13 『実家に帰らせていただきます。チンして食べてね。ママより』
その日を境に……早乙女はまったく学校に来なくなった。
いや、正確には、おそらく学校には来ている。
それは放課後の鶯岬デンパ塔に行けばわかった。
ヤツがこのデンパ塔で日々を過ごしている形跡が明らかに見られる。
なにしろ部室がものすごく汚いのだ。
うたかた蝶は、まだそれほど遠くへは行っていない。
それがおそらく早乙女の見立てだろう。
だから彼女はとりあえず登校し、このデンパ塔を拠点に、この周辺を虫取り網を持って探し回っているのだ。
放課後になると、オレはとりあえずデンパ塔に行き、空き巣にでも入られたかのような部室内をきちんと掃除した。
そこら中に放置された空の容器や紙クズをまとめ、近くのホームセンターで買ってきたゴミ箱を設置する。
台所用品をきちんと買い足し、並べ直し、冷蔵庫の中を整理した。
しかしどれだけ待っても早乙女は戻ってこなかった。
もしかしたら彼女はオレがここにいるから戻ってこないのかもしれない。
オレは彼女に心底嫌われてしまったのだろうか。
彼女と過ごしたここ数日のことを思い出す。
天使のような、超高校生級美少女・早乙女沙織。
オレンジ色の夕陽に照らされた、ヤツの美しい佇まい。
いくら可愛いからといって早乙女とは絶対に付き合いたくなかったが、それでも彼女と過ごしたここ数日はわりと楽しい日々だった。
彼女ともう話さなくなるというのは仕方がないことなのかもしれない。
だがとりあえずこんなケンカ別れは絶対にイヤだった。
おまけにオレはこのデンパ塔のカギを預かっている。
これは彼女に直接返さなければならないものだった。
近所のスーパーに買い出しに出かけ、オレは部室の台所で料理を作る。
早乙女が一体どんな料理が好きなのかはわからない。
だけど、まぁ、アイツはどう見てもアホなので、何だって食べるだろう。
玉ねぎとピーマンとハムを切り、とりあえず昭和風のナポリタンスパゲッティを作ってみる。
早乙女とこれまで接してきてわかったことだが、ヤツはそこらへんの元運動部系オッサンみたいに非常にシンプルな性格をしていた。
だからきっと食べ物さえ与えておけば、すぐに心を開いてくれるはずだ。
『実家に帰らせていただきます。チンして食べてね。ママより』
そんな茶目っ気たっぷりなメッセージを置いてデンパ塔を立ち去り、翌朝戻ってみる。
すると思った通り、ナポリタンスパゲッティは綺麗に平らげられていた。
オッケー。やはり早乙女はオッサンだ。
食い物でなんとかなる。
オレは近所で見かけた野良猫の餌付けに成功したような気分で、嬉々として皿を洗う。
早乙女が食べてくれた。
それはとても嬉しいことだった。
誰かのために料理を作るのはとても楽しい。
食べてもらえたなら、なんとなく幸せな気分になれる。
夕方、夜の分のビーフシチューを煮込みながら、オレはデスクの上に置いてある例の活動記録アルバムを開く。
年季が入りすぎていて死ぬほどカビ臭いが、そこにはかつてこの鶯岬デンパ塔で過ごしていた民俗学研究部の人々の活き活きとした姿が写っていた。
先輩たちは皆、一様にダサかった。
しかし、まぁ、それが時代性というものなのだろう。
彼らが住んでいたこの時代は、きっとこんな格好が最先端だったのだ。
人は誰でも古くなる。
時代とともに。
今は大人たちを「ダセぇ」と笑うオレたちも、やがては笑われる側となる。
しかし、と、オレはあらためて思う。
先輩たちが残したこの写真……これは一体どうやって撮ったんだろう?
背中から翼を生やした白いワンピース姿の幼女。
海面にふわっと棒立ちする少年。
真夜中の草原で丸型蛍光灯のようなものを頭に乗せている少女。
まぁ、しかし、なんにせよ、この時代にこんな写真を作ったのだから、相当お金がかかったに違いない。
民俗学研究部とは、当時の富裕層の坊ちゃん嬢ちゃんの集まりなのだろうか?
それにしてはかつての部員たちの顔は、皆どことなく貧乏くさい。
シチューの鍋がカタカタと鳴り始めたので、オレはアルバムを閉じ、最後の仕上げにとりかかった。
シチューの様子を気にしながら、窓から見える資料館横の広場を見つめる。
早乙女が描いたヘンな陣は、まだそこに残っていた。
あれが残っているということは、早乙女がまだうたかた蝶を幽世に戻せていないことを意味する。
三人目の被害者が教室から飛び降りて、すでに三日が経っていた。
まぁ、それはともかくとして、早乙女はシチューが好きだろうか?
それからオレはもううたかた蝶を探す手伝いをしなくても良いのだろうか?
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