生きる許可2

アリエッタ達は灰髪の女性、アイゼンに、広い客間のような一室に案内された。ワインを染み込ませたような赤い絨毯に、二人がけの豪奢なソファ二つが、脚の低い机を挟み、向かい合うように設置してある。部屋の奥には大きな机があり、そこにも豪奢な作りの椅子があった。


「おかけ下さい」


淡々としたアイゼンの声に、アリエッタ達は二人がけのソファに腰を降ろす。


重苦しい沈黙が、部屋に流れた。まるで死刑を待つ罪人のような表情で、四人は黙り込む。


実際は正に、そういう状況ではあるが。


その沈黙は、扉の傍に立っているアイゼンが、口を開いた事で破られた。


「…貴方方と共に連れて来られた少年でしたら、グレイプニルが管理する孤児院に連れて行きました」


無機質な声で紡がれた科白に、ノビルニオ顔を上げた。アイゼンを呆けた顔で見つめ、恐る恐るというていで口を開く。


「孤児院…?」


「はい。身内がペイグンになった者、ペイグンに家族を殺された者等、何らかの理由でペイグンに関わった子供を保護をする設施です。身の安全は保証されています」


ツインテールの少女、アストロの表情がほっと弛んだ。しかし次には、眉根を寄せて呟く。


「…なら、あの嫌な男が言っていたのは何なの…? 嘘?」


「あの方は、極度の嘘吐きで有名です」


義務的な調子でアイゼンは淡々と話す。目を伏せたその表情はやはり、感情が読み取れない。


「つまり、ムートは死なないのね…」


今にも泣き崩れそうだったノビルンオが、弱々しく呟いた。僅かではあるが、表顔が穏やかになる。そこに、


「でも、私達は、殺されるわ」


シンプルに、アクアの冷たい声が鳴る。美貌を歪ませた彼女の言葉に、アストロもノビルニオも、何も言えなくなってしまった。


「殺される……?」


何故か、今度はアイゼンが訝し気に言う番だった。


しかし、それは一瞬で呆れ顔になり、首を傾げる。




「嘘だよ」




突然、扉が開いた。そこから、バーテン服の男、ユナカイトが軽やかに現れる。そこでアイゼンは一礼し、一歩さがって沈黙した。不安や嫌悪感を滲ませたアリエッタ達が男に視線を移す中、ユナカイトは飄々と言いのける。


「殺されるか、逃げた後に殺されるか、そう尋ねれば本性を表してくれると思ってね。それは大成功だった訳だ。恨むのなら、自分の素直な行動を恨むんだね」


「最低……ッ!」


「それは誉め言葉だよ」


アストロが放った怒号に、ユナカイトは深縁の目を細め、不敵に笑った。そして彼は部屋の奥にある豪奢な椅子に腰掛け、アリエッタ達を観察するように眺める。


……殺されなくて済む。


すぐには信用できない言葉に、不信感が払拭する暇はなかった。ぎしりと音をたてて椅子に深く腰掛けたユナカイトは、にこやかに笑ってみせた。


「さて。君達には、これから僕の部下になってもらうよ」


「……え?」


その科白に、アリエッタは思わずまぬけな声が出る。その反応を楽しむようにくすくすと笑いながらユナカイトは言葉を続けた。


「どうしたんだい? 君達は働くんだよ。このグレイプニルで。因みに、拒否権はない」







「此処、グレイプニルは、表向きはペイグンを捕えて処分をする組織という事になっている。表向きは、ね」


薄い笑みを貼り付けたまま、ユナカイトはそこで一度言葉を噤んだ。アリエッタは、呆然とする事しかできない。その反応をまるで楽しむかように眺め、バーテン服の男は再び口を開く。


「しかし本来のグレイプニルは、捕えたペイグンに、同族や異形の討伐が目的な裏側を持つ組織なのさ。例えばそこのアイゼンも、列記としたペイグンだよ」


ユナカイトの言葉にぎょっとして、灰髪の女性を見つめた。アイゼンは無表情のま黙りこくり、まるで影のように気配を消しているように見える。彼女の両腕は、指の先をも隠す長い袖によって見えない。しかしその右手の薬指には銀の指輪がはまっているのだろうか。……この男が嘘を吐いていなければ。


アリエッタは、男をを一瞥した。気付かれないように、短かく息を吐く。悔しさが心を乱す。それ程までに、「力」に依存していたのだろうか。今の無力な自分では、彼女を助ける事が出来ない、その嫌悪のような感情が、目まぐるしく脳を巡った。


そんな彼の隣に座るアクアが、ユカイトに冷たい声で紡ぐ。




「貴方に訊きたい事があるわ」


「なんだい?」




アワイは険しい目付きで、ユナカイトを睨み付けた。その瑠璃色の瞳は、いつも静かな彼女らしくなく、別人のような印象を受ける。


「貴方が私達を拘束する時に使った"符”…。あれ程強力な術は、普通の人間には扱えない……。その符は、いったい何?」


聞き慣れない言葉を放った彼女に、ユナカイトは営業スマイルと言わんばかりの軽い笑みで即答した。


「かみさまに貰ったんだ」


その笑みを固定させたまま、まるで突き放すかと思う程に、きっぱりと言い切った。


その返答に、アクアも、アリエッタ達三人も含め、黙ったまま半眼になる。


ーーあの方は極度の嘘吐きで有名


アイゼンの科白を頭で反芻させる。この男に信頼するのは、不可能だろうと最終判断をした瞬間だった。


損をした気分だ。アクアを少し拗ねたようにし、細い指で前髪を撫でた。それを気にする事なく、ユナカイトは説明を続ける。


「ペイグンを処刑しているのも、嘘ではないんだけどね。殺人を犯せば、基本的には見せしめも兼ねて、…あぁ、殺人で思い出したよ」


ユナカイトはそう言いながら、懐から畳まれている紙を取り出した。折れを正していき、広げたそれが地図なのだと判る。彼はその地図を、アリエッタ達に囲われているテーブルに広げた。アリエッタはその大きな紙を覗き込む、それは都市シュタットを中心に、周辺が細かく書き込まれていた。その地図に二ヶ所、黒いインクで丸が付けられている。ひとつはシュタット付近にある山小屋で、もうひとつは民宿だ。


「此処数日、グレイプニルの隊…それもペイグンだけが、何者かに殺害されるという事件が続いていてね。丸が付けられた場所で襲われている。高確率で同族の仕業さ。何せ死因が一」


そこで、男はわざとらしく口を噤んだ。息を飲むアリエッタに、彼は希薄に微笑した。


「全身を釘で刺されていたらしい。まさに人型束子のようだったそうだよ?」


その惨状をイメージしてしまったアリエッタは、背筋を凍らせる羽目になった。







情報が錯綜し、ものの数分で形容の出来ない雰囲気となる中、バーテン服の男は周りを気遣わない調子で言葉を紡いだ。


「そこで、君達には、僕の部下が目的地で待期している、彼の手助けをしにいって欲しい。またいつ事件があるか、判りはしないからね」


アリエッタは、再び地図へと視線を厳とす。それに気付いたユナカイトは「民宿の方だよ」と補足説明をした。そのまま男は、軽い口調で話す。


「他に、君達の監視も兼ねて、僕が信用している異端者を同行させる。サキとヴィンに頼んだから、もうすぐ来るんじゃないかな」


「ちょ…、さっきからだらだら話してるけど、急すぎて判んないわよ」


焦ったアストロの様子を眺め、コナカイトはにこりと微笑んだ。少女の言葉を


全て無視し、男はこの部屋の扉へ向かい、出ていこうとする。




「······腕輪は外してくれないの?」




感情を押し殺した声が鳴る。その甘い声で、コナカイトの足を止める事が出来た。彼はその声の主…..ノビルニオを流し見た。彼女は、不安や怖恐を抱き、不安そうに己の手首…腕輪を撫でながらも、瞳には強く生真面さが表れている。


「何言ってるんだい」


ユナカイトは少しだけ目を細めた。本当に少し、しかし確かに、彼の雰囲気


が変った。まるで嫌悪のような。


その雰囲気は、嘘のようにかき消える。男は愚問を聞いたとばかりに、冷たく応えた。


「その腕輪を外して、僕にメリットはあるのかな? せっかく捕まえたのに、安々と逃がす訳がないじゃないか」


「力を使わずに、異端者の相手をするの?」


「そういう事さ。…信用しているよ?」


のらりくらりと言葉を交わし、ユナカイトは部屋を出ていく。その背中を呆然と眺めていると、自然な動作でアイゼンはアリエッタ達に一礼した。


「部屋を出て右へ行った突き当たりに、武器庫がございます。ご自由にお使い下さい」


そうして、彼女も退室し、アリエッタ達四人が残された。状況が二転三転するような展開に、目眩いを感じる。頭痛がして顬をおさえるアストロが混乱したかのように呟く。


「どういう事? あたし達、殺されないの? てか、仕事?」


「....信用してるっていう最後の言葉、もちろん嘘でしょうねー」


やれやれと言ったように、ノビルニオは首を振った。呆れてはいるものの、その表は少し晴れやかだ。


それを見て、アリエッタは安堵した。次は彼女の方へ視線を移す。アクアは何か考え事をするように、静かに俯いていた。


「どうしたの、アクア?」


アリエッタが訊ねれば、アクアはこちらに顔を向けた。その静かな水面のような瞳と美貌に、思わず目をうばわれる。見蕩れている少年に気付くことなく、アクアは難しい真顔で言った。


「遺体は、全身に釘が刺されたもの。釘を扱う異端者……アリエッタ、アストロ、見覚えはない?」


その科白に、アリエッタ、アストロを顔を見合わす、ぽかんとしたノビルニオ


を置いてきぼりにし、二人はみるみると表顔を怖ばらせる。


崖の街、肩を喰い千切られた”ラント”


少女の左胸につき刺さる、黒い釘。


「あの双子……!」


「フルミネとドナーね」


アリエッタとアクアが言う。そう、たしかそんな名だったとぼんやり考えていると、話は続いた。


「それがもしかしたら人を手にかけた、異端者?」


ノビルニオが首をかしげて訊ねる。おそらくは、そう静かに肯定したアクアはすっくとソファから立ち上がった。


「逆らったら、どうなるか判らないわ……行きましょう」


アリエッタとノビルニオも、彼女に倣う。その中浮かれない表顔でありながらも、アストロも続いた。


死を回避する為にも、今は従うが無難だ。


そんな言い訳じみた考えを言い聞かせ、アリエッタは部屋から出るのであった。


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