第二話 オランダ風車は言葉を話す(全11回)
Intro(驚きの黒さ)
「ギザミ
昼休み。
突然、隣で早乙女が言った。
弁当を食べ終えノンビリとくつろいでいたオレは、それを聞いた瞬間なんだか少しお腹が痛くなったような気がした。
よっこらしょ、と席を立つ。
「さて、と……それじゃワタクシは、ちょっとトイレにでも行ってきますかな……」
その言葉と同時に、いきなり早乙女がオレの腕を掴んでくる。
「な、何だよ? オレはトイレに行く。もはやのっぴきならない状況だ」
「大丈夫。ここで漏らしてもいい。私は全然平気」
「オレは平気じゃない。離せ。マジで」
強引にヤツの手を振りほどき、オレは歩きはじめた。
だが早乙女は再びオレの腕を掴み、そのままいっしょに教室を出る。
知らない人が見れば、今のオレは昼間っからケタはずれ美少女JKのラブラブ攻撃を受けるラッキーガイに見えるだろう。
だがオレのこの拒絶は本気だ。
コイツは確かに美少女だが、性格に難がありすぎる。
「ねぇ、水口。風車が言葉を話すんだよ? そんなのオカルトハンターである私たちの大好物じゃない。調査に行く。だから準備して」
「いつからオレたちがオカルトハンターになったんだよ? オレたちは民俗学研究部だぞ。オレはな、今資料館の整理で忙しいんだ。お前の思いつきに付き合ってるヒマなどない」
「事故が起こってるんだ」
「事故?」
「そう。こないだからギザミ山のふもとで、交通事故が多発している。私はそれ、そのオランダ風車の仕業なんじゃないかと睨んでるんだよね」
「知るかよ、そんなの。そんなに心配なら、お前、その、何だ、オランダ風車とやらのふもとで交通整理のバイトでもしてくりゃいいじゃねぇか」
「そこまで言うなら仕方がない……いいわ、水口。お弁当を作りなさい」
「聞いてたか、お前? オレは準備なんかしない。って言うか、なんで弁当なんだ?」
「これは私たち民俗学研究部のビッグイベントだよ? お弁当は必須っしょ」
「お前、今、イベントって言ったな? 部活動ならともかく、そんなお前の思いつきのお遊びに――」
「いい、水口? 冷凍食品の使用は絶対に許さないから」
「お前がそれを言うのかよ!」
「それから大至急オランダ風車の情報を集めて。出来れば現地ガイドを調達」
「どんだけ求めるんだ? 身勝手すぎるだろ、お前!」
「ほんじゃ、よろぴく~♪」
そう言って早乙女がオレの腕から離れていく。
そのまま女子トイレに入っていった。
一人取り残されたオレは、トイレの前で棒立ちするしかない。
そう。オレはべつに本当にトイレに行きたかったわけじゃない。
イヤな予感がしたから、あの場から離れようとしただけだ。
そしてその予感は見事に的中した。
オレはその場で思いっきり深いため息をつく。
一体何なんだ、アイツは?
