冬の旅 🌨️

上月くるを

冬の旅 🌨️





 四月も下旬となると、さすがに朝日も慌ただしいようで、五時前には白んで来る。

 ひと晩ぐっすり熟睡……そんな夢はとうに捨て去り、これで三度目の目覚め。💦


 ピンクの遮光カーテンが仄かに明るんでいるのを片目で確かめてから腕を伸ばす。

 ラジオかテレビか気分しだいだが、今朝はラジオで起き抜けの脳に活を入れよう。


 深夜番組のさいごに流れていたのは、シューベルトの代表楽曲『冬の旅』だった。

 うわ、陰鬱だな、朝からこれを聴かされるのはちょっとねえ……でも、惹かれる。

 


 ♪ いま 世界は 暗い

   道は 雪に 埋もれて

   旅立ちの時は 選べない

   自分の道を さがそう

   この 暗闇で 月影を



 たしかEテレ特番で解説を観たような……朧な記憶をたしかめるため、パジャマにカーディガンを羽織ってパソコンデスクに向かうと、グーグル先生が教えてくれた。


 貧しい病床のシューベルトはベートーヴェンの訃報に打ちのめされたが、数年後、ドイツの詩人、ヴィルヘルム・ミュラーの詩『冬の旅』と運命的な出会いを果たす。


 孤独な若者の冬のひとり旅を謳う暗い情念に触発され、三連符の名曲『菩提樹』をふくむ二十四の歌曲からなる連作歌曲集を作曲するが、翌年、三十一歳で夭逝する。


 暗い、暗いと言われながらも人びとの深い共感を得た『冬の旅』は、作者の没後、世界各地の演奏会場へひとり旅をつづけ、いつしか世紀の名曲として定着してゆく。




      🪟🃏🌩️🌞




 そうだったよね、テレビでは寒風吹きすさぶ雪原を行く若者が描かれていたけど、あの黒装束はまぎれもなくシューベルト自身の影法師だったんだよね~と納得する。


 ラジオは、いつの間にか、晩年の三浦環みうらたまきがうたう『蝶々夫人』に変わっている。『カチューシャの唄』の松井須磨子みたいな裏声で、こっちはこっちでやるせない。


 あっちもこっちも人生は冬の旅だらけだよね~と苦笑しつつ、けれど……と思う。

 一生ものと覚悟していたヨウコさんの冬の旅、どうやら幕を閉じつつあるらしい。


 昨秋、野鳥が運んだ南天が鈴生りの赤い実をつけ、小さな甘露をこぼしてくれた。

 あのとき、だれかが潮目を変えてくれたんだろうね、責め苦はもう十分だと……。


 招き入れてもらえないよその家々の窓を見ながら凍えていた、マッチ売りの少女。

 その老いた幻影に、傷だらけの旅カバンを撫でさする、いまの自分を重ねてみる。




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