生きる許可3

獲物は持つべきだろう。そう四人で話し合い、アリエッタ達は武器庫に入った。


「……意外と重いね」


初めて持つ片手剣を眺めながら、アリエッタは苦々しく呟く。


「慣れない物は、戦いの邪度になるわ。アリエッタなら…これかしら」


銀の槍を軽い表情で持つアクアは、一本の短刀を少年に渡す。片手剣程ではないが、ずっしりと重い鉄の塊に、アリエッタは息を飲む。魔術でしか持った事がない武器は、それなりの生々しさがあった。


「アクアー、あたしは?」


アストロの呼びかけに、アクアはアリエッタの前から去る。少年は、ノビルニオへと視線を移す。彼女は、綺麗な銀髪や服が汚れるのも構わず、腰程の高さまである木箱の中を漁っていた。ぎょっとして、アリエッタは彼女の元へ行く。


「ちょ……ノビルニオ?」


「……、あった……!」


ノビルニオは、木箱の中から細長い棒のような物を引っ張り出した。よく見ればそれは指揮棒だ。ノビルニオは安心したように、それを大切そうに抱く。


「此処にあったんだね」


アリエッタが状況を理解し、呟くと、ノビルニオは微笑み頷いた。


「形見なの」


短い説明に、重さを感じる。一日前、彼女は家族を全員亡くしたのだ。何も言えなくなったアリエッタに、ノビルニオの方が慌ててしまう。


「気にしないで? そもそもわたしの弛んだ行動でこんな……」


「今は今に集中しましょう?」


短力を握りしめているアストロの隣にいたアクアが、冷静に言う。我に返るノビルニオとアリエッタに、彼女は瑠璃色瞳を細め、小さく笑ってみせた。


「大丈夫よ。私が何とかするわ」


アクアがそう言えば”そうなる”ような気がするのだから、不思議だ。その笑みと魅力が、アリエッタの力になるような気がして、彼は小さく拳を握り締めた。







指定されたグレイプニル中心の広場に向かうと、そこには大柄な人影が立っていた。


「お待ちしていましたあ」


利休色の短髪の大男だった。筋骨隆々な身体に似合わない、柔和で人懐こい表情で笑う男は、黒いタンクトップに、本来なら腕に付けるであろう、黒に赤のラインが入った腕章を縫い合わせいる。


その男には左腕がなかった。肩の付け根は包帯が巻かれている。


「はじめまして、新人さん! 僕はシャガルと申します!」


にか、と歯を出して笑う男は、そう言ってアリエッタ達に、彼も身に付けている黒い腕章を手渡した。


「これはグレイプニルの社員がつけるもんです! 付けていればペイグンとして処される事はありませんよ」


「と……突然ね……」


「あー…ユナカイトさん、また教えなかったんですね」


眉を下げ、困ったように笑うシャガルを半眼で見つめた後、アストロは左上腕部に腕章を付ける。それに倣い、アリエックとノビルニオも続けた。アクアは肩も腕もむきだしの為手首に巻きつけたようだ。


伝えた事に従順なアリエッタ達に安心したのか、その大柄な身体を縮こませたシャガルはさて、と話を切り出した。


「今から離れの民宿に向かいます。……ユナカイトさんに聞いてますよね?」


「聞いたよ」


「そんじゃあ早速行きましょう。四人居るのでひとり、腕輪を外して下さいね……?」


ぽかんとするアリエッタに、シャガルは「ユナカイトさん…」と譫言のように呟く。その数秒後、アリエッタは思わず大きな声が出た。


「異能を使っていいの!?」


「ええ….おひとりだけですけど」


「…….それは、そうよね、相手はペイグンの可能性が高いもの」


冷静に返したアクアに、視線が自然と集まる。彼女が居ればという希望に、少し胸が軽くなった気がした。


「で、どの方の腕輪を外します?」


一瞬の沈黙の後、静かな声が鳴る。


「私ではないわ」


薄い青の長髪をかき上げ、アクアは"彼女”の名を呼んだ。これから、初の仕事という展開になっていた。突然ではあるが、そろそろ受け入れなくてはと、アリエッタは腹を決める事にする。







人の気配がしない、自然の多い所へ来た。健造物がちらほら見えるが、それは全て民宿だとシャガルは説明する。人は例の件で避難をさせたらしい。静かな風が流れる中、シャガルの案内でひとつの民宿の扉を開いた。木造の健物は、健てたばかりなのか、微かに木の香りがする。


こじんまりとした、ソファとテーブルのみが置かれた部屋だった。カーテンも閉められたその部屋のソファに腰かけていた男性が、シャガルとアリエッタ達五人へと視線を移す。


「お疲れさまです。シャガル・スプルースです!」


その男性にシャガルは声をかける。男性はほっとした様子で破顔した。その男性の腕には、グレイプニルの腕章をしてある。


「シャガル、今は人員不足と聞いたが……」


「急遽新人が入ったんですよ」


「新人、か……」


男性はアリエッタを品定めをするように見つめた。小さく頭を下げる少年に、男性は困ったような表顔をする。


「女性と子供だな」


居たと補足説明をし、悲しそうに眉を下げた


「確かに、こんな現場に女子供が来るなんてね」




「はい、でもこの件のペイグンと接触経験があるそうです」


成程、と呟いた男性はゆっくりソファから立ち上がると、此方に微笑んだ。


「協力、感謝するよ。気を付けてくれ」


「……ありがとう」


終始親切な対応に、アリエッタは少し困惑しながら返事をする。男性は報告も兼ね、一時的に本拠地へと戻るらしく、早足に民宿を後にした。シャガルは、此処には警戒と監視を的に来たと補足説明をし、悲しそうに眉を下げた。