やっぱり民俗学研究部なんて、入部するべきじゃなかった。
その時――オレはふと誰かの視線を感じた。
トイレの前、窓辺に立った女の子がこっちを見ている。
目が、合った。
早乙女ほどではないが、新一年生の中ではなかなか人気が高い女の子だった。
サラッサラな黒髪ショートヘア。
小動物系のロリ顔。
身長はある種の男心を強烈に刺激するミニマムで、にもかかわらずボディーはなかなか肉感的だ。
ハッキリ言って……わりと好みだった。
「仲良いんだね」
来生ちゃんがそう微笑みかけてくる。
オレはそれに肩をすくめた。
「誰が? 誰と?」
「水口くんが、早乙女さんと」
「誤解だよ、来生ちゃん。それはあまりにも大きな誤解だ」
「そうなの?」
「あぁ。オレにとってアイツは……そうだな、下ろし立ての白いシャツに飛び散った牛丼の汁みたいなもんだよ」
「私、牛丼って大好き!」
「うん、いや、あの、そういう話じゃなくってね……あ、そうだ! 来生ちゃん、ちょっと質問いいかな?」
「うん。いいよ」
「あのぉ、ギザミ山にあるオランダ風車ってわかる?」
「うん。わかる」
「それについて、何か知らない?」
「何かって?」
「なんつーの? その、不思議なウワサ、みたいなやつ?」
「あぁ。言葉を話す、的な?」
「そうそう。言葉を話すとか、そういったワケわかんないやつ。しっかしアレだよな。風車が言葉を話すとか、そんなことあるわけ――って、え? 知ってんの? ちょ、ちょっと詳しく教えてください!」
証言者はいきなり見つかった。
オレは来生ちゃんに一歩踏み出す。
来生ちゃんは愛想良く、そんなオレを受け入れてくれた。
「あそこの風車が言葉を話すの、近所じゃ結構有名だよ」
「そ、そうなの?」
「うん。あのね、ギザミ山っていうのは、昔、あの世とこの世の出入り口があったって場所なんだ。この鶯岬の人の魂はギザミ山から下りてきて、死んだらギザミ山に戻っていく。そういう言い伝え」
「それはつまり、国境的な?」
「うん。でね、あそこに風車が建ってからは、あの風車がその国境になってるらしいんだ。だから国境が開いたり閉じたりするたびに、あそこの風車が言葉を話す。『おかえり~』『いってらっしゃ~い』ってね」
「専業主婦のお母さんみたいだな、その風車……」
「何? 水口くん、興味あるの?」
「まぁ、興味があるって言うか……部活的に興味を持たざるを得ない状況に陥っているって言うか……」
「大変だね。でも私に協力できることがあったら何でも言ってよ。私、ギザミ山のふもとに住んでるから」
「え? マジで? ふもとって、めっちゃ近いじゃん」
「じゃあ、決まったわね」
その声に振り向くと、いつの間にかそこに早乙女が立っていた。
な、何だ、お前?
いつからそこにいた?
「次の休みにギザミ山に登る。私はきちんとした地図を用意するから、
「何だ、その差は? しかもお前の地図って、資料館にある地図をガーッとコピーするだけだろうが」
「来生ちゃんも来てくれるでしょう? 現地ガイドとしてアナタを雇うわ。報酬は、そうね――水口が作ったとびっきりありふれたクッソつまらないお弁当でどう?」
「なぁ、その言い方、なんとかなんねぇか? って言うか、来生ちゃんに迷惑かけんなよ。部員でもない人に、そんな、ワケわかんない山の現地ガイドとか――」
「うわぁ、素敵! 水口くんのお弁当を食べれるんだ!」
「いや、アナタも……うわぁ、じゃないでしょ、うわぁ、じゃ……」
胸の前で嬉しそうに手を結ぶ来生ちゃんに、オレは少々戸惑う。
だが来生ちゃんは、やっぱり、ちょっと、こぉ、可愛かった。
嗚呼、これがオレと来生ちゃん、二人きりのデートだったなら……。
「ほんじゃ、ま、そういうことで」
満足そうに頷くと、早乙女がその場からとっとと立ち去っていく。
お、おい。
もしかして、今ので決まったのか?
たぶん……決まったのだろう……。
いつの間にか決まってしまったギザミ山への登山。
オレは少しブルーになる。
早乙女沙織……アイツといっしょに山に登るのか……。
しかもテーマが、言葉を話す風車って……。
おそらくだが……今回もきっとロクなことが起こらない。
何故なら早乙女がからんでいるのだ。
また無理難題を押しつけられるに決まってる。
シャツについた牛丼の汁は、きちんと洗濯すれば消えるだろう。
だが早乙女のキャラは、ガンコな上に黄ばみがすごい。
たとえ漂白剤を入れたとしても、逆に
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