生きる許可4

「アリエッタ」


彼の肩を軽く叩いたのはノビルニオだった。彼女は口元に人差指を触れて、沈黙を促す。それに頷いたアリエッタに、ノビルニオは小さく囁きながら、ある場所を指差した。




「たっ、助かりました、アストロさんッ」


そのシャガルの言葉もろくに聞けずに、アストロは障壁を展開する。荒々しく振り回される銀槍と釘を、二人でいなす事で精一杯で、その差によって除々に追い詰められていく。必死だった。息の合う双子に対し、こちらは顔を合わしたばかりだという状況も、苦しい原因だ。


「お兄さん」


「少し執拗いね」


ドナーとフルミネはそう呟き、戦闘の仕方を変える。狙いをシャガルに絞ったようだ。対子は彼に銀槍を突きつけ、距離を詰める。シャガルは己の隻腕から樹木を伸ばした。それで双子を薙ぐが、銀槍で防がれる。


「でもね、お兄さん」


「片腕が足りないから」


双子が手を招くように軽く動かす。すると、シャガルとアストロの死角から、複数の釘が飛び出してきた。アストロが障壁を出す、不意をつかれた為、反応が遅くなってしまう。


作りの甘い障壁が釘を受け止める。ただ暫くすると、障壁の所々に罅が入って。耐えきれない。いとも簡単に、アストロの障壁が砕けた。三本の釘がシャガルの右足に突き刺さり、次々と釘が襲いかかる。


「シャガル!」


顔を青くし、アストロは彼の元へ駆ける。動かなくなったシャガルに治療の魔術を使う。自分の所為で、と咄嗟に出た行動を、双子は利用した。


銀槍が動いた。電で操る槍が、一直線にアストロに向けられる。


「邪魔な子」


「ばいばい」


ハッと我に返ったアストロの胸に、銀槍が突き刺さった。血飛沫が舞う。少女の口から血が零れ、そのまま後ろへ倒れると動かなくなった。


悲鳴が喉からせ迫り上がる。アリエッタは必死ぬ口を両腕で塞いだ。


「今よ!」


横で女性の声が鳴る。それを聞いた少年は、慌てながらも目の前の木材を力いっぱいに突き落とした。




突如、双子の頭上から、三本の木材が墜落する。一瞬の油断で反応が遅れ、派手な音と砂埃で、ドキーとフルミネの姿が掻き消えた。


「アストロちゃん!」


建設途中の柱や木材を利用して、上に登っていたノビルニオの悲痛な叫びが響く。彼女の合図で、その高さから木積み重なった木材を双子目掛けて倒したアリエッタも、急いで下へ降りる。


倒れたシャガルとアストロの元に、先に駆け寄ったアクアが二人の容態を診ていた。アクアの眉は下がり、悲しそうに声を鳴らす。


「シャガルさんはまだ息があるわ、でも、アストロは……」


左胸からただならぬ出血で池を作る少女。その姿にノビルニオは涙を滲ませる。アリエットも悔しさに、歯を食いしばった。アクアも弱々しく項垂れながら、アストロを見つめる。皆に囲まれる形になった血塗れの少女は、小さく咳をし、口の中の血を吐いた。


「痛、い……」


涙を流し、苦痛に表顔を顰め、アストロは目を開いた。周りから息を飲む音が、やけに大きく聞こえる。そこに、




「殺したのに何で」


「何で生きてるの」




砂埃は消え失せていた。少し離れた位置に、ドナーとフルミネが立っている。二人共、片腕があらぬ方向に折れていた。痛みを感じているのか、双子は険しく顔を歪ませていた。そのやけに不満気な表顔で、アストロを睨み付けている。アストロも朱い瞳で、双子を見上げた。直ぐに無表情に戻っていた双子は、無機質ないつもの声で言い放った。


「バケモノ」


「あなたはバケモノだね」


アストロは目を見開く。場が凍りついたその隙に、ドナーとフルミネはその場を後にする為、駆け出した。追いかけても無謀であると理解して、アストロとシャガルへと視線を戻す。


シャガルは意識が回復していた。顔を顰めている彼に突き刺さった釘を、アクアが容赦なく引き抜いている。


「ごめんなさい。でも耐えて」


申し訳なさそうに彼女は言う。釘がなくなり、流血した傷はアストロの魔術によって、癒しているようだった。


「此処でのんびりはしていられない。あの子達が仲間を呼ぶかもしれないもの」


辺りを警戒しながら、ノビルニオはそう言った。暫くすると、泣きそうな顔ではあるものの、俯いて傷を癒す、アストロの頭を撫でた。


「アストロちゃん、平気?」


「……ええ」


アストロは表顔を隠し、静かに応える。シャガルの傷の応急処置を終えた頃には、日が沈みかけ、暗くなり始めていた。







「やあ、おかえり」


グレイプニルに帰還する頃には空は黒く、星が煌めいていた。動揺や心配等をしていないような、感情のない変わらない声で、ユナカイトはにこやかにアリエッタ達五人を迎えた。アイゼンやサキ、シュヴィンデルの姿は見えない


「歩ける位には、無事なようだ。皆こっちに来て、治療室に行くよ。その前に……手枷はつけてもらうけど」


と、彼は懐から金の腕輪を取り出す。アストロの手首に触れると、彼女は急に、ユナカイトを手を払った。静まり返っている出入口でからん、と高い音が響く。虚しく転がり落ちた腕輪を見つめるユナカイトとアストロの間に、静寂が流れる。


「ちょ、アストロさんッ」


「アストロ、くん?」


慌てたシャガルの言葉に重なるように、ユナカイトを少女を見つめた。その顔は作り物のように完璧な笑顔だった。表情をその固定させたまま、男は言葉を紡ぐ。


「君、ここにサキとヴィンがいたら死んでいるよ? 行動には気を付けようね」


淡々とした声で喋り、腕輪を拾うユナカイトに、アストロはぽつりと呟いた。


「……あたしなんて、死んだ方がいいわ。いいえ、もう、」


死にたい。




小さく小さく呟く。アストロは涙を浮かべながら、唇を噛む。


「アストロちゃん……?」


ノビルニオが不安げに言う。それを無視し、少女は叫んだ。


「あたしは、あいつの言う通りバケモノなの! 死んでも死ねない……死ぬ許可なんてない……だから生きなきゃいけない! こんな痛い思いをする位ならッ」


「なら死んじゃおうか?」


静かな声に、アストロは我に返った。ユナカイトが彼女の手首に優しく触れ、金の腕輪を嵌める。パチンと小さな音と共に、留め金が閉まる。


ユナカイトは予想とはことなり、柔和に微笑んでいだ。微笑みながら手首を離し、ぽかんとしているアストロの顬に、拳銃が付きつけられる。




「コナカイトさん!」


「あなたが先に死ぬわよ」




シャガルとアクアから声が鳴る。拳銃を持ったユナカイトの腕をアクアが蹴り飛ばそうとしたが、それをユナカイトとアストロを引き剥がしたシャガルによって、彼女の足は空を切った。


ノビルニオがきっとユナカイトを睨む。アリエッタも急いでアストロを抱きしめ、座らさせた。アストロは固まったまま、動かない。


「やりすぎじゃない!?」


「……やれやれ」


「それはこっちの科白よ!」


シャガルにされるがままに押さえ付けられていたユナカイトは、シャガルを制し、衣服を整える。拳銃をしまい、笑ったまま、アストロを見下ろした。


「死にたくないと死ねないのにね」


行くよ、と言い終え歩き出すユナカイトを呆然と眺めていたアリエッタは、腕の中ですわり込んだままだ。少女はぼそぼそと声を零しながら、泣いていた。




「なんなのよ。あたしってなんなのよ…」


「アストロ」


「魔術なんて知らない。魔術ってなんなのよ……指輪ってなんなのよ……」




ノビルニオとアクアも案ずるようにアストロへ寄る、少女は暫く、しゃくりをあげて泣き続けていた。そのまま夜は過ぎていく。


人の時も共に。無常に、人の事などお構い無しに流れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Ria-Huxaru【本編】 あはの のちまき @mado63_ize

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る