「確かに、こんな現場に女子供が来るなんてね」


今まで静観していたアクアは、コツンと足音を鳴らして、部屋の中央まで移動する。


「なんか、すいません」


「そういう事は、気にしなくて大丈夫よ。私は場数もある」


ふとアリエッタは彼女に視線を送った。アワアは視線に気付き、こくりと頷く。


「アクア、まさか」


「…ええ、指輪の気配があるわ。それも近い」


はっとノビルニオとアストロが顔を合わせる。


「気配ですか」


感心したようなシャガルが顎を撫でた。


「行きましょう。アクアさんは僕に場所を教えて下さると助かります」


「判ったわ」


「アストロさんも前に。アリエッタさんとノビルニオさんは、後ろの警戒を宜しくお願いします」


手早く陣形を整えたシャガルが民宿から出る。そこにアクアが続く。次にアストロが表情を怖ばせながらも、後を追った。“腕枷をしていない”手首に触れながら。







民宿を後にした五人は、そこから少し離れた、建設途中なのだろう、さら地に来ていた。其処は数本柱が立っており、木材が加工されたまま積み重なっている。


この付近から指輪の気配がすると、アクアは言った。


建設現場は、風も吹かない静寂に包まれている。人の気配すらしないように感じる。アリエッタは周囲を見渡し、気を引き締めた。


すると何処から、パチ、と小さく音が鳴る。まるで小さな花火のような、静電気に似た音だ。


はっとして空を仰ぐ、白い曇り空に向かって立たされた柱の上に、人影が二つある。その姿を捉えるのと同時に、空から大量の鈍色の釘が降り注いだ。


それを防いだのは大きな樹だった。周りの木材とは違う、自然のそれの樹は、ジャガルの腕から生えたものだ。釘が樹に突き刺さる。


ペイグンは手枷によって異能が使えないはずだった。だがシャガルは手枷をししていない。それに驚いている暇はなく、二つの人影が柱から降りてきた。


肩にかかる藍色の髪に、灰を基調にした服を着た少女が二人。気味が悪い程瓜二つの顔は、無機質なまま固まり、アリエッタ達を眺めている。




「また、会ったね」


「元気そうだね」




静かで無感動な声で双子は言う。身構えるシャガルが、厳しい声で叫んだ。


「アストロさん、アクアさん、サポートをお願いします!」


クスクスを笑い声が鳴る。無表情のまま笑うドナーとフルミネを見つめた五人は、各々身構え、戦闘態勢に入った。







バチッ、と乾いた音と共に、双子の手が小さく光る。それは空から降る雷、それを収縮させたような電気だった。少女二人は手を掲げる。そこに大量の釘が集まってくる。再度雷の音が鳴ったと同士に、釘が勢いよく、まるで矢のようにアリエッタ達に飛んできた。


「させないわよ……!」


アストロは今度は油断しまいと、手を掲げ、光の粉子から杖を顕現させた。光の壁を展開する。それは全ての釘を防げたようだ。それを見計らい、シャガルが前へ駆ける。腕の指が樹木に変形する。鋭い爪のようになった手を、双子に向かって薙ぎ払った。


ドナーとフルミネは飛び退いて躱すと、釘をばら撒き、雷で操つる。向かってくる釘を樹木の腕で防ぐ。


「……腕」


「硬いね」


独り言のように呟いた双子は、首を傾げてシャガルを見た。再び手を持ち上げた少女達の前に、アクアが滑り込んだ。武器庫で手に取った銀色の槍を薙ぐが、釘を集めて防がれる。


「ドナー、フルミネ、なんでこんな事を……!」


瑠璃色の瞳が、薄い桃色と空色の瞳を見据える。刹那、シャガルが双子めがけて樹木を伸ばす。すると、双子はその場でくるりと一回転した。電気の乾いた音が鳴る。雷を繰り、釘も旋回した。それと同時に、アクアの腕が物凄い力で引っ張られた。槍と釘がまるで接着したかのように、クルミネとドナーが回った方向に振り回される。思わず手を離し、槍が奪われ、回った方向にいたシャガルに槍が薙いだ。


シャガルの顔面に当たる。その直前に、大きな金属音が鳴った。何かに弾かれるように、檜が吹き飛ぶ。隻腕の男の奥にいた少女、アストロが、光の障壁を展開させていたようだ。不意をつかれた双子が飛び退く。転がった槍をアクアより先に雷で持ち上げると、こてん、と壊れた人形のように首を傾げた。


その虚無な瞳で、アストロを見つめる。


「邪魔だなあ」


「邪魔だなあ」


異口同音で双子は呟いた。ぴくり、とアストロの肩が跳ねる。その場面を見る事しか出来ないアリエッタに、焦りの色が見える。もどかしさで沸々していると、彼の肩に、何かが触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る