Outro(おにぎりの握り方教えて)
翌日の放課後――鶯岬デンパ塔に行くと、そこには早乙女がいた。
窓の向こうの海を見つめながら、ヤツは優雅にコーヒーなんぞを飲んでいる。
くやしいが、めちゃくちゃ絵になっていた。
「なんで授業に出なかったんだよ?」
「水口は知らないだろうけど、私めちゃくちゃ勉強ができるのよ。特待生だから授業サボっても出席扱いになんの」
「どう見ても勉強ができそうには見えないが?」
「水口。ほら、そこ、散らかってる」
早乙女がテーブルの上にばらまかれたコンビニ弁当の空容器をアゴで指す。
ったく、一体どう食ったらこんな風に散らばるんだ?
絶対わざとやってるだろ、コイツ?
「お前が食ったんだろ? お前が片づけろよ」
「主人の後始末は下僕の仕事でしょう?」
「誰が主人で、誰が下僕なんだよ? ふざけんな」
「あ、コーヒーが冷めた。ねぇ淹れなおして、おにいたん」
「ムカムカするな。うん、なんか、こぉ、めちゃくちゃムカムカする……」
早乙女は何故か、出会った時と同じムリヤリ幼稚園児のコスプレをしていた。
黄色い帽子、肩掛けバッグ、スモック、ミニスカート、チューリップの名札。
顔とスタイルが大人すぎて、ちょっとそういったお店の女性従業員にしか見えない。
いや、ホント、お前、一体そのコスプレに何の意味があるんだよ……。
仏頂面で片づけをしてやったオレは、それでも早乙女のコーヒーを淹れなおしてやる。
新しいコーヒーをヤツに手渡し、自分の分のコーヒーを持ってテーブルについた。
「芦川先生は無事施設に戻られたそうだよ。ケガの方もかすり傷程度。体調にも問題はない」
「そっか。うん。よかった」
オレはコーヒーをひと口飲む。
そして話そうかどうしようか迷っていたことをやっぱり口にした。
「なぁ、早乙女。お前、あの時、やっぱあれを見たのか?」
「あれって?」
「その……芦川先生の若い頃っていうか、当時の鶯岬デンパ塔の風景だよ」
「うん。見たよ。あのお婆ちゃん、民俗学研究部の先輩だったんだ」
「なんであんなのが見えたんだろ?」
「きっと幽世に戻る時、うたかた蝶が最後の鱗粉を広場に撒き散らしたんだ」
早乙女がオレの向かいに座った。
「綺麗だったね、芦川先生」
「あぁ。なかなかの美人だった」
「ねぇ、水口」
「ん?」
「私の幼稚園児コス、似合う?」
「まったく似合わないな。色んな意味で限界突破してる。お前がキャストさんなら即チェンジだ」
「昔はね、すごく似合ってたんだ。近所のオジサンに真顔でコクられたこともあるんだよ?」
「一体どういう環境で育ってきたんだ、お前……」
「私もね、いつか芦川先生みたいに古くなるよ」
「うん」
「それはやっぱり悲しいけれど、いつかどこかの場所に今のこの私が残るなら、なんかそれって良いよね」
「つまり、世界はそれほど『うたかた』ではない、ってことか」
「だね。私たちはそれほど儚く消えることはない」
「しかし意外とセンチメンタルなとこがあるんだな、お前」
「そう? 普通の話だよ。自然の摂理」
「オレもやっぱいつかは古くなるのかな……」
「水口は大丈夫だよ」
「そうか? なんで?」
「だって水口は来週くらいに車に撥ねられて死ぬもの。だからずっと今のままでいられる」
「お前、なんでそんな不吉なことを言うんだよ……」
「冗談でしょ」
「ったく」
「大丈夫。水口はスーパーバカだから、二百歳くらいまで生きるよ。最終的には、もぉ、ほとんどロボだよ、ロボ」
「なぁ、早乙女」
「何?」
「オレは、その、まだ民俗学研究部の部員なんだろうか?」
「どうだろう? っていうか、それはアナタ次第なんじゃない?」
「まぁ、でも、お前がそこまでお願いしてくるんだったら、オレも鬼じゃない。仕方なく、本当に仕方なく、民俗学研究部に正式入部してやってもいいんじゃないかと思ってるんだ」
「水口、もしかしてアナタ……」
「ん?」
「私のことが好きになったの?」
「なぁ、どこにそんなポイントがあった? いや、マジで。今のオレの発言の一体どこに、そんなありえない勘違いを引き起こすポイントがあった?」
「おにぎり食べたい」
「は?」
「おにぎり食べたい。ごはんは炊飯器にあるよ」
ため息とともに、オレはテーブルから立ち上がる。
棚から塩入れを取り出し、丁寧に手を洗った。
「なんでおにぎりなんだよ?」
「この写真――」
テーブルの上に置かれていた古いアルバムから、早乙女が一枚を抜き出す。
「芦川先生が食べてるこのおにぎり、めちゃくちゃ美味しそうじゃない? これを食べたい。これを作ってよ」
鶯岬デンパ塔の展望台で笑い合いながらおにぎりを食べている少年と少女。
少年の方はわからないが、少女の方は間違いなく若い頃の芦川先生だった。
二人はとても楽しそうに、何の変哲もない塩おにぎりをほおばっている。
たしかに、めちゃくちゃ美味しそうだった。
「まかせろ。これよりもっと美味いやつを作ってやるよ」
オレは炊飯器のお釜を持ってきて、その中からごはんを掬う。
くっそ熱い。
おにぎりを握ると、次々と皿に並べた。
「私もやってみたい! 握り方教えて!」
幼稚園児姿の早乙女が無邪気にオレの隣に立つ。
オレたちは夕陽に染まっていく元灯台で、何故かおにぎりを握りまくる十五歳だった。
そしてオレは、この鶯岬デンパ塔を部室とする民俗学研究部の正式な部員になったのだ。
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