひ孫で、孫は?」


「へ? 孫は…十歳の頃には尊厳を習得していた、それはそれはいい腕だった」


「…だった?」


 レドルに疑心され、思い出す。

 俺は孫が余りに可愛くてめいいっぱい教育した。武術や魔法や幻想げんそう、魔術や学問も張り切って教えた。結果…。


きらわれてしまった」


「ブッ…」


 よってひ孫には距離感を大切にしよう思う今日この頃である。

 俺は黒い光に覆われながら、魔力をあやつり、ナイフを生成してみんなの縄を切っていった。


「ラプラス様知ってる?」


「知らん」


 眉間みけんにしわが寄り出すラプラス。

 その視界が薄れていき──


「お帰り、親父」


「ああ」


 帰還きかんする。

 家族は各領地へ送り届け、本拠地ほんきょちであるしろの門をくぐる俺は四代組頭よんだいくみがしらに出迎えられ、廊下を歩いていく。


あね様は?」


不機嫌ふきげんでどっかいっちまった」


「そうですか。では親父の留守中にメラク様がここで、大暴れし僕が、地下牢ちかろうに入れておきましたが、どうされますか?」


「後で対応する。ご苦労くろう


「愚冴君は?」


「延期した」


かしこまりました」


 四代組頭が下がっていく。

 彼は今回の侵略でひ孫を連れて来る想定の元、世話係を命じていた。

 天辺の居間いま正装せいそうした俺はかぎを持って地下牢へ向かう。

 暗闇くらやみの階段を下り、蝋燭ろうそくの灯りが見えて来る。足音が反響する静けさに大人びた女の人が口にした。


「アポフィスが復活ふっかつしたの」


「…ほう」


 俺はろうに鍵を差し込みながらそう言った。


「みんなはゼウスの企みと思っている様だけれど、違うよね?」


「…なあ、昔の仲だろう。いい加減かげん戻らないか?」


「…そうね。ついこの前、領域文明りょういきぶんめいに提示する同盟どうめいの記念撮影に昔の写真を使えってシオンが言ってた。あの頃の写真ってあなたとラプラスも写ってるのよ」


「俺らが? 昔の写真なんざいくらでもあるだろ?」


「これまででシオンが写真に応じたのは一枚だけよ。今のあなたと同じ、首領が表に出る可能性はけていた」


「そうかい…」


 俺は鍵を回し、黒い光が牢をほとばしる。

 牢は転移不能てんいふのう術式じゅつしきませており、これでメラクは自由に空間や次元を行き来できるが、開けた扉からこちらに歩み寄る。


「けれどあなたにシオンは危ない」


「おいおい…首を長くして待ちびてる俺が、こんなことであきらめると思うか。いっそ全軍引き連れてもらっても構わないぞ」


 にこやかに、微笑み掛けていった。


「…やめて」


 睨まれていたが、俺は続けた。


「ゼウスがやぶれた今、神々は混濁こんだくしていることだろう。なんせ完璧と信じる正義が打ちのめされたのだ」


 この機を待っていた。

 武術さんじげんも、魔力よじげんも、幻想ごじげんも、精霊術ろくじげんも、不死ななじげんも、尊厳げんてんも、全ての世界を絶対支配くじげん改変かいへんするため。

 シオンの言葉をりるなら、生命力の促進。

 そのために各次元のくくりを消し去り、かたよった流動エネルギーを巡回させ、負の概念の無い世界へ。


「進化させるため、古きに従う秩序かみがみを抹殺する」


「神々を相手にしたら血の海となってしまうわ」


「だからこそ、ずっと、ずっと力をたくわえていた」


 目的の達成ってものは、才能のある無しに関わらず、諦めない信念が最後に勝つ。

 あれから三兆年の準備と、亡き者と共に、いた神々をもり入れ。


「この破壊神はかいしん玉座ぎょくざに立つ」

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アグノスワールド 神崎蒼葉 @koutyaryokutya

